判断の根拠

2014-10-13 16:32:04 | 近時雑感

実生の苗を採ってきて、植えてからほぼ10年経ち、今は高さ5mほどに育った椎の木。
強い筑波颪の風除けを立派に果たしてくれています。多分スダジイでしょう。
今、実:ドングリを一杯着けています。
台風前の静かなひととき。




東日本地震の際に発生した千葉県浦安の分譲宅地の「液状化による被災」の責任の所在を争った裁判の判決が出たとのこと。
判決は、この地震は、想定外の大きさであり、ゆえに、液状化現象も想定外の大きさ、ゆえに、開発側に責任を問うことは難しい、との内容のようでした。その開発にあたっての設計・施工の《設計基準》に液状化対策が考慮されていなくてもやむを得ない、ということでしょう。これは、福島第一原発事故は想定外の津波ゆえだ、というのとまったく同じ、つまり、想定外の事態に対して事前に備えることはムリだ、という「論理」です。

地震の際の低湿地での液状化現象の発生が問題にされるようになったのは、たしか1964年(昭和39年)の新潟地震であったと記憶しています。以来、低湿地での建設に際しての、重要な検討項目の一つになったはずです。
裁判沙汰になった分譲地にあった建物は、木造の分譲住宅。道一本挟んでRCの中層集合住宅が並んでいますが、そこは、液状化とは無縁だった。訴訟は、この「違い」から起こされたようです。なぜ「あっち」は被災しなかったのだ?というのは、分譲住宅購入者の抱いた当然の疑問。しかし、判決は、木造建物だから、RC造の対策のように為されなくてもやむを得ない、ということらしかった。

この判決のニュースに並行して、アスベスト被害の責任問題の判決もありました。こちらは、アスベストの引き起こす健康上の弊害は、知られていて、防ぐことができたはずだ、規制の法定化を急がなかったのは問題である、という判決のようでした。規制する法令がなかったから、企業は対策をとらないでよいと判断した、との「解釈」が判決の根っこにあるように思えます。逆に言えば、規制がなければ、何をしてもよい、ということになります。

この二つの「事件」は、「判断の根拠」と「法的基準」ということについて、考えさせてくれる「話題」のように思えました。
この二つのニュースを聞いて、咄嗟に浮かんだのは、どうも、世の中では、私のなかにある「常識的理解」とは異なり、「法律の規定に従って」為されるのが「正当な判断」と見なされているらしい、という「感想」でした。更に言えば、法律は、人の「常識的理解」を越えるものとして存在するのか、という疑問でもありました。簡単に言えば、「常識的理解」は通用しないのか、「常識的理解」で判断するのは間違いなのか?という疑問です。


液状化現象で、木造分譲住宅で何が起きたのか。
一番大きい現象は、建物が水平・垂直でなくなった、傾いた、ということのようです。もちろん、道路も歪み、それに伴い、外構も傾き、その結果、地中の配管類も破損する例が多く見られたようです。ただ、通常の震災事例のように、建物自体が地震振動で破壊した例は、なかったようです。

この状態を、「常識的」に解釈すると、次のようになるのではないでしょうか。
低湿地の水分を含んだ砂質の地層が地震に逢うと、地層全体が、あたかも海面の如くにうねり波立ち、その上に物体が浮かんでいれば、その物体も、当然、海の上の船のように、波に応じて動くことになります。
ところで、ある地盤に建つ建物は、その地盤向けの基礎を設けることになっています。その「判断」の前提として、その地盤は、どの程度までの重さに耐えられるか調べます。いわゆる「地耐力」です。
法令では、「地耐力」に応じて、基礎の仕様が細かく規定されています。
問題になった分譲住宅も、当然それに従っているでしょう。
これは推測ですが、おそらく、いわゆる「ベタ基礎」が大半だったのではないでしょうか。建物の平面全体に「盤」をつくり、その面積で、建物の重さを地盤に伝えよう、という《方策》です。単位面積当たりの「重さ」を減らそうという考え方です。
この方策を採ると、建物は、基礎ごとまるまる、いわば海面状に浮いている「箱」になっていることになります。海面が波立てば、「箱」は波間を漂います。
そして、海面が静かになったとき、「箱」は、波が止まったときに在った状態で、漂うのを止めます。そのとき、箱が水平である、という保証はありません(まったくの水面・水上だったら、水面は「水平」になって安定し、したがって箱も水平で落ち着くでしょうが、地盤は、水とは性質が違いますから、そうはならないので、結果として、建物は傾いてしまうのです)。
   液状化現象の際、地面から水が噴き出すのは、水が安定状態になろうとするためではないでしょうか。
では、道向うのRC造の建物は、なぜ傾かなかったか。おそらくそれは、建物を、砂質地盤より下の強固な地盤に固定していた、つまり、砂質地盤に浮いている「箱」ではなかったからだと思われます。
   波間に漂う「箱」は、波でどこかに打付けられるというようなことがないかぎり、地震の振動により、直接破損することはありません。
   その意味では、浮いている「箱」は、地震に強い:耐震性があり、これを「免震」効果と考える人もいるようです。

