万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

米中貿易戦争はアメリカ農業が変わるチャンス?

2018年08月10日 15時35分47秒 | 国際政治
考え方に隔たり=日米貿易協議、初日会合
 米中貿易戦争の火蓋が切って落とされたことにより、中国を輸出市場としてきたアメリカの農家は苦境に立たされております。特に大豆を生産してきた農家への打撃が懸念され、11月の中間選挙への影響も予測されます。しかしながら、見方を変えれば、米中貿易戦争はアメリカの農業にとりまして、変革のチャンスとなるかもしれません。

 戦後、アメリカをはじめとした主要穀物生産国の要望もあり、GATT交渉の枠組であるケネディー・ラウンド辺りから、農産物は、国際通商体制において貿易自由化の対象に組み込まれることとなりました。大規模な穀物生産が可能な国ほど国際競争力に優りますので、以後、農産物輸出は、アメリカが他国と通商交渉を行うに際しても、重要な市場開放要求の項目となったのです。実際に、本日、アメリカのワシントンD.C.で始まった日米間の新貿易協議(FFR)でも、アメリカ側は、農産物市場のより一層の開放を日本側に求めたと報じられております。もしかしますと、アメリカ政府は、中国で失った輸出市場の代替を日本国に求めているのかもしれません。

 しかしながら、自由貿易において農産物、特に穀物といった一般的な作物が劣位産業となりますと、自国の農業が壊滅するリスクは、如何なる国においても共通しています。しかも、農業とは、古来、人々の生活と密接に結びついてきましたので、農村社会がコミュニティーとして息づいている国ほど、その影響は計り知れません。自由貿易理論は、こうした相手国の社会にまで及ぶ破壊的な効果については看過しているのですが、この他者犠牲の作用は、倫理面からして心のどこかで痛みを感じざるを得ない、自由貿易が内包する負のメカニズムなのです。

 価格競争において優位にあるアメリカ農業が輸出志向であることは理解に難くはないのですが、輸出志向を国内向け生産へと転換することも、上述した自由貿易の欠点を是正する一つの方法となるかもしれません。近年、アメリカでは健康ブームが起きており、国民の間で食に関する関心が俄かに高まっているそうです。ところが、新鮮な野菜やくだもの、あるいは、有機栽培された穀物等を日常的に買うことができるのは、一部の富裕層や中間層に限られており(もっとも、今日、中間層は大幅に減少…)、一般の国民は、安価なジャンクフードや大量生産された加工食品に頼った食生活に甘んじざるを得ないそうです。この結果、肥満やメタボリックシンドロームに悩まされ、健康寿命や寿命にまで悪影響を与えているのです。その理由は、健康の維持に役立つ付加価値の高い農産物の価格が高いことに依りますが、アメリカの農業形態の大規模志向、並びに、農業のシステマティックな大量生産に基づく‘製造業化’もまた、その原因に挙げることができます。

 こうした現状からしますと、アメリカ国民の大半が健康的な生活を送るためには、内需志向の農業改革は、実のところ、避けては通れない課題なのかもしれません。米中貿易戦争の煽りを受けて余剰となる大豆なども、危機をチャンスに変えてその健康効果をアピールし、アメリカの消費者のし好に合った製品を開発すれば(ダイズ・バーガーや豆乳ミルク製品など)、国内需要を喚起することができます。また、さらなる構造改革としては、従来の大規模経営から中小規模経営への積極的なシフトを図ると同時に、健康維持効果の高い多様な作物を安価で生産し(穀物よりも単価は高いのでは…)、都市部への迅速な流通も実現すれば、アメリカ国民の食生活も健康状態も大幅に改善されることでしょう。

輸出農産物については、気候や土壌によってアメリカでしか生産できない特産品に特化すれば、自由貿易の破壊力をも抑制することもできます。貿易が相手国の生産者を犠牲にすることなく相互の利益となるためには、国内産業の転換をも組み入れた、内外調和型の改革が必要なのではないかと思うのです。

 よろしければ、クリックをお願い申し上げます。

にほんブログ村 政治ブログへにほんブログ村

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする