はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

野良猫の叫び

2009-12-07 18:58:55 | 女の気持ち/男の気持ち
 犬の散歩中、1匹の野良猫に出くわした。皮膚病に侵されたのか、ほとんどの毛が抜け落ち、右目は醜くつぶれている。猫は我が家の犬たちを見つけると、やせ衰えたその身にこん身の力を振り絞り「フーッ」と威嚇した。
 いつもなら道端で猫に遭遇すると、格好の敵を得たとばかりにほえ、向かっていく我が家の犬たちも、その野良猫の孤高の姿に威圧されたのか、全く反撃する様子もない。
 散歩から帰ると、犬たちは私に汚れた足をふいてもらい、清潔な水と十分な餌を与えられる。2匹とも清足したのか、それぞれのケージの中ですやすや眠りについた。
 あの野良猫は一度でもそんな穏やかな日を過ごしたことがあるだろうか。いや野良猫=不幸と決め付けることが私のおごりであるのかもしれない。とはいえ、今確かに野良猫という身の上の小さな命がさまざまなものと孤独に戦っている。
 その夜、テレビで劇団四季のミュージカル「キャッツ」の名場面が放映された。
 「お願い。私に触って、私を抱いて。光の中で」と野良猫役の女優が、月明かり
の中で歌っている。
 その歌を耳にした途端、ほろほろと滴り落ちる涙を私はどうすることもできな
かった。やせた背中を怒らせ、「フーッ」と威嚇するあの野良猫の本当の心の叫
びを聞いたようで。
 冷たい光を放つ憂いに満ちた瞳が忘れられない。
  長崎市 白石美由紀・49歳 2009/12/7 毎日新聞の気持ち掲載

おもかげ

2009-12-07 18:48:26 | はがき随筆
 小刀で鉛筆をまとめて削るが、どれも気に入らない。幼いころ母が削ってくれた鉛筆はスマートで木の香りさえしたのに。
 あれは12歳の夏、N宅が落雷で燃えてた時だ。母は急に寒がり高熱を出した。者を呼びに雨の中を走った。重い虫垂炎だった。やっと退院したら今度はリウマチで寝込んでしまった。
 母の言いつけ通りの買い物と料理の日々が始まった。弟2人も張り切って水を運びふろを沸かしたが、痛みで母が話せない日、3人は途方に暮れていた。
 今でも料理をすると母の味になる。が、削った鉛筆はいまだにブサイクのままなのだ。
  出水市 中島征士(64) 2009/12/7 毎日新聞鹿児島版掲載

妻の涙

2009-12-07 18:21:39 | はがき随筆
 「ろれつが回ってないよ」。何気なく発した一言が朝食の後の夫婦のくつろぎの雰囲気を一変させた。「私だって一生懸命やってるのに……」。しばらく絶句した後、涙を浮かべて妻は言った。かなりマズいことを言ってしまった。心の内では反省したが、うまい言葉が出てこない。「2人とも更年期障害かもね」。普段夫婦でそう話しているのに妻への気遣いが足りなかった。本人が最近気にしている体の不調を、私がポンと突いたのがいけなかった。「あなたは他人に厳しいが自分には甘い」。いつか誰かに指摘された言葉を、私は一人かみしめていた。
  霧島市 久野茂樹(60) 2009/12/6 毎日新聞鹿児島版掲載
 

柿の実

2009-12-07 17:54:09 | はがき随筆
 渋抜きの方法を添えて渋柿をもらった。早速湯飲みに焼酎を用意し柿のへたにたっぷりとつけて2回転させる。ビニール袋にへたを上にして並べ終え、残りの焼酎を全体にふりかける。ビニール袋は二重にして口をしっかりと結ぶ。天日に3日当てたら渋が抜けるらしい。
 太陽でぬくもった柿の袋は日没と同時に室内で布団をかけて余熱の状態にする。このところ天気が悪くて快晴はまだ2日。明日はいよいよ3日目の晴? うまく渋が抜けてくれるかなと楽しみな柿の実でもある。
柿の実のあふるる秋に思ひ出す
  やさしき姑のあの言の葉を
 霧島市 口町円子(69) 2009/12/5 毎日新聞鹿児島版掲載

いやしの寺

2009-12-07 17:50:49 | はがき随筆
 「いい時に来なすったばい」と坊守は満面の笑みで迎えた。境内の一角には日を浴びて、イチョウの大木が立っている。天上の葉と敷き詰まった落ち葉は呼応するように金色に映える。この明るい光景とひっそりかんとたたずむ寺のコントラストの妙が不思議と心地よい。敷石に腰掛けしばし過ぎし日を思う。
 イチョウの木の下には「橋を越え中川原越え橋を越え先づ見んとする球磨の禅院」と詠んだ与謝野晶子の碑がある。昭和7年に鉄幹と共に訪れている。
 私たち夫婦もいにしえに思いをはせながら四季折々に、いやしを求めてやって来る。
  伊佐市 山室恒人(63) 2009/12/4 毎日新聞鹿児島版掲載
写真はkusatomoさん