万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

自由貿易主義の盲点―‘中国企業群’がグローバル市場独占する?

2018年08月02日 15時30分24秒 | 国際政治
自由貿易主義、あるいは、レッセ・フェール的グローバリズムは全ての参加国に利益をもたらすとする一種の‘予定調和説’は、今日に至るまで人々に固く信じられてきた‘ドグマ’です。しかしながら、絶対視されてきたこの‘ドグマ’さえ、国際レベルにおける著しい貿易不均衡と国内レベルにおける所得格差拡大という現実を目の前にして、漸く疑問が寄せられるに至っています。

 自由貿易主義懐疑論の根拠の一つとして挙げられるのは、比較優位説を基礎とする同理論には規模の優位性に関する考察が欠如している点です。そして、この欠如は、現実の国際経済において、グローバル市場を独占しかねない中国企業の巨大化という忌々しき事態を招く要因としても働いています。

 本日の日経新聞朝刊にも、中国の競争当局による恣意的競争法の運営に関する記事が掲載されておりました。同国当局は、競争法を自国企業に有利な方向に戦略的に活用しており、外国企業に対しては、不利な判断が目立つのです。例えば半導体部門を見れば、最近では米クアルコムによるオランダNXPセミコンダクターズの買収が阻止されましたし、東芝メモリー売却に対して突然に不承認から許可に転じたのも、日本の産業、並びに、日系企業の弱体化という戦略的意図があったと指摘されています。すなわち、中国の独占禁止法の運用は、公平・公正な立場から市場の競争秩序を維持することを目的となしてはおらず、グローバル市場における中国企業の競争力強化の手段に過ぎないのです。

 ところが、現状では、国際社会は、こうした中国の‘戦略的競争政策’を制御する有効な手段を持っていません。競争法は、EUを例外として国家レベルで国内法として施行されていますので、中国当局による恣意的競争法の運営はそのまま放置されているのです。しかも、規模の優位性の問題に照らして見れば、国家間の経済規模の違いは、13億の市場を擁する中国企業をさらに有利な立場に押し上げます。中小規模の国では国内シェア第一位の企業であっても、中国市場において独占的な地位にない劣位の中国企業に対してさえ、顧客数、資金力、人材、研究・技術開発力など、あらゆる面において太刀打ちするのが困難です。国境なきグローバリズムにあって、中国企業は、全世界からこれらを容易に調達できるのですから、中国企業の膨張を抑えるのは至難の業なのです。

 巨大化する中国企業に対抗するためには、複数の国内企業が合併して規模を拡大する方法もありますが、競争秩序の維持を最優先とする自国の競争当局から阻止される可能性があります。あるいは、海外企業と合併する道もありますが、大型合併ともなりますと、今度は、ライバル潰しに躍起になっている中国の競争当局から阻止されるかもしれません。グローバル化の時代は大競争時代とも称されるように、競争の激化が予測されているものの、現行の国際経済体制では規模の優位性が作用し、‘巨大中国企業群’による事実上のグローバル市場の独占ともなりかねないのです。

 それでは、こうした事態を防ぐ方法はあるのでしょうか。ドイツでは、既に中国企業による自国企業の買収に対して安全保障上の理由から制限を加える方向に舵を切り替えており、この買収規制に関する政策方針は、アメリカのトランプ政権とも共通しています。第一の方法は、個別の国家による規制強化です。現状では、さらに踏み込んで既に巨大化している中国企業に対して分割を命じる競争当局は出現していませんが、自国市場に影響を与えるケースについては自国の法律を適用するとする効果主義に基づけば、国内法の域外適用に踏み出す国も現れるかもしれません。また、第二に考えられる方法は、WTO改革に際して、各国の市場規模の違いに考慮した競争法に関する規定を設けることです。乃ち、競争状態を維持すべく、企業規模に対する一定の制限をグローバル・ルールとして設け、WTO、あるいは、新設する‘世界競争機関?’に国際レベルの競争法の執行に当たらせるという案です。何れにしても、国家レベルの競争法とグローバル市場との間には齟齬、あるいは、不整合性があり、それが、中国の国家戦略に利用されているのです。

 これらの他にも様々なアイディアはあるとは思いますが、今日という時代は、自由貿易や国境の開放を闇雲に推し進めるよりも、これらが内包する欠点にこそ注意を払うべき時代のように思えます。中国共産党をバックとした‘中国企業群’がグローバル市場を凡そ独占する未来を人類の理想郷とみなす国も人も、中国を除いて世界には殆ど存在しないのですから。

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コメント (2)
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