ところで、液状化現象が具体的に如何なる状況・状態を呈するかは、多分、予測不可能でしょう。その場所・地盤を成り立たせている要素・条件は、一定ではなく、まさに場所により異なるはずだからです。おおよその趨勢は分るかもしれませんが、個々の細部はムリでしょう。起きてみなければ分らない、というのが本当のところだと思います。つまり、事前に想定できない。

故に、私が設計者の立場なら、そういう計画は立案しないし、そういう設計に携わることも避けるでしょう。後述しますが、そもそも、そのような低湿地に建物を建てようなどと思うこと自体が根本的に間違いだ、と考えるからです。
そしてまた、もしも購入者の立場なら、そういう物件を買おうとは決して思わないでしょう。
これは、私の「常識的」「感覚的」判断です。

だいたい、私に理解できないのは、なぜ、海浜を埋立して住宅地にしようと考えたのか、という点です。低湿地には構築すべきではない、というのは、古来の「常識」であったことを、私は知っています。
残念ながら、その「常識」は、《科学技術万能》信仰の結果、喪失し、「危ない所にわざわざ構築し、安全を願う」、という本末転倒の事態が《常識》になってしまった、そのように私は思っています。
   東日本地震では、関東平野内陸部でも、液状化による被災宅地が多数ありましたが、そのいずれも、沼沢地のような湿地を埋立てた所のようでした。
   いずれも、私には、「常識外れ」の計画、常軌を逸した計画に思えました。

では、なぜ、かくも《科学技術万能》信仰が《普及》してしまったのでしょうか?「常識」が通用しなくなってしまったのでしょうか?

私は、「法令」が定める各種の「基準」にその因があるように思っています。
「法令」が定めている「基準」なのだから、その「基準」さえ遵守していれば何ら問題は起きない、という「思い込み」が生まれるからです。
そのような思い込みが生まれると、その「基準」が係わる「問題」の「本質」が問われなくなるのです。その方が楽だからです。
建物の「基礎」は、法令の基準に従って設計してあればよい、と考えてしまい、低湿地の持っている「本質的な問題」を考えなくなるのです。
簡単に言えば、法令「基準」が、人から「思考」を奪う、人の思考を停止させてしまうのです。

その先、どういう方向に進むか。何事も「本質を考えずに済ます」ようになります。
アスベスト訴訟がその例ではないでしょうか。
アスベスト(石綿)やグラスウールは、いわゆる「断熱材」にも使われますが、これらは見ただけでも(つまり「感覚的」にも)、この粉末は微細で怖いな、吸いこんだらヤバイな、と思える材料です(グラスウールなどは、触るのも気になります)。
実際、アスベストの粉塵は珪肺→中皮腫の原因になる。その具体的な症状を知らなくても、感覚的な判断で、そういう粉塵が漂わないようにしよう、と普通は思うのではないでしょうか。
その措置を、法令の「基準」「規定」がないからと言って、問題はない、ゆえに策を講じないで済ましてきた。そして、発症者が多発した。これがアスベスト訴訟の発端らしい。
これは、いわゆる「公害」に共通の状況と言えるでしょう。
しかし、法令「基準」「規定」がなくてもそういう状況の発生を防げることは、以前、小坂鉱山の紹介の際触れました。
いったん「公害」物質の排出「基準」値:いわゆる「許容量」が定められると、その値を上回らなければいいんだ、という《発想》《思考》を生み、排出量を0にしようと思わなくなる傾向さえ生じます。これも「法令基準の存在」が惹起する「思考停止」の典型的な事例と言えるでしょう。
法令の規定する「基準」は「公理」ではないのです。
   公理:(数学で)その理論体系の出発点として、証明を要しないで真であると仮定した命題。(新明解国語辞典)

しかし、世の中には、自ら考えずに、「判断」の根拠を他に求めようとする傾向が、強くなっているように思えます。
   標識が50キロだからと言って、わき目も振らず時速50キロで車を走らせ続けることがないのは、瞬間瞬間の周辺の状況を自ら察して判断しているからです。
   その判断は、運転者自らの、「常識的」「感覚的」判断に拠っているのです。
   法令基準に従っていればよい、という「判断」は、字の通り「無理」なのです。

今朝の毎日新聞のコラム「風知草」は、そのあたりについて論じていました。下にコピーして転載させていただきます。
コメント (1)
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