柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

元兵士の言に

2006-08-10 08:40:49 | Weblog
巨人の星がリメイクされるそうです。今度は花形満が主人公だそうです。じゃぁ、阪神の星かじゃないか、という噛みつきもそうなんですが、きのうラジオ聞いていてびっくりしました。なんでも、花形満が主人公になる理由が、今時は原作のような貧乏人の艱難刻苦物語は受けないからだそうです。へぇ~でした。髪の長い、裕福な育ちの美形じゃないとリアルじゃないんだそうです。それこそリアルタイムで、土曜の7時にTVに釘付けになっていた世代としては、ちと複雑じゃありませんか?
 昨日たまたま戦争体験者のお年寄りと話す機会がありました。一人は大正9年生まれの男性、あの悪名高きインパール作戦に従軍し終戦をインドで迎えたという終戦時26歳のバリバリの元兵士です。戦況を知らされることなく、生き残った兵隊はインドの深くまで進軍していたというわけです。色々聞いている内に靖国神社の話になり、当時の靖国神社の位置づけは?と問うと「天皇陛下と同等の態度で接していた。絶対の存在だった。まぁ、国のために死んでいった人を祀るところだから当然じゃぁあったが」と仰言る。東条英機が一緒に祀られていることに対してはどう思われるか?と畳みかけると、しばらく考えられて「はがいい(くやしい)と思う。ちとおかしいと思う」と言われた。私はこの言葉に甚く感動しました。ああ、靖国とはそういう存在であったのです。端々の一兵卒と呼ばれる大多数の兵士達にとって、靖国神社の存在はどれほど心の拠り所であったかということです。いや、誰かに作られた、誰かに誑かされた挙げ句の狂気、マインドコントロールだと人の所為にするのは当たりません、あの時代が確かにそうだったのですから。「一銭五厘(赤紙郵送の切手代)の命」「一銭五厘で何人でも集まる消耗品」などと呼ばれていた一介の兵隊達の死ぬための拠り所、いわば死ぬ目的が靖国に凝縮象徴されていたんでしょう。そしてそこに、戦争責任者とされる、戦地にも行かず、戦場の苦しみも何も知らず、国のために死ねと叫び強制しながら己はアメリカにのうのうと手を挙げ降伏する、いけしゃあしゃあと恥も知らず裁判なるものを受け容れる連中が合わせ祀られることへの嫌悪、違和感でしょう。あ、と思いました。私が如き者の、知識としての理解の遠く及ばない「体感」だと思いました。そういう見方をすると、東条英機の遺族が分祀に反対した理由、これを認めると東京裁判を受け容れたことになるから、という謂もうつろに聞こえます。論点のすり替えのようにも思います。ううむ、戦争経験者の少なくなっている中、実際にその時代をくぐってきた人達の意見や気持ちこそを尊重すべきじゃないのかと今は強く思っています。靖国に祀られている名も無き大多数の人々への感謝と哀悼は決して誰にも文句を言われることではないです。そういう思いも非常に強くなりました。
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