はがき随筆・鹿児島

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「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

老いざる薬

2011-05-03 12:23:47 | ペン&ぺん
 9万6567人。鹿児島県内で独り暮らしする65歳以上の数だ。6年ほど前のデータで、今は人数も変わっていよう。
 1年経過すれば、人は皆365日分、齢(よわい)を重ねる。
   ◇
 老いを避けたい。そう願うのは、アンチ・エージングが叫ばれる昨今だけの話ではない。
 秦の始皇帝の時代。不老不死の霊薬を求め、若い男女3000人を率いて、船出した伝説上の人物がいる。徐福、またの名を徐市。日本各地に、老いざる薬を求めて徐福が来たとの伝承が残る。
 その一つが、いちき串木野市にある。旧市来町は、徐市が来た場所から名付けられたとの説がある。徐福は山に登り、景観を絶賛し冠を山頂で脱いだ。その山を以後、冠岳と呼ぶ。徐福が、紫のひもを留め置いた山を紫尾山と称する。そんな由来も伝えられている。(「鹿児島大百科事典」など参照)
 だが「市来町郷土誌」によれば、市来の名が公的資料に登場するのは鎌倉時代。余りに年月がずれている。むろん、かつて鹿児島の地に老いざる薬があり、徐福が持ち帰ったとの記録はない。
   ◇
 「お薬を出します。物忘れがひどくならぬよう進行を抑える薬です」
 そう医師は言った。独り暮らしの母を診察に連れて行った時のことだ。
 机の上。パソコン画面に頭部を撮影したMRIの画像が映る。側頭部に脳の萎縮があるという。
 「お薬は1日1錠。2週間分です。それで副作用や物忘れの度合いなどをみていきます」
 同席した私は、もしもと思う。もしも、母の症状が老化に伴うものならば、老いを止めることはできない。できるのは老化の進度を、わずかに抑制することだけだろう。
   ◇
 薬は2週間分。その間14日分、老いは進む。徐福が求めた老いざる霊薬は今も、ここにはない。
 大海の東の果て。日いずる所に、願いを捧(ささ)ぐ輝きのごとく、だれもが求める薬は、あるのかもしれない。
 鹿児島支局長 馬原浩 2011/5/2 毎日新聞掲載

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