katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuくんの日記

いつだったかな・・・休んだの?

2019-03-13 06:14:52 | 休み?
丸々1日休んだのって、いつ以来だろう?・・・かぐやとかぐやのせがれとのんびり遊んでた・・・こんな時しか休まないからね。そうね・・最後に奴と会ったのは高2だったかな?・・・そんな帰り際に実家に顔を出す事になり、俺と同じような事を両親は口にしてた・・・いつ以来かな?って・・・。

そんなたわいも無い事だけれど、父には母がいて、でも子供達はみんな家を出て、まっ俺は例外だけれど、各々家族を持って、いつも父も母も見送るばかり。そんな俺も最後はいつも羽田で見送っている・・・ただいつもならかぐや1人だけれど、今日はかぐやのせがれもいる。

ただこんなシーンは何度が経験したが、それとは違って、かぐやもせがれとは別の場所に帰る・・・同じ時間に出発して別の飛行機・・・じゃな・・って2人を見送り、じゃあね・・・とかぐや達2人も反対に歩く・・・何か見送り方がいつもと違うんで、気持ちに変化があるのね・・・。

今回退院した父は元気になったから、こうして2人に会えた。いつものように2人を見送った後でも、何ら変わらずにまた父と母に戻れる。それは2人が元気だから。ただいつ会えるか?となると、かぐやにはきっとすぐにまた会えても、せがれとは・・・って言うと、それはね・・・。

まだ奴が幼い頃から何度か会った事があるから、情も沸く。しかも年老いた2人だから、こうした訪問は楽しいだろうし・・・ただそこには見送る場面も来る。きっと2人はそんな気分なんだろうな・・・と見送る2人の気持ちも判る歳になり、何と無くだけれど。そんな気分の後、いつもなら同じ見送りを

俺も体験してお開きとなるのだけれど、親子が一緒の家に帰らないシーンの見送りを見るのは余り無い体験で、いつもの自分の気持ちだけの見送りとは違って、かぐやはどんな気持ちなんだろう・・・って思うと、切なさは増す。勿論、みどりや棟梁のように娘さんが結婚して所帯が別って言うのも見たが、

会った時に既に大人だったし、嫁ぎ先も近いし、少なくとも俺は笑って見送れる。それが子供の頃から知っているせがれは、俺とかぐやの歴史だったりもする。何せ奴が年長だった時の幼稚園の壁画がかぐやとの出会いなのだから。それが引っ越してからは、数年に1回なんて感じだから、もうそんなか?

って感じだったりする訳で・・・。だからその時に思い出の上書きをするのね。あぁもうこんなに大きくなったのかぁ・・・って。それがかるびだったり、キウイの娘達だったりすると、2か月会わないって事も無いから、またね・・・は割と楽に言えたりする。そんな見送りは随分と慣れた。

でも、何かね・・・もし俺が名残惜しいのなら、かぐやはもっと名残惜しい訳で・・・早く俺が帰った方が良いのか?いた方が良いのか?も考えてしまうし・・・以前ゴチになります・・・って番組で羽鳥さんが司会なのに、辞めて行く人の前に泣いてしまった時に、やぺっちがお前が先に泣いたら、辞める

人が泣けないだろっ・・・って言われたシーンはとても印象的で、こんなシーンの時に思い出してしまうのね・・・名残惜しいのは俺じゃない・・・かぐやだろっってね。でもね、父にも母がいて、かぐやにも家に戻れば娘もいる。でも奴は俺と同じで戻っても他人しかいないのね・・・。

そんな中、2人に、俺は家族がいないから見送る事ばかりやっている・・・少しだけれど見送られる側もやった事があるからその気持ちもいくらか判る。
けれど見送るばかりはいささか切ない。仮にもしそう思う事があった時、寂しいな・・・って気分になるのなら、そうなりたくないと思うのなら?

自分が魅力的であれ・・・これ1点。そうすれば人は自ずとやって来る。そうすれば少ししか寂しくは無い。ただそうなったのなら、自分の時間は無くなると思えば良い。魅力があるのなら、自分の時間はみんなのものになる・・・そう言う意味なのだろうから。

俺はそうやって生きているのね・・・あんまりお勧めはしないけれど・・・って、そんな話をしたのね。まぁ、また次に会いたくなるようにするしか無いわな・・・と。今、帰る場所のあるかぐやよりも、せがれに言った話は、いつかそんな日が来た時のかぐやに言ったつもりなんだけれど・・・。

気が付いていると思うけれど・・・だからこそ、正直に俺は今こんな気持ちだよ・・・って言わないと、いつかこんな時が来た時の参考例を見せられない・・・今の俺にはこんな事しかする事出来ないのだから。そんなこんなでそんな見送りの帰りは、いつもよりもダメージは大きく、体の疲れも、

心も、自分の分とかぐやの分と、両親の分と・・・みたいにいつもよりも何か疲れた・・・。誰にも頼まれていないのに・・・あはははは。感受性ってのは作品作りには恵まれた力だが、人としてはしなやかに強くならないと、寂しさや切なさに押し潰されて孤独になるもので・・・。

それが嫌なら孤独にならない努力をするべきなのね・・・日々精進って言うのは、本来こんな時に使う話で、1人なってから向き合う方が良いのか?備えあれば憂いなしなのか?はどっちが正しいのかな?って話であって、それは各々が考えるべき事なんだろうが・・・。

ただ俺に関わった人は、知らなかった・・・では無く、知ろうとしなかった事になる。何故ならこうして毎日更新しているのだから・・・。あっ、完全休業した後じゃ、説得力無いかっ・・・あはははは。
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