万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

上野駅を建て替えては?-戦後復興は最終章へ

2018年08月16日 15時31分47秒 | 日本政治
先の戦争への想いが深まるこの時期、NHKでは、空襲等で両親を失った戦災孤児に関する番組を放映しておりました。同番組を視聴してふと感じたことは、上野駅は、戦後73年を経た今日、戦後復興を最終章へと導くためにも、新しい駅舎に建て替えるべきではないかというものです。

 出演されていた元孤児の方々は、周囲の一般の人々が冷淡であり、残酷ですらあったと口々に証言しており、この番組を見ますと、日本人の国民性がいたく冷酷なような印象を受けます。しかしながら、おそらくは、情けや慈悲の心を以って接した人々も少なくなかったのでしょうし、あるいは、終戦直後の駅という場所柄を考慮しますと、孤児達が犯罪組織等の手先として利用されたため、一般の人々から忌避されてしまったという側面もあるかもしれません。『竹林はるか遠く』において描かれている京都駅の様子は、如何に、駅が危険に満ちた場所であったかを伝えており、駅前の闇市等の存在も考え合わせれば、大人でさえ身構える場所であったのでしょう。

些か一面的な切り口の番組ではあったのですが、それでも、駅という場所が、多くの孤児たちが命を失い、犯罪組織をも蠢く半ば闇の世界であったことは確かなことです。今でも、孤児たちが寝泊まりしていた上野駅の地下道が暗い重苦しい空気に覆われている理由も、この番組を見て分かったような気がします。空襲や敗戦の混乱において最も負の部分を負った人々が集まったのが上野駅であり、いわば、戦争がもたらす悲劇を象徴しているとも言えるのです。

その一方で、公園口を出ますと、そこには動物園のみならず、様々な美術館や博物館が緑の中に点在しており、都心にあってアートな雰囲気を楽しむことができる貴重なエリアとなっています。芸大界隈には、明治時代に造られたレンガ造りの趣のある建物等も残されており、思わずタイムスリップをしたような感覚に襲われます。上野とは、本来、江戸情緒をも残しつつ、文化の薫り高く、明治から現代にかけての日本芸術の足跡を辿ることができる場所なのです。

今日、上野駅は、東北地方への表玄関としての役割も終え、首都圏の主要駅の一つとなりました。近年、東京駅はリニューアルされましたが、上野駅だけは、時代から取り残されたかのように、戦争の傷跡を刻んだままその場に佇んでおります。歴史的な記憶を後世に伝えるために上野駅を‘遺跡’として保存すべし、とする声もあるかもしれませんが、‘癒し’という観点からしますと、そろそろ、再出発を試みてもよいように思えます。

その際には、この地で幼くして亡くなった孤児たちのために手厚い慰霊を行うと共に、犯罪等を怖れることなく、安心して人々が行き交うクリーンな駅を目指すべきです。アメ横等の再開発の在り方については議論が起きることでしょうが、上野駅の建て替えは、戦後復興の最終章に相応しいプロジェクトのように思えるのです。

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