ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

「識者」であろうと、数年後の推移(ですら)を正確に予想するのは(当然ながら)とても難しい(英国の選挙)

2024-05-27 00:00:00 | 書評ほか書籍関係

過日報じられたニュースを。


イギリス下院近く解散、7月4日に総選挙…スナク首相「今こそ未来を選択する時だ」
2024/05/23 01:27

 【ロンドン=蒔田一彦】英国のリシ・スナク首相(44)は22日、議会下院(定数650)を近く解散し、7月4日に総選挙を行うと表明した。総選挙は2019年12月以来となる。下院の任期満了は今年12月に迫っていた。

22日、ロンドンの首相官邸前で、7月4日に総選挙を行うと表明するスナク英首相=AFP時事
 スナク氏は首相官邸前で声明を読み上げ、経済政策や不法移民対策など政権が取り組んできた実績を強調したうえで、「今こそ未来を選択する時だ」と述べた。

 世論調査で与党・保守党の支持率は最大野党・労働党に大きく水をあけられている。2010年にゴードン・ブラウン首相が退陣して以来14年ぶりに労働党が政権を握る可能性がある。

せんだって私が発表した記事では、秋ごろの選挙を予想する記事をご紹介しましたが、識者の予想より早いということになりそうですね。

英国は次の選挙で野党(労働党)が勝ちそうだが、日本では首相交代程度で自民党・公明党連合が有利じゃね?(上)

その国の法律しだいですが、基本民主主義国家で議会制民主主義が機能している議院内閣制度のもとでは、与党を率いる首相が議会の解散権を握り、もしくは任期満了で解散となります。同じ解散権行使でも、内閣不信任案が可決された時点で解散する可能性もあります。与党側は当然自分たちが選挙で有利な時期での解散をのぞみますが、英国では昨今の情勢ではほぼ政権交代確実といわれていますので、おそらく少しでも保守党が議席を取る時期ということを考えての解散です。もちろんどの選挙でもそうですが、次の選挙はなおさらです。

上の記事で、私は次のようなことを書きました。

英国では、1979年に保守党が勝ち、以降83年と87年に勝ち、今度は労働党が勝つんじゃないのといわれた92年の選挙でも保守党が勝ったので、朝日新聞社の政治記者だった石川真澄は大要「もう労働党は政権をとれないのではないか」とまで書いていたと記憶しますが(手元に実物がないのでめったなことはいいませんが、1993年に出版された『小選挙区制と政治改革――問題点は何か』だったと思う)、97年に労働党が勝ったので石川の予想は外れました。

それでその本を私は以前買っていたかと思いますが、手元にないので、地元の図書館から取り寄せました。では件の下りのさわりの部分を引用します。石川は、1992年の選挙では労働党が勝つというもっぱらの予測が外れたことを指摘したうえで、次のように書いています。


そのうえ、1996、97年ころと思われる次回の総選挙でも、労働党は勝つことがむずかしいのではないかといわれている。そのころは92年のようなひどい不況からは脱却しているだろうし、労働者の「中産階級化」も進むだろうというのだ。そして、実はそれら以上に、選挙区の境界線引き直しの影響が大きいと思われている。

英国では人口の移動にともなって、ほぼ10年ごとに選挙区人口をできるだけ均等にするための線引き見直しがある。次回は95年ごろと予定されている。近年、英国の人口は北部のスコットランドなどから温暖で豊かなイングランド南部にうつっていく傾向がめだっている。その変化に応じて選挙区境界線を引き直せば、イングランド南部に少なくとも12,多ければ20くらいの選挙区が増えるだろうと予想されている。

この土地は保守党の金城湯池であって、同党はいつの選挙でも80%から州によっては97%も奪ってきた。したがって、この地方で増える選挙区はほぼ全部が保守党の議席を増やすことに役立つはずである。労働党はそれだけ余分のハンディ・キャップを背負って戦うこととなる。92年選挙のように有利な状況下でも勝てなかった労働党にとって、次回の政権奪取はいっそう困難になるだろうと、英国の専門家たちはみている。

そうだとすると、英国で保守党政権が二十数年も続く可能性が相当にあるということになる。実際、英国の政治学者たちは92年総選挙後に私のインタビューに答えて、次のようにほぼ同じ観測を口にしていた。

「英国の政権交代をともなう二大政党制の時代は終わりにきた」(アイバー・クリュー・エセックス大学教授)

「今の制度の下で二大政党が交代で政権につくということは、もはやないだろう」(ジョン・カーティス博士)

「20世紀の末には競争的な二大政党制は終わり、(92年までの)日本のような一党優位体制ができあがる」(デニス・カヴァナフ・ノッチンガム大学前教授)

(中略)

「英国で70年代末まで政権交代がサルトーリのいうように「驚くほどうまく機能していた」のは、スティード博士によれば、中産階級と労働者階級という二つの社会経済的階級がほぼ同じ大きさで競り合っている状態を反映していたにすぎない。しかし、そうした基盤はすでに崩れたのだという。

こうして、英国では小選挙区制のもとでの「二党制」も、それによる「政権交代」も、ともに確実に過去の神話となりつつある。(p.34~36)

