男の胸に、鬱屈するものがあった。
一つや二つではない。仕事のことや家庭のこと。健康上の悩みもあった。
このようなことは、その男にかぎったことではない。現代に住む誰でもが抱いているありふれた悩みだ。
仕事のことであれば、誰かに相談もできた。
健康上のことなら、医師に相談するしかない。相談すればそれなりの手だてはできる。むしろ、自分で悩んでいても仕方がない。
その男にとって、やはり女との問題は大きかった。誰にも相談はできない。
「あっそうだ。あの滝へ行ってみよう!」
男は思い立った。
病み上がりの身ではあったが、車を降りて4キロ弱の道程を歩いた。
梅雨寒の日であった。雨模様なので、さすがに山道を行く人はいなかった。
歩きながら、さまざまのことを考えた。答えが出るわけもなかった。
久しぶりの山歩きのせいか、少しばかり胸苦しかった。同行者がいないことも、不安の材料だった。歩くにつれ、じんわりと汗ばんできた。
滝の音が聞こえはじめた。
息苦しさを怺えながら、しばらく歩いた。
いつもよりもずっと水量の多い滝が、突然、男の目の前に突っ立った。
胸底の重石(おもし)こなごな滝落つる 鵯 一平
胸底の重石(おもし)の消えず滝しぶき 鵯 一平
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