はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

圧力釜

2019-07-25 18:33:00 | はがき随筆

 圧力釜を愛用している。料理ではなくご飯がメイン。以前、日曜版に宇野千代さんの随筆があった。圧力釜で炊いたご飯のおいしさを絶賛されていた。欲しいなと思っていたら義妹が譲ってくれた。

 お米と同量の水加減。最初は強火で重りが揺れだしたら弱火にして3分。自然に圧力が下がるまで蒸らす。これでつやつやのご飯のできあがり。

 寄る年波に勝てず釜が重いとぼやいたら、娘が炊飯器を買ってきた。使ってみたが、30年近くなじんだ味は捨てがたく「やっぱりこっちだね」と重たい圧力釜に軍配を上げる。

 熊本市中央区 山口妙子(83) 2019/7/25  毎日新聞鹿児島版掲載


若木よ育ってね

2019-07-25 17:36:41 | はがき随筆

 森林組合から賞状授与の案内がきて何だろうと思いこれも経験だと出かけた。

 会場は男性ばかり200人以上いた。壇上へ呼ばれたが手すりは無く段は高く上がれない。帰る? 否這う? 皆が見ている。「エイ」と手を出すと男性が手を引いてくれた。森林育成に貢献したという感謝状だった。

 夫亡き後44歳の時、山林を購入し植林した。生あるうちに木材を売るとは思わなかった。

 この春、跡地に植林した。令和元年、息子名義で今、若い苗木が梅雨の湿りを待っている。

 若木よ負けるな、雨は降る。しっかり根付き頑張ろう。

 宮崎県延岡市 逢坂鶴子(92) 2019/7/23 毎日新聞鹿児島版掲載


黒いアルバム

2019-07-25 17:01:57 | はがき随筆

 義姉から黒いアルバムを託された。亡父のもので、その中に「昭和12年万田坑にて」と添え書きされた父の写真がある。シャツを腕まくりした仕事着姿で、24歳のスリムな体形が若々しい。

 昭和34年12月に始まった三池争議では大きな対立が起き、昭和38年11月9日の三川抗炭じん爆発事故では多くの仲間が死んだ。そんな時代を父は勤め上げ、子供3人を自立させてくれた。

 黒い表紙のアルバムを見ながら、改めて父を思った。もっといろんな話を聞いておけばよかった。

 熊本市北区 岡田政雄(71) 2019/7/22 毎日新聞鹿児島版掲載


傘寿を控えて

2019-07-25 16:11:26 | はがき随筆

 80年は長いが、振り返ると速い。懐かしく楽しかった出来ごとが浮かんでくる。ところが、ビザなし訪問団で国後島を訪れた国会議員が、島を取り戻すには戦争を考えてはどうかと言いだした。眠っていた記憶、ぼくの世代なら最初に体感した恐怖が呼び覚まされた。

 戦況の悪化が物心ついたぼくに恐怖を植えつけた。父は出征し、妹を背負った母に手を引かれ、炎が染める夜空を眺める。探照灯の光芒の中、焼夷弾がゆらゆらと落ちてゆく。国会議員は、関ヶ原の戦いを漫画で見た程度だろう。現実はボタンを押せば始まり、そして終わる。

