万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

‘米中構造協議’と言わない理由とは?

2018年08月20日 14時58分12秒 | アメリカ
【米中貿易戦争】米中、11月首脳会談探る 米紙報道、貿易対立の打開狙い
 米中貿易戦争がエスカレートする中、アメリカのトランプ政権は、第二次世界大戦後に構築された自由貿易体制を脅かす‘反逆者’として集中砲火を浴びています。しかしながら、アメリカの保護主義、あるいは、二国間通商交渉重視への回帰は、今に始まったことではありません。

 自由貿易主義が、無条件に国際収支の均衡を約束しないことは、ブレトンウッズ体制の崩壊した1970年代において既に証明されております。変動相場制への移行には国際収支の調整機能も期待されたのですが、それでも焼け石に水であり、1980年代には、圧倒的な国際競争力を有した日本製品を前に、アメリカの産業は苦境に立たされます(変動相場制への移行は、各国政府に対する対外通貨政策の解禁ともなった…)。アメリカ国内で‘ジャパン・バッシング’の嵐が吹き荒れる中、日米間で開始されたのが日米構造協議であり、国際収支の不均衡は、二国間の通商交渉によって解決されることとなったのです。

 この時、日米構造協議というスマートなネーミングによって、日米交渉による貿易不均衡の是正が、自由貿易主義からの転換であることを強く意識した人々は少なかったかもしれません。むしろ、自由貿易体制には、構造的な不均衡をもたらすメカニズムがあることを、両国とも素直に受け入れていた節さえあります。結局、日本国側が円安是正、自主規制、並びに、内需拡大等のアメリカ側の要求を受け入れたことで、日米構造協議は一先ずは一段落します。しかしながら、自由貿易体制そのものが修正されたわけではありませんので、新興国の製品が日本製品に取って替ったに過ぎず、今日では、当時の日米間よりもさらに著し貿易不均衡が米中間で起きているのです。

 トランプ大統領は、対中貿易赤字を解消するために一方的な措置をとったため、中国との間で制裁措置の応酬となったのですが、ここに来て、米中首脳会談の兆しが見え始め、米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)によれば、11月の開催が模索されているそうです。となりますと、日米構造協議ならぬ、‘米中構造協議’となるはずなのですが、何故か、米中両政府のみならず、メディアを見渡しましても、こうした表現は見られません。

 何故、‘米中構造協議’という用語が避けられているのか、その理由を推測してみますと、一つには、こうした理知的な表現を用いては、自由貿易主義、あるいは、グローバリズムに内在する不均衡のメカニズムが人々の意識に上ってしまう点を挙げることができます。特に自由貿易主義体制に向けて不断に‘前進’することで経済覇権を握りたい中国にとりましては、構造的問題であることを示す‘米中構造協議’の名称はいかにも不都合です。そして、もう一つ、理由があるとすれば、それは、中国のケースでは、解決すべき問題は経済分野に限定されない点です。経済大国化を梃子にして、中国は、目下、「一帯一路構想」を掲げるなど、全世界を視野に入れた世界戦略を強引に展開しています。経済力は、軍事、あるいは、政治的目的を追求する道具に過ぎず、中国の真の目的が世界支配であるならば、アメリカが米中貿易戦争を仕掛けた背景には、中国による覇権確立の阻止という別の目的があると推測されるのです。この観点を加味すれば、‘米中構造協議’の名称は、その本質からは外れていることとなります。

 軍事力の裏付けがあるだけに、アメリカにとりまして、中国は、同盟国である日本国よりも遥かに手強い相手でもあります。日米交渉にあって日本国側が折れた理由の一つは、日米対立の安全保障分野への波及リスクもあったはずです。少なくとも、その名称の如何に依らず、米中間の関係は、軍事や政治上の対立も絡む故に、米中首脳会談で一件落着とはいかない気配がするのです。

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