私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

シンジャルのヤズディ教徒に何が起きているか(2)

2017-03-31 21:07:08 | 日記・エッセイ・コラム
 先ず前回の終わりのところの漫画の説明を訂正します。よく見ると、ISISというサインがついた猛犬の首輪につけられた紐をサウジアラビア国王らしい人物が右手に握り、左手で犬の頭を撫でていて、その人物の首にはめられた首輪につけられた紐をオバマ大統領が握っています。つまり、サウジアラビアを通して、米国がイスラム國を操っているという図柄になっています。



 さて、前回では、2014年8月初め、ISがシンジャル地域のヤズディ教徒に襲い掛かり、虐殺が行われた際、イラク北部のクルド自治地区のバルザニ大統領のKDP(Kurdistan Democratic Party)統率下のペシュメルガがヤズディ教徒を防衛しなかったのは、不意打ちを食らって敗走したのではなく、トルコと共謀した予定の行動であったのであり、ISの残虐行為を逃れるために、シリアのロジャバ地域の東部に続くシンジャル山系の山の中に逃げ込んだ多数のヤズディ教徒をシリアのロジャバ地域(Cizire Canton)に脱出させて救ったのはロジャバの人民防衛隊とKPPのゲリラ部隊であったと書きました。その後、この地区のIS勢力は次第に南方に押し返されて、シンジャルの町は1年あまり経った2015年11月頃にはヤズディ教徒が戻って来ることが出来たようです。このIS勢力撃退の功績は、通説では、米国空軍の援護を受けたKDP統率下のペシュメルガの手柄ということになっていますが、これもおそらく意識的な偽報であって、実質的には、ロジャバ革命の人民防衛隊(YPG,YPJ)と、それに習って組織されたヤズディ教徒たち自身の自衛隊(YBŞ,YJÊ)の健闘によるものと思われます。
 前回の記事に書きましたように、この両者の真の関係は、この3月3日、イラクのクルド自治地域の大統領マスウード・バルザニ統率下のペシュメルガ勢力がヤズディ教徒とその自衛隊に攻撃をかけてきた事で一挙に表面化してしまいました。しかも、このKDP統率下のペシュメルガ部隊には誠に紛らわしい「ロジャバ・ペシュメルガ」という呼び名が付けられていたのです。ロジャバという形容詞からは、この部隊はロジャバ革命の人民防衛隊(YPG,YPJ)を後ろ盾に持っているような印象を受けますが、そうではなくて、「ロジャバ・ペシュメルガ」を動かしてヤズディ教徒たちと彼ら自身の自衛隊(YBŞ,YJÊ)に攻撃を仕掛けてきたのはマスウード・バルザニの与党KDPなのです。この「ロジャバ・ペシュメルガ」と称する武装集団がどのように発案され構成されたか、はっきりしませんが、はっきりしている事実は、この集団がヤズディ教徒たちを攻撃する命令を受けた時に、その命令に従わず、戦列を離れた兵士が多数出たということです。確かな情報ではありませんが、「ロジャバ・ペシュメルガ」の兵士たちの多くは、2014年8月初め、ISがシンジャル地域のヤズディ教徒に襲い掛かった時にシリア北部のロジャバに逃げ込んだヤズディ教徒が元の彼らの土地であるイラク北部のシンジャルの戻ってきた後で、KDPがその中の若者たちをリクルートし、金と洗脳教育で、KDP支持の武装集団員として育てられたのであろうと推測することが可能です。
 ここでもう一度、ロジャバ(シリア北部)のクルド人たちとイラク北部のクルド自治地域の大統領マスウード・バルザニ(KDPの党首)統率下のクルド人たちとの政治的対立について、復習をしておきます。バルザニは米国とトルコにべったりのクルド政治家であって、もともと、トルコの独房に投獄されているクルドのPKK最高指導者オジャランと対立し、PKKをテロ集団として敵視する人物です。シリア問題の観点から言えば、トルコのエルドアン大統領が現在最も強く願っていることは、バルザニがロジャバ(シリア北部)革命を推進しているクルド人たちを制圧してシリア北部とイラク北部を一連のクルド自治地域として占領すること、そして、そうなれば、その中にトルコ国内のオジャラン支持派のクルド人たちを強制移住させることだと私は考えています。実は米国にとっても、これは大歓迎の政治状況なのです。現時点では、ISの“首都”ラッカの攻略のためにシリア北部のロジャバのクルド人勢力(YPG,YPJ)を大いに利用し、その土地を米国地上部隊のシリア侵略占領の足がかりに使っていますが、一旦米国軍がラッカ地域の占領に成功すれば、ロジャバのクルド人勢力がそこから排除されることは火を見るより明らかです。ロジャバ革命の理念は米欧の中東支配の構想とは全く反対のものだからです。