 鹿児島県志布志市 若宮庸成(79) 2019/7/21 毎日新聞鹿児島版掲載


来世の蚊

2019-07-25 16:00:06 | はがき随筆

 じめじめした梅雨の夜、ようやく眠りについた途端、蚊の音で目が覚めた。何度も振り払うがしつっこい。

 そういえば、亡夫から「俺は来世は蚊だってよ」と聞いたことがある。折しも今日は私の誕生日。もしかしたら蚊になって私に会いに来てくれたのかもと勝手に想像する。

 夫は節目節目に必ずプレゼントょくれた。けっして高価な物ではなかったが、その優しさがうれしかった。

 朝、不思議な事に蚊に刺された形跡がない。夢だった? やっぱり……でも叩かなくて良かった。

 日向市 梅田絹子(64) 2019/7/20 毎日新聞鹿児島版掲載


最後の運動会

2019-07-25 15:50:11 | はがき随筆

 遠くに雲仙岳、眼下に有明海が広がるみかんの花咲く丘の上の小学校が、今年度で144年の歴史を閉じることになった。

 最後の運動会は地域みんなで盛り上げようとの呼びかけに、我が子が学んで以来、38年ぶりに出かけた。全校児童は13人。あの頃の1割にも満たず少子化に驚いた。

 徒競走や障害競走、組み体操など、大きな学校と同じ種目の数々に取り組む児童らのたくましさ、健気さ。一人一人が頼もしい選手でまぶしく涙が出た。

 今までの人生で出会った運動会の中で、最も少人数なのに最も感動的だった。

 熊本県玉名市 大村土美子(80) 2019/7/19 毎日新聞鹿児島版掲載


月下美人

2019-07-25 14:54:11 | はがき随筆

 内玄関に置いた月下美人の鉢、夕食をすませた頃、開花して家中に芳香が漂う。35年前、父が健在な頃にもらった一茎の月下美人が株を増し、毎年5月になると次々と真っ白の花が咲く。先日、数多くのつぼみの中にひときわ萼の赤いつぼみを見た。今夜は開くかもと夕食の片付けも早々に鉢の傍らに寄ったとき、つぼみの先がぽっとゆるんだと思った瞬間、芳香を放ちながら開いていった。みずみずしい花の見事さに我を忘れた。毎年真っ白に咲く鉢に、深紅の花。不思議なことだ。来年は白、赤どちらが咲くかしら。仏壇の父に今日の報告をした。

 鹿児島県出水市 年神貞子(83) 2019/7/18 毎日新聞鹿児島版掲載


誰だっけ

2019-07-25 14:43:05 | はがき随筆

 街角で、男性が呼びかけた。「お元気ですか」と彼。どこか見覚えはあるが、名前が出ない。軽く会釈はしたが、誰かな。「今も絵描いてる?」と追い打ちをかける彼。絵画教室の仲間でもないし困ったなあ。痺れを切らしたのか「散髪屋」と彼から白状した。かつての店のオーナーと分かった。ホットした。

 近ごろ、物覚えが悪いと悩んだが、どうやらそうではない。従業員が多いので彼の出番は少ない。会う時は大抵マスク姿なので、素顔が見えない。無理もないよねえ。妻が「女性のスタッフだったら覚えたのに」とと皮肉る。そう。

 宮崎市 原田靖(79) 2019/7/18 毎日新聞鹿児島版掲載


祖父と祖母

2019-07-25 14:35:36 | はがき随筆

 「どっから見よんねー」。ばあちゃんは毎日、じいちゃんが好きだった鞍岳に向かって呼びかける。先日、祖父の三回忌を迎えた。ばあちゃんはやっと叫ぶことがなくなったという。

 きっとじいちゃんが返事をしてくれたのであろう。2人の愛が私の心をほっこりさせる。私も叫んでみようかな。「ばあちゃんを見守っててねー」って。

 教員だったじいちゃんは何事にも厳しく、間違ったことは大嫌い。ばあちゃんにも厳しかったが、その裏にはいつも愛があった。

 ばあちゃんが好きになるはずだ。

 熊本市中央区 田中英恵(29) 2019/7/18 毎日新聞鹿児島版掲載


夏の忘れ物

2019-07-25 12:21:50 | はがき随筆

 ♪夏も近づく八十八夜♬ 保育園からの曲が聞こえてくる。夏休みの度に来てくれた孫たちは上級生になり、帰鹿途絶えて久しい。倉庫の片隅に孫娘と貝殻拾いで採った貝が十数個、網袋に下がっている。福ノ江海岸の岸辺で波と戯れながら拾った貝殻だ。一個一個拾う都度「きれい。何という貝」と尋ねる孫娘の声が網袋から聞こえるような気がする。

 飽きが来るまで海辺で遊ばせていたが、笠山に夕日が赤くなり「帰るよ」と呼ぶと、孫娘の麦わら帽子のリボンがシルエットとなって揺れていた。その夏が今年もまた来る。

 鹿児島県出水市 宮路量温(72) 2019/7/18 毎日新聞鹿児島版掲載


どっちが先生?

