万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

日本ボクシング連盟山根明会長の恐るべき‘逆切れ’-真の社会人とは

2018-08-03 14:56:05 | 社会
山根明会長「生意気だよ!」村田諒太の批判にムカッ/BOX
昨今、スポーツ界をめぐる不祥事が相次いでおりますが、日本ボクシング連盟でも、‘終身会長’の地位に座る山根明会長が、都道府県連盟幹部や元選手ら333人から告発されるという前代未聞の事態が発生しております。同会長は、出演したテレビ番組において自らを批判した五輪金メダリストの村田諒太選手に対して‘生意気だよ’と激高したそうですが、この態度、氏の無自覚ぶりを見ずから露呈することになったのではないかと思うのです。

 山根会長が村田選手の批判において‘カチン’きたのは、「悪しき古き人間達」という表現であったようです。そこで同会長は、未熟であった村田選手を金メダリストに育てたのは同会長自身であったことを強調し、同選手が恩を仇で返しているような印象を持たせた末に、「あの選手はまだ社会人じゃない。現役のボクサーとして、言うべき話じゃありません」と‘逆切れ’したそうです。しかしながら、実のところ、山根会長の思惑とは逆に、視聴者の多くがこの山根氏の言葉に‘カチン’ときたのではないでしょうか。勇気を振り絞って告発した333人と思いを同じくして。

 おそらく、山根会長の認識では、‘社会人’とは、たとえ上司が不正や犯罪に手を染めていても、過去の恩義や組織上の上下関係に配慮して、黙って見過ごすか、むしろ、積極的に上司を庇うべき存在なのかもしれません。この‘山根基準’からしますと、選手による会長批判は‘社会人’にはあるまじき行為なのでしょう。しかしながら、果たして、組織に絡め取られ、良心を曲げるような悪の黙認は、‘社会人’と呼ぶにふさわしいのでしょうか。実際に、同会長は、助成金の不正流用のみならず、暴力団との関係も明らかとなっています。こうした行為は、反社会的行為と呼ばれており、‘社会人’の行為ではないことは確かなことです。‘社会人’の一般的な定義が、‘ルールや規範を守り、社会の一員として善良に生きる人’であるとしますと、山根会長自身が、‘スポーツマン’という以前に‘社会人’でもないと言わざるを得ないのです。

 しかも、山根会長は、自らが‘社会人’ではないことのみならず、その反倫理的行為から、告発者のみならず日本国民の多数から強い反発を買っていることに対しても無自覚です。仮に、他者の感情を敏感に読み取ることができる人物であるならば、‘逆切れ’と見なされるような反応は慎むはずです。自ら火に油を注ぐような対応をとるところにも、社会性に関する氏の資質に疑問が湧いてくるのです。もしかしますと、山根会長は、人徳や実績、あるいは、人々からの信頼というよりも、暴力と脅しとお金によって現在の地位までのし上がったのかもしれません。仮に、氏の人柄がこのようなものであれば、‘悪しき古き人間達’という批判は、多くの人々が共有するところなのではないでしょうか。

 ルールに則って正々堂々と闘うことを良しとするスポーツマンシップを育てるべき立場の人々による反社会的行為は、スポーツの存在意義をも深く静かに蝕んでいます。スポーツとは、心の教育をも伴うべきであり、病気で入院中と報じられていたにも拘わらずテレビに出演して自己弁護に熱弁をふるい、開き直る山根会長の姿は、社会人とも、況してや社会の規範とも到底言えないように思えるのです。

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コメント (2)