 「ロジャバ・ペシュメルガ」に組み込まれたヤズディの若者たちが、KDPの命令で、自分たちの親兄弟に銃を向けなければならなくなった時に戦列から脱落する者が続出したのは、当然といえば当然ですが、これは、ヤズディ教徒たちの悲惨な内部分裂以上の意義を担いつつあると考えられます。ネット上で拾うことの出来るいくつかの記事を読むと、ロジャバ革命が高く掲げる理念の素晴らしさとその実現の可能性をヤズディの高齢の女性たちまでが理解し、彼女らの真の敵が誰であるかをしっかりと承知し始めているようです。米国の武力支援を得て、ロジャバの人民防衛隊(YPG,YPJ)がIS支配の恐怖から解放しているラッカ周辺の非クルド人地域のアラブ人たちも、ロジャバのクルド人たちに接し、彼らが実際に彼らのロジャバ革命の理念に従ってあらゆる人々に(もちろんヤズディ教徒たちを含めて)何らの差別もなく接することから、誰もが平和に日々の生活を営むことの出来る可能性を積極的に信じ始めているのです。
 もっと端的に言えば、こうです:ロジャバ革命を推し進めるクルド人たちは、クルド民族の独立国家の設立を目指してはいないのです。如何なる宗教伝統、文化伝統、言語伝統をもつ人々も、お互いの立場を尊重しながら隣人として生活共同体を形成できると信じるのがロジャバ革命の理念です。イスラム教シーア派もイスラム教スンニ派もキリスト教徒もヤズディ教徒も、誰かが誰かを制圧する、あるいは、虐殺抹殺しようとすることなしに生活することが可能だとするのがロジャバ革命の理念です。男性による女性の抑圧も基本的な改正を要する人間関係です。上に述べたように、米欧もエルドアンのトルコもISが撤退した後のラッカ地域をロジャバのクルド人勢力下に置くつもりは全くありません。しかし、ラッカ地域のアラブ人たち自身がロジャバ革命の理念に惚れ込み、それに従って政治的に行動するようになったらどうなるでしょうか?
 現在、マスウード・バルザニ大統領とその政党KDPが支配しているイラク北部のクルド自治地域の政府は、一般的な呼称としてKRG(Kurdistan Regional Government )と呼ばれていて、政府とその下のクルド人たちは、バグダッドのイラク政府が弱体化してクルド人の長年の夢であるクルド人の独立国家が実現することを望んでいることでしょう。そして、上述したように、これはトルコと米欧の思惑の枠内に抵抗なく収容されうる一つの選択肢と考えられます。クルド民族による独立国設立を目指すマスウード・バルザニ大統領の勢力とオジャランを思想的指導者と仰いでクルド民族の独立国家の設立を目指していないロジャバ革命のクルド人勢力とは、こうして、深刻な対立関係にあります。このクルド民族内の対立関係がシリア問題、ひいては、中東問題のこれからのピボットになって行くと私は考えます。私の心底からの願いは、今翻訳中の小冊子のタイトルの通り、ロジャバ革命という小さな鍵が中東平和、世界平和への大きな扉を開けてくれることです。すでにヤズディ教徒のクルド人に伝染したように、オジャバ革命の理念がイラク北部のクルド自治地域のクルド人たちの間にも広がって、現在のトルコ、シリア、イラク、イランの国境線がそのままに保たれたまま、三千万人を数える世界最大の“少数民族”クルド人が多数派住民である平和共存の広大な地域が中東に出現して、そのついでに、世界核戦争の危険性も次第に消えてゆく、これが私の大きな夢です。

藤永茂 (2017年3月31日)

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