1月7日。月曜日。
豊かな精霊の宿る場・・・ 『森の自然』
静かさと、落ち着き、がありますよね。
私の友人に、手足が不自由で、車いすの青年がいます。
その青年とその方の奥様にお会いする度に、お二人の持つ『静かさと落ち着き』に驚きます。感動します。
すべてを受容する、豊かな聖霊に包まれた『ゆるぎなさ』を持つ二人。 教えられる私です。
不自由な体でも、シャキと座り、笑顔を絶やさない青年です。
又。
私が長年ご指導をいただいた、今は亡き神父様が私に投げかけた『質問』を、時々思い出します。
『あなたは、目を失うのと、耳を失うのと、どちらがいいですか?』
若い私は『耳。目が残ってほしい。』と答えた。
神父様は『私は耳に残ってほしいです。』と言われた。
今になって分かる私です。
神父様は、信仰さえあれば『見えぬものを見ていられる』ので満足、十分で、目より耳をと思ったのではないかしら?
神父様は、私の車いすの友人同様、豊かな聖霊に包まれた『不動の人』でした。
そして。
私の孫息子は、バイオリンの新曲を弾きこなすとき、耳で聞いて『新曲』を覚えて、弾く。
楽譜を『目で見て』…間違いなく、『楽譜のコピー』を弾くというのではなく、
有名なバイオリニストの弾く『新曲』を『耳で覚え』…『自分の曲』を弾く。
『聞く人』たちは、
精霊に満ちた自然の静けさの中で『神の示現』を感じ…ご自身は『聖霊』に包まれた人なのかもしれない。
な~んて。
車椅子の友人とその奥様の年賀状を見ながら、思いめぐらした一日でした。
そして。
今日は1月7日。降誕節月曜日(主の公現後)
『今日の第一朗読 使徒ヨハネの言葉』
『愛する皆さん、
神の掟とは、神の子イエス・キリストの名を信じ、この方がわたしたちに命じられたように、互いに愛し合うことです。
神の掟を守る人は、神の内にいつもとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。
神がわたしたちの内にとどまってくださることは、
『鳩のかたちをとって降った神・聖霊』 サン・ピエトロ大聖堂ステンドグラス
神が与えてくださった〝霊〟によって分かります。
イエス・キリストが肉となって来られたということを公に言い表す霊は、すべて神から出たものです。
このことによって、あなたがたは神の霊が分かります。
その霊がやって来ると聞いていましたが、今や既に世に来ています。
子たちよ、わたしたちは神に属する者です。』
ヨハネの手紙Ⅰ 3‐22~4‐6
『神の霊』に属する人は、
『イエス・キリストが肉となって来られた』ことを公に言い表す、信仰者です。 。
御子キリストのうちにいる人で、『神の世界』の属する人です。
『神の霊』に属する人は、惑わされることなく、穏やかで、揺るぎない心の持ち主です。
『見えない希望』に目を向けながら、『聞く人』です。
『聞く人』は、聖霊に満たされた、『愛の人』です。
『サムエルは答えた。「どうぞお話しください。しもべは聞きております。」』
サムエル記上 3章10節
皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
聞く人になるには、年を重ねる必要があるかもしれませんね。 お元気で!
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