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昨日の街は、懐かしい記憶になった。そして・・

1175 ハワイ③【米国】

2024-07-14 18:32:26 | 海外
ホノルルでは週末になると、あちらこちらでファーマーズマーケットが開催される。地元の人には欠かせない買い物の場らしいが、観光客にも人気らしい。私たちはホテルに近いアラ・モアナ公園に行ってみる。まだ開場前のはずだが、すでに店開きしている店は多く、賑やかな笑顔が溢れている。トラックやバンで乗り付けた農家が、定められたテントに車を横付けして果実や花卉などを並べている。揃いのテントが並ぶ会場は、清潔で涼やかである。



目立つのは果物屋さんだ。パイナップルにパパイヤ、マンゴー、バナナなどがテーブルから溢れんばかりだ。かつてはパイナップルと共にハワイの2大農作物だったサトウキビも山積みされ、絞り機を通過させてジュースが振る舞われている。果物はどれも美味しかったが、なかでもバナナには驚いた。日本で買うバナナの半分にも満たない小ささで、いささかひねくれているような姿をしているけれど、味は驚くほど濃厚で、パンチが効いている。



花卉も重要な商品で、長持ちしそうな鮮やかさと逞しさがある南洋の花が並んでいる。近くの住人だろうか、花や葉を見繕い、慣れた様子で買って行く男性を何人も見かける。楽園のコンドミニアムで、花を活ける1週間を過ごす羨ましい生活が想像される。私が期待していたチーズやワインは見当たらなかったものの、「ゆめぴりか」の幟に惹かれて朝食はおにぎり。ハワイまで来ておにぎりもないけれど、店を賄う日本の「おにぎり女子」が可愛い。



ハワイ諸島はもとより、太平洋の島々に土地所有という概念が生まれたのはそう古いことではないようだ。人口が少なく、島々は十分に自給自足ができていたと思われる。だがハワイでは、1810年にカメハメハ1世による全島統一王朝が成立し、新しい「土地法」によってすべての土地が王と族長のものになった。しかしこのことが土地の私有化をもたらすことになり、19世紀半ばにはハワイ全体の75%の土地が外国人所有になってしまった。



そうやって押し寄せたのがアメリカ本土の資本で、サトウキビやパイナップルの大規模プランテーションが出現する。その労働力として中国やポルトガルなど、さまざまな国から移民が流入した。最も多かったのは日本からの移民で、20世紀前半までに20万人を超えた。移民社会のヒエラルヒーでは白人系が上に立ち、アジア系は苦労を強いられたようだが、日本の移民の多くはハワイに定着し、辛苦の末に今日の日系社会確立に貢献している。



ホノルルでは最も規模が大きいらしいKCCファーマーズマーケットにも行く。ダイヤモンド・ヘッドの火口北側で、郊外になるのだろうが大変な賑わいだ。ハワイ島コナで生産されているコナコーヒーの売店が大きな看板を掲げている。世界三大コーヒーの一つで、価格が高いことでも知られるらしい。極度の円安の為替下で旅をしているものだから、安い豆を買ったのがいけなかった。帰国してさっそく味わったのだが、香りがいささか物足りない。



かつては全世界の75%を産出していたというハワイのパイナップルや、大資本による製糖産業も寡占力を失った。経済の観光産業への集中を是正したい州政府は、ハワイ大学が実施している高付加価値農業への就農プログラムを支援するなど、島の農業に力を入れているようだ。ホテル近くのスーパーで買ったパック入り牛乳は、オレゴン州ポートランドから運ばれていた。多くの生活物資を島外に求めるハワイの物価は、実に高い。(2024.6.28)
























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