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この世のものとは思えない至福のとき

1930年頃の飛行機のコックピットは無蓋であったため、操縦士と通信士は筆談で会話を交わしていたようだ。

前回紹介した『夜間飛行』の中から、主人公たちが嵐の乱気流から抜け出た場面を紹介したい。なお、この飛行機は燃料切れのため、もうすぐ墜落してしまう運命にある(ちなみに、これから本書を読む予定の方には、以下を読まないことをお薦めしたい。クライマックスの描写なので・・・)。

「うしろを振りむいたファビアンは通信士が微笑しているのを見た。「状況改善!」と相手は声を上げた。しかしその声は機体の駆動音にまぎれてしまい、二人がわかち合えたのは微笑だけだった。「われながら頭がおかしいな」とファビアンは思った。「笑うなんて。二人とも、もう終わりなのに」それでも、ずっと彼をとらえていた無数の暗い腕から解放されたのは確かだった。ひととき花畑を歩くことがゆるされた囚人のように、縄は解かれていた。「美ししぎる」とファビアンは思った。彼は星々が宝のようにびっしりと煌めくなかをさまよっていた。そこはファビアンと通信士のほかには誰もいない世界、まちがいなく誰ひとり生きていない世界だった

たぶん、作者のサン=テグジュペリも経験した情景なのだろう。

この世のものとは思えない至福のときを味わった二人は幸せだったに違いない。

出所:サン=テグジュペリ(二木麻里訳)『夜間飛行』光文社古典新訳文庫

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