(以上の引用で、漢数字は原則的に、算用数字に変換しました。段落冒頭の一字下げと振り仮名は省略、段落にはスペースを空けました。下の引用も同じ)

石川の書いていること自体は、どれもいかにももっともらしいし、同時代に読んでいれば「へえ、そうなんだ」と思いたくもなりそうですが、実際には、1997年の選挙では労働党が大勝しています。ということは、石川はおろか、この本で石川が意見を紹介している識者が、片端から予想を外したということになります。

つまりは、人口移動による選挙区割りの変化などは、あるいは保守党の議席減をある程度は押しとどめたのかもしれませんが、政権を維持するには遠く及ばないものだったということです。要は、民意の方がずっと強かったということです。これはもちろん労働党トップであり政権交代後に首相に就任したトニー・ブレアらの能力の高さ(批判の多い人でもありますが、彼が優秀な人間であることは万人が認めるでしょう)とかいろいろありますが、つまりは有能きわまりない学者の予想などをはるかに超えて、事実と現実の方がずっと柔軟かつ大胆に歴史を作るということなのでしょう。

それにしても石川が話を聴いて意見を引用している学者たちが片端から大要「もう労働党が政権を握るのは難しいだろう」と予想していて、それらが徹底的なまでに裏切られたというのは、非常に興味深いですね。つまりは、92年の保守党の勝利というのが、私が前記事でも書いたように、冷戦終結などによる何らかの間違いで勝ったというものであり、そんなに継続するものではなかったのでしょう。石川も英国の識者らも、それらを過大評価したということなのでしょう。石川も、別に同じ意見の学者をえり好みしてインタビューしたわけでもないのでしょうから、確かに当時の英国ではそのような意見が主流だったのでしょう。ということは、そんな意見は、どんな識者が発したものであろうと、話半分できいておくのが正解なのかもしれません。

石川は2004年に亡くなっていますので、彼は日本における民主党政権樹立は知らないでこの世を去りましたが、英国で労働党が勝ったことは知っているわけです。で、石川は、自分の意見が外れたことをどう考えたのか、その点について私は、知識はありません。石川は97年以降も単著、共編著書を出しているので、それらを参照すれば彼の考えがわかるかもしれません。が、それはこの際どうでもいい話です。

さてさて、上の引用の後石川は、次のようなことを書いています。石川は、英国でも小選挙区制度に限界が来ているという意見が出てきていることを紹介したうえで、次のように書いています。


こうした傾向を受けて、英国選挙学の第一人者デヴィッド・バトラー・前オックスフォード大学教授は、私に「英国は向こう20年のうちに何らかの形の比例代表制に移行するだろうと確信している」と語った。そのひとつの理由は、EC(ヨーロッパ共同体)の発展にともなってヨーロッパ議会の重要性が増していることだという。今は英国もヨーロッパ議会の議員を小選挙区制で選んでいるが、やがては他の大陸欧州諸国と同様に比例代表制を用いざるをえなくなるだろう。そうしたことがきっかけになりうるというのである。(p.37)

1993年の本なので、EU(ヨーロッパ連合)でなくEC(ヨーロッパ共同体)の時代ですが、欧州議会(石川本では「ヨーロッパ議会」)の重要性どころか、英国はEUを離脱しちゃいましたからねえ(苦笑)。1993年の時点で、いや、ブレクジットの国民投票が行われた2016年だって、さすがに英国は、EU離脱はしないんじゃないのというのが、もっぱらの観測だったと思いますが、でも離脱・脱退しちゃいました。そしていうまでもなく、この本が出て30年以上たった現在でも、英国はしっかり小選挙区制度です(笑)。いや、私は小選挙区制度なんて支持しませんが、英国はまだこれをやっているし、次の選挙で労働党が勝ったら、やっぱり小選挙区制度のままなのでしょうね。自分たちがその選挙制度で勝ったんだから、変える気もないでしょう。万が一保守党が勝ったとしてもご同様。これも同じじゃないですか。識者じゃなくったって、英国のEU離脱はないと誰もが予想したでしょうが(そう考えたから、保守党のキャメロン首相は、国民投票をしたわけです。スコットランドの独立投票も同じこと)、理由はともかく、いくら僅差とはいえ英国民は離脱を選択したわけです。こんなのなかなか予想は困難です。EUは、シェンゲン協定未加入や英国ポンド使用OKなど、英国への便宜をいろいろと図ったわけですが、ともかく離脱したわけです。とにかく歴史というのは、上の言葉をくりかえせば事実と現実でその有様を私たちに見せつけて圧倒します。しょせん石川真澄も、彼が話を聴いた英国の識者たちも、そういった事実と現実には、たちむかうすべもないのでしょう。いや、次の選挙で保守党が勝つ可能性がないことはないのかもしれませんが、いずれにせよ選挙の後にはまた記事を書ければです。仮に保守党が勝ったら、私の記事のタイトルがいかに正しいかがわかるし、労働党が勝ったとしても、その次の選挙にどうなるかは分かったものではないでしょう。

コメント (2)
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