はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

童心に帰って

2006-08-15 11:22:00 | かごんま便り
 うだるような暑さが続く。朝からセミのせわしない鳴き声が、今日も暑くなるぞと告げているようで、体感温度も一気に高まる。
 ふと考えた。子どもの時は、暑さに平気だった。むしろ、わくわくしながら外を歩き回っていた。そこで、子どもの時に遊んだ事を今、試したらどうだろう。暑さを忘れる事が出来るかも知れない、と思い実行してみた。
 その一つが、セミの幼虫から成虫になる様子を観察することである。昼間、支局の近くを歩きながら、地面にセミの幼虫が出てきた穴がたくさんある場所を見つけた。
 夕方、ペットボトルに水を入れて穴の周辺にまいた。どうして水をまくのか知らないが、そうした方が「早く幼虫が出てくる」と言われていた。
 多分、暑い土に水をまくと土が冷える。すると土中の幼虫が、夜が来たと勘違いして、早く土から出てくるのであろう。ここまでやっておいて夜7時ごろ、再び現地に行った。すると1匹の幼虫が高さ約1・5㍍の木の枝の所で脱皮を始めていた。
 支局員も脱皮するところは誰も見たことはないと言う。本来なら、幼虫を持ち帰って支局員に自慢したかったが、すでに背中が割れて脱皮を始めていたので1人で観察した。幼虫の腹の中央を見ると小さな突起があるのでクマゼミである。
 ゆっくり、反るようにして脱皮し、縮れた羽が次第に張るのを待った。この間、約2時間。蝉は薄い緑色。まだ全身が柔らかい。虫かごにそっと入れ、支局に持ち帰った。この色と姿だけでも珍しがられた。 抜け殻の体長は約3・5㌢、これから約5㌢の成虫が誕生した。味方によってはグロテスクな幼虫。これが流線型の成虫になる生命の神秘。大人になっても感動、しばし暑さを忘れる時間だった。
 セミを見たせいか寝る時に紀友則(平安時代の歌人)の「蝉の羽の夜の衣は薄けれど写り香濃くも匂ひぬるかな」が浮かんだ。借りた夜の衣は薄かったですが、移り香は濃かったですよ。多分、女性の香りだろう。色っぽい歌だが、私は毛布さえ必要のない暑い夜だった。
 網戸の外に止まらせておいたセミは朝、姿を消していた。これから短い命を懸命に生きるに違いない。脱皮の過程を写真に撮り、観察すれば夏休みの宿題に最適だと思う。
   毎日新聞 鹿児島支局長 竹本啓自 2006/8/15 掲載

台風のあと

2006-08-15 10:32:16 | はがき随筆
 また湿気を連れて九州中を湿気漬けにしたのね。蒸し暑い。その中でプランターのナスやトマトは大きくなった。夕方、2個の桃太郎をちぎってまず供え、太陽と雨と風の恵みが育てる植物に感謝。下のお宅のトマトが10ばかり熟れて、やや羨望を感じていたら、我が家のにもちゃんと時が来た。
 朱に赤を加えた明るい赤。二つも取れた感慨にしばし浸ると湿っぽいぬくさも忘れてしまう。東風がようやくやんで、台所のドアを開けるとかすかな西からの流れを感じる。カライモとナスの小さな畑を越えて――ああ涼気。
   鹿児島市唐湊 東郷久子(71) 2006/8/15 掲載