今日は、この街にいます。

昨日の街は、懐かしい記憶になった。そして・・

895 豊岡②(兵庫県)若者よ羽ばたけ故郷コウノトリ

2019-12-29 06:00:00 | 大阪・兵庫
但馬国の北部は日本海に近く、冬至前夜のこの季節は氷雨がぱらついたと思うと青空が覗き、しかしまたすぐに暗く厚い雲に覆われるといった具合で、子供のころの新潟の冬を思い出させる。そんな日の朝8時の豊岡駅。列車から降りて来る高校生はさすがに寒そうだが、健気な彼ら彼女らを眺めていて、私は豊岡がとても良い街のように思えてきた。鞄という地場産業やコウノトリの繁殖地があるから言うのではない。



この街の出身に中江種蔵(1846-1931)という人物がいる。豊岡藩の下級武士の家に生まれ、若い日に学んだ鉱山技術を買われて古川市兵衛の顧問技師になる。後に独立して鉱山経営に乗り出し、「鉱山王」「山林王」と呼ばれるまでの巨富を得る。その財で郷里の産業振興や人材養成に貢献し、なかでも大正年間、当時の豊岡町の上水道敷設事業に工事費の全額を寄付、不衛生な飲料水から町民を救ったことは特筆される。



といったことを、私は神武山に登って知った。街の中ほどにある城山のことで、その中ほどに大正10年からつい最近まで使われていた配水池が保存されていて、中江への感謝が記されている。寄付に際し中江は、水道収益金の一部を町民への奨学基金にするという条件をつけたといい、その奨学金制度は今に続いているという。駅で出会った高校生の中にも、その恩恵に励まされて頑張っている若者がいたのかもしれない。



古川家の技術顧問という立場だった中江が、辞職後に顕在化した足尾鉱毒事件にどの程度責任を負うべきなのか、私には判断できないけれど、郷里のために私財を投じた行為は尊い。山を下り、市街地を抜けて行くと、珍しいロータリー式の交差点があって、中央で大きな中江の坐像が街を見守っている。市民は上水道が竣工した5月、毎年「水道まつり」を実施して中江への感謝を続けているという。いい話を知った。



「図書館が充実している街はいい街だ」という私感を基準に見ても、豊岡はいい街のようだ。市立図書館を覗いてみると、「おたのしみふくぶくろ」とか「図書館員が選んだ12月のバスケット」と書かれた棚が目につく。本が数冊入っているらしいパッケージは、小学生から高校生までの学年別セットや、「こたつで映画」「おくりもの」など館員のテーマ別お薦め本らしい。読書の楽しさを広めよとする館員の笑顔が見える。



城山の麓に建つ図書館は、中世以来の北但馬を治めた領主たちの居館跡だ。つまり市民たちは、街の一等地の跡地利用に、図書館を選んだわけである。およそ図書館とは縁遠いエントランスの豪壮な門は、旧豊岡県庁の正門だという。門に続く道には「大石陸女生誕之地」の石標が建つ。大石内蔵助の妻りくは、豊岡京極家の家老の長女だったのだ。歴史の渦中で好きな本選びを楽しめる、恵まれた市民が暮らす街である。



山名宗全以来の城山である神武山は、標高が50メートル足らずの小さな丘なのだが、私は傘で氷雨を避けながら、息を切らせて天守台にたどり着いた。すると唐突に陽が差してきて、眼下の濡れた街並みを越えて虹が架かった。本丸跡に建つ「おもむろに晴れ上がりたる雪山河」の句碑通りである。街に下りると、大きな鳥がゆったりと頭上を飛び去って行く。鷺ではない、私はコウノトリに出会ったのだ。(2019.12.19-21)























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