マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

”もうどんな坂も怖くない”・・・『継続は力なり』 そして 『先生、目が見えるようになりたいのです』・・・『あなたの信仰があなたを救った。』

2021-05-27 13:46:58 | 息子と息子家族
5月27日。木曜日。雨。のち曇り。

息子夫婦
『箱根駅伝』コース
往路:一区~五区:東京大手町~箱根芦ノ湖まで:107,5km 
   自転車で完走!

      鬼の上り坂コース・・・    『5区:20,8km 最高地点:874m』
  

       登り切ったお嫁さんの感想は・・・
              ”もうどんな坂もこわくない!”  
                  『自信』に満ちた『言葉』です! 格好いい!♡♡

『継続は力なり』
正に、『言葉』通りに、
長年の夫婦の自転車練習の『継続』が『結果』を生み出しました。

     長年頑張ってきた夫婦
『継続』が夫婦の『血肉』となっていき、又 自分の『力』となる『達成実感の経験』を沢山重ねてきました。
                          そこから生まれた『自信』です。 すばらしい。
                         

往路に続けて
復路:6区:20,8km
自転車で下って、
今回の予定を完走!

      一気の下り・・・    『6区終点:小田原中継所』
  

   下り切った息子の感想は・・・
      ”頑張った後のしるしは中継地点の立て札一本だけだよ!”  
                     『自信』に満ちた、余裕の『言葉』です!

『継続は力なり』
『結果』を出してこその『継続』です。
夫婦の大きな目標は、
沢山の『結果』を『参加資格』とするトライアスロン発祥地での『ハワイ・トライアスロン』参加です。
『夢』の実現のためには、水泳もランニングも継続・猛練習中です。 一流です。お見事です。
『目標』に向かって・・・更なる努力の『継続』を祈りたい。 息子夫婦よ、頑張れ!

      
         私も、今日も、『継続は力なり』
             予習・・・『聖書1000週間・聖書通読』
   
     継続にかけては・・・
     私も息子夫婦に負けていません。

      『聖書100週間・聖書通読』14回目、37年間の継続で、
         『聖書』が私の『血肉』になって、『勉強』イコール『私自身』です。
  にぶい私は、並の勉強では一流になれない。『継続』するしかないということです・・・。
     幸いに、コツコツと地味に、『継続』が向いている私です。    感謝!感謝!


そして。
今日は5月27日。年間第八木曜日。

『今日の入祭唱』

   『神よ、あなたは命の道を教えてくださいます。
 わたしは御顔を仰いで満ち足り、喜び祝い、右の御手から永遠の喜びをいただきます。』

             詩編 16章11節


『今日の福音 イエスの御言葉』

『イエスが弟子たちや大勢の群衆と一緒に、エリコを出て行こうとされたとき、
 ティマイの子で、バルティマイという盲人が道端に座って物乞いをしていた。

      ナザレのイエスだと聞くと、叫んで、
    「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」 
                     と言い始めた。
    
    多くの人々が叱りつけて黙らせようとしたが、 
    彼はますます、
      「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」
                     と叫び続けた。

イエスは立ち止まって、 「あの男を呼んで来なさい」 と言われた。
人々は盲人を呼んで言った。「安心しなさい。立ちなさい。お呼びだ。」
    盲人は上着を脱ぎ捨て、 
      躍り上がってイエスのところに来た。

    
    イエスは、 「何をしてほしいのか」 と言われた。
盲人は、「先生、目が見えるようになりたいのです」 と言った。

  そこで、イエスは言われた。
  「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」
盲人は、すぐ見えるようになり、なお道を進まれるイエスに従った。』
           マルコによる福音書 10章46-52節


イエスは、度々、御自分が『苦しみ』を受ける話を、弟子たちにしました。
弟子たちは理解できませんでした。
それでも、イエスはエルサレムへ向かって行かれるのです。
弟子たちは、恐れながらも、イエスについていきました


    そんな時に、道ばたに座っていた『バルティマイという盲人』に出会ったのです。

   バルティマイは、イエスだと分かると、『憐れんでください!』 と叫び続けました。
   イエス様は、バルティマイの信仰を見極め、『あの男を呼んで来なさい』と言われます。
    バルティマイは、上着を脱ぎ捨てて、躍り上がって、イエスのところに来ました。

   イエス様は、一部始終、バルティマイの『行い』を御覧になっていたことでしょう。


    聖書の中では度々、『見える』という言葉を 『信じる』という意味で使います。
         イエスが、『何をしてほしいのか』と言われると、
 バルティマイは、『見えるようにして下さい。 信仰ができるようにして下さい。』と頼みました。
     盲人にとって大切な『上着』は、イエスに近づくための『妨げ』になると考え、
      脱ぎ捨てて、身軽になって、躍り上がって、イエス様に近づきました。
         
    イエス様は、一部始終、バルティマイの『心』を御覧になっていたことでしょう。


イエス様は、バルティマイの行いと言葉を見聞きしながら、バルティマイの信仰を見抜きました。
    そこで、
    『あなたの信仰があなたを救った』と、バルティマイを癒されました。
          更に、
        イエスに同行することを許されました。

私たちも、
時には盲人のように、信仰を見失うときもあるかもしれません。
神様のなさりようを理解できない時もあることでしょう。
それでも、
イエス様との接触を続けているかぎり、
見えるようになるのです。 希望があります。
バルティマイに倣って、『見えるようにして下さい』と、
祈り続けましょう。

『今日の祈願』

   『いつくしみ深い父よ、あなたの民の力となってください。
  私たちが、古い人を脱ぎ捨て、新しい命に生きることができますように。』



皆様!
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コロナ禍のSTAY HOMEの毎日、楽しみを深めながら、一日一日をお大切にお過ごし下さい。 お元気で!

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