◆では、通常の喫茶店(近所のホテルの喫茶コーナー)と、喫茶「キハ48」とは、まったく同じなのかというと、ま、わたしが求める「日常の負荷が軽減された、思考が活性化される、開かれた孤独空間」に至ることができるという点では同じだが、やはり、精神的な作用は、微妙に違うものがある。
喫茶店のほうは、ドアの前に立ち、ドアを開けると、喫茶店の内部に封印されていた、ドアを開ける直前(=現時点)とは異なる時代の空気が、パァーッと顔をうってくる。
ある日、ドアをあけると、ドアの向こう側は、土手町から少し入ったところにあった(今もある?)喫茶「ひまわり」だった。
入口近くの階段を2階にあがる。
2階の奥の席では、既に同人雑誌の仲間たちが集まっていて、侃々諤々、編集会議をやっている。
『コップのなかの嵐』の宣治がいる。
『現代狂詩曲』の今井がいる。
『夜明けの汽車』の田中がいる。
そして、このページでおなじみの「おっさん」(←もちろん、今の「おっさん」ではなく、学生時代の「おっさん」)もいる……というような日もある。
ドアの内側の空気が、いつも、懐かしい空気ばかりとは限らない。
悲しく切ない空気もある。
ま、悲しく切ない空気も、悪くはない。
まとめると、「日常の負荷が軽減された、開かれた孤独空間」+「現時点とは異なる、過去の時代の空気」ということになる。
◆喫茶「キハ48」のほうは、これとはちょっと違うところがある。どこが違うのかというと……といっているうちに、1番列車が2両連結でやってきた。
05:37八戸発、久慈行きだ。
1両目先頭の停車位置に立つわたしの前のドアが開く。
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