暁庵の茶事クロスロード

茶事が好きです。茶事の持つ無限の可能性に魅了されて楽しんでいます。2015年2月に京都から終の棲家の横浜へ戻りました。

夏休みあけの稽古で・・・「自灯明」

2023年09月07日 | 暁庵の裏千家茶道教室

     (今日は猛暑もおさまり、秋風が涼やかです)

 

9月4日が夏休み明け初めての稽古でした。

夕去りの茶事で使用した点茶盤や喫架の片づけをどんどん急ぎ、何とか滑り込みで稽古の準備が完了。

13時半に若武者F氏がやってきました。

「先生、やっと9月のシフトが出ました。4日と19日に伺いたいのですが、ご都合はいかがでしょうか?」

「4日と19日は大丈夫です。13時半にいらしてください」

その日は稽古日ではなかったのですが、用事が入っていなければF氏のシフトに合わせるようにしています。そうしないとなかなか稽古日が確保できないので・・・。

入門して3年目に入り、F氏のお茶に対する気持ちがしっかりして来て、これからが楽しみであり、今がとても大切な時期と思うのです。

その日の科目は初炭と濃茶でした。

久しぶりの稽古でしたが、初炭もだんだん所作が身についてきて、もう一息でしょうか。

「だいぶ出来るようになったけれど、10月にもう一度初炭を稽古しましょう」

今は1回でも多く稽古して、しっかり手順と所作を身につけて欲しいと思います。

その一方で、ゆっくりでいいから確実に正しい所作を身につけて欲しいと願っています。

 

       (写真がなく、昨年の風炉の稽古の写真です)

濃茶点前では素敵な茶杓銘を考えてきてくれました。

「白竹が涼やかさを感じさせるお茶杓でございますが、御銘は?」

「坐忘斎家元の御作で、銘は「自灯明」でございます」

「とても素晴らしい御銘ですが、「自灯明」とはどのような解釈なのでしょうか?」

「茶杓銘をいろいろ調べたり、考えたりしましたが、「自灯明」が私の心に響く言葉でした。自分に自信をもって、自らが灯明となって進む道を照らして生きていきたい・・・と」

私は大きく息を吸って頷きました。

自信と目的をもって歩み出したF氏ご自身の新たな道を心から応援しています。

 

さて、「自灯明(じとうみょう)」とは、

80歳のお釈迦様が今まさに亡くなろうとしているときに弟子のアーナンダが
「お釈迦様が亡くなってしまったら,その後,私はどうすればいいんでしょうか。何を拠り所にすればいいんでしょうか!?」とお釈迦様に尋ねました。

それに対しお釈迦様は「自灯明」とおっしゃったのです。
「自灯明」とは、自分自身を信じて生きることです。自分を信じて自分の価値観や考えを基に、他人の意見には左右されずに、自分を拠り所として生きるということです。

暁庵も時々思いがけないことが起こった時、「自分を信じなさい。結果がどうであれ最善を尽くして自分自身の茶の道をしっかり進みなさい・・・」と自分に声掛けし激励することがあります。

 

   (再び車で四国遍路・・・仙遊寺にて 2022年6月撮影)

「自灯明」のお話を書いていたら、もう一つ大好きな釈迦の言葉を思い出しました。

約20年前に出かけた四国遍路、第一番札所霊山寺の本堂内陣で次の言葉に出合いました。

 

己こそ己の依るべ 己を捨てて何処に依るべぞ

 よく整えられし己にこそ 誠 得難き依るべをぞ 得ん

この言葉も「自灯明」と同じくらい、色々なことを語りかけてくれます。

 

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