2019-07-25 12:12:52 | はがき随筆

 88歳の父を、介護施設に訪ねた。入所して10年、右半身に麻痺があり、言葉がスムーズに出ないことも多い。

 その日は偶然、月に一度の主治医のE先生の往診日だった。施設の看護師さんに勧められ、私も同席させてもらった。

 先生は、父の状況を確認しながら声をかけたりしていた。すると、先生の顔をまじまじと見ながら父が言ったのだ。

 「あんた、顔色がいいなぁ」え、まさかのそのセリフ? こんな時に限って、絶妙なるタイミングで出てきた言葉に、40代の先生も、その場にいた看護師さんたちも笑っていた。

宮崎県延岡市 渡辺比呂美(62) 2019/7/18 毎日新聞鹿児島版掲載


頑張れ!受験生

2019-07-25 12:01:53 | はがき随筆

 マラソンは入賞を目指して走るが、受験生は合格点を目標にして勉強するよね。授業で基本知識を習得したら、問題集を解いてみることだ。受験勉強に近道はないし、実力は努力した時間の関数と心得よ。

 毎日毎日が自分との闘いであり、他人との競争だよ。マラソンと同じ理屈で、最も苦しい時が最も辛抱の必要な時。霜雪に耐えて梅花麗しと言うが、厳冬に耐え、百花に魁て咲き匂う梅の花は気高いよね。

 苦しさに耐えて頑張った受験生ほど、合格の喜びは大きいよ。決心したら、即実行されたし。

 熊本市東区 竹本伸二(90) 2019/7/18 毎日新聞鹿児島版掲載


ユリ香る

2019-07-25 11:52:09 | はがき随筆

 こちらではユリの季節である。もうずいぶんまえのこと、奄美の徳之島に赴任していた。5月初旬、道路脇の土手、山すその草むらに野生のテッポウユリが清楚な花を咲かせていた。その香り、部屋に一輪挿して置くと家中芳香が漂うほどである。

 連休の頃、帰省する空港への途中で何本か手折って機内へ持ち込んだ。たちまち機内いっぱいに馥郁とした香りが漂いはじめた。乗客に気の毒なほどである。女性乗務員たちが「なんとまー」とほほ笑んでくれた。いい気になって何本かを進呈したが、今度はどこにその香りが漂うのか気になったのだった。

 鹿児島市 野崎正昭(87) 2019/7/18 毎日新聞鹿児島版掲載


40年前の仲間

2019-07-18 21:43:54 | はがき随筆

 3畳一間が8部屋あった。女学生同士で共同生活をしていた。外壁はトタン葺きで当時でも年代物だった。電話の音にワクワクしたものだ。「○○さん電話ですよ」。下宿のおばさんの声。「は~い」。床のきしみとドタバタの音が響いた。夜が明けるまで、恋バナや夢を語り合った事もあった。極めつけは「落とし」を共同で使った事。

 そんな仲間と再会して、伊勢神宮参拝をした。博学だった一人が、お賽銭の時に言った。「500円はこれ以上の効果(硬貨)無しだって」「へえ~そうなんだ」と一同。変わらない会話がうれしかった。

 宮崎市 津曲久美(60) 2019/7/17 毎日新聞鹿児島版掲載


歯が抜けた?

2019-07-18 21:33:56 | はがき随筆

 「アレッ、何これ?」。敷布団の上に小さな硬いものを発見。何か分からない。もしかしたら犬の歯? 桃太郎の口をこじ開けて確かめる。どうも前歯らしい。そういえば最近、餌も食べたり食べなかったりだった。

 犬にも歯痛があるのか。夫いわく「俺の歯も残り少ないもんな」。老犬になると白内障や耳も聞こえにくいと聞く。散歩の時だって後ろ足がブルブル震える。たぶん低下だろうが。以前、ペットクリニックで尋ねたら、先生は笑っておられた。

 犬も人も普通に生きている。「歯が1本抜けたくらいでどうするの」と見上げる桃君。

 熊本県八代市 桑本恵子(73) 2019/7/15 毎日新聞鹿児島版掲載