「遠野」なんだり・かんだり

遠野の歴史・民俗を中心に「書きたい時に書きたいままを気ままに」のはずが、「あればり・こればり」

2016 住田町夏祭り

2016-07-31 15:09:26 | 民俗

其れにつけても世田米は感じのいい町である。

山の裾の川の高岸に臨んだ、到底、大きくなる見込みの古駅ではあるが、

色にも形にも旅人を動かすだけの統一感がある。

と、かの柳田国男に云わせた住田町世田米

昨晩は、4年ぶりに夏祭りへ出かけてみました。

 

お祭りが始まる前の時間を宿場町だった通りを散策すると、一歩奥には、様々な形の蔵・・・

遠野では既に失われた風景を楽しむことができる町でもあります。

 

4時30分、開会式に続き、保育園の踊りでスタート

 

続いて町内に二校ある中学校から、まずは有住中学校のよさこい

 

そして世田米中学校のよさこい

以前、訪れた時には両校のエール交換があったが今回は無し

但し、以前同様に子供たちの表情がとても良いのは変わりません

 

地元若者によるミニライブに続き、今秋開催の岩手国体にちなみ、炬火イベント

 

その後は、次々と、団体の披露となります。

 

「月山よさこい鹿」と名付けられた下有住高瀬の団体

太鼓系鹿踊の太鼓を使用していたので訊ねると行山流月山鹿踊り(別名:高瀬鹿踊り)で使用するとのこと

文化7年に江刺の伊手村に出稼ぎに行った下清水の忠吉が、地の神屋敷の遠藤金蔵から伝授され、

大正時代まで踊られ、後、休止し、近年復活。

以前はお盆の15日に高瀬長桂寺で踊った後、庭元・各家々を廻ったとのこと。

 

鳴瀬太鼓

元々は商工会婦人部で始められたもののようです。

 

この夏祭りは観光協会創立と同じく50周年となるそうです。

 

金津流外舘鹿踊り

宝暦年間に上有住、中村屋敷の甚内が始めた江刺系の鹿踊り

後の天明年間に下有住平治、幾松、宇作が復活させ、また、休止し、

 

昭和34年に宇南田の柏崎善七、神田の高橋盛助らから若者たちが習って復活したとのことです。

 

辺りがすっかり暗くなってきました。

通りには今年オープンした「まち家 世田米駅」の建物

駅という名称は、世田米にある「駅」という地名に因んだものと思われます。

その「駅」が鉄道の「駅」ではなく、年代は、わかりませんが、人や物の中継地を「駅」と称した名残でしょう。

 

町内のご婦人方による道中踊り

この時期は気仙地域で見られる女性の手踊りです。

 

高校時代ブラバンでフルート?だった同級生Kさんを見つけました。

あれからおおよそ40年、お互い変わりません。爆笑

 

8時近く、踊りも終わり、お菓子と餅撒きとなり、通りにいた人は気仙川に移動

静かになった通りにはご覧のような飾り

七夕ともお盆の物とも思われる提灯飾り、遠野でも8月初めからお盆の時期まで飾れば、良い雰囲気かと・・・

 

 

さて、通りのすぐ隣りの気仙川、五葉山火縄銃鉄砲隊の演武です。

これが終わると小さな花火大会となり、住田町夏祭りが終わります。

 

何度か訪れているこの夏祭り、年々出演者も見る人も減ってきている印象ですが、

内容を少しずつ変えながらも継続していることに拍手です!

娘たちが小さい頃まで何度か一緒に見たことを思い出しながら、今は一人で見る笛吹です 笑

 

 


2016 塚沢早池峰神楽門打ち

2016-07-28 11:42:44 | 郷土芸能

七月も明日で平日が終わりますが、梅雨明けは、いつになるんでしょう。

昨日も今日も、雨が降ったり止んだりで、湿度高め

こんな時、頭髪が寂しいと汗がかきやすいのでしょうか・・・笑

さて、話は24日(日)に戻り、塚沢神社例祭日

 

塚沢早池峰神楽の皆さんは午前中から地域内を門打ちするとのことで集合場所へ向い、同行。

 

今年は、、地区内の二年前回った地域が門打ち対象地域になるようです

 

子供たちも一緒に「神楽(しんがく)」

 

大人は前夜のお酒が残っているのか、お疲れモード

 

それでも、家の入口からは、ピシっと整列し、手平鉦と太鼓・笛を鳴らしながら・・・

 

各家々では、御花は勿論のこと、飲み物のサービス、そして子供たちにはお菓子を渡しますが、

ハロウィンと似ています。

 

そろそろアルコールも抜けてきたようです 笑

 

江戸時代の塚沢神社は地蔵堂と呼ばれていましたが、その地蔵堂が現在の地に移るはるか昔は、

この辺りに建物があったとのことです。

 

沢水が豊富なこの辺りの家には、少なからず、このようなものが今も活用されています

 

門打ちは10時から始まり、途中お昼休憩を挟んで、午後の2時頃まで

 

神楽のメンバーのお宅に寄ると、奥さん、息子さん夫婦、そしてお孫さんがお出迎え

皆さん、自然に笑みが・・・

 

門打ちが終わると、別当さんのお宅にて遅めのお昼(直会)

私は、ここで一時間ほど待ちぼうけとなり、

座敷で打ち鳴らしをした後、祭列を組み、神社へと向います

 

到着後、本殿廻りを三周し、神楽奉納

 

やがて、打ち鳴らし、そして神事にて終了です。

 

昨年は満開に近かった百合も、今年は、まだ咲き始めの塚沢地域

今回の収穫は、シンガーソングライター「あんべ光俊」さんのお祖母さんの家が神社のすぐ傍だと

教えて頂いたことかもしれません。笑

 

 

 


2016 塚沢神社夜神楽後編

2016-07-26 17:22:31 | 郷土芸能

昨日は陸前高田まで書類提出へ、しかし、その前に大船渡で添付書類の許可を貰うように指示されたが、

準備不足のため、予定を変更し、別件の釜石に立ち寄り帰宅

今日こそはと大船渡へ行ったものの、すぐには許可書は出せないとのこと。(書類枚数わずかに2枚)

これら一連の作業のために事前に必要なものを確認しに行っていたのだが・・・

人に伝える言葉は、本当に難しいものです。笑

 

さて、気分転換に、夜神楽後編

 

山の神舞終了後、ここまで上がった御花の御礼口上です

(写真は権現舞の前に二度目の口上をした場面)

 

式舞ではここで岩戸開きとなりますが、この日は恵比寿舞

漁師となった蛭子命が不漁続きを嘆き、天照大神に教えを乞います

 

豊漁となった御礼の品を頂いた天照大神

 

くずし

 

次は、神舞より  天女舞

 

慶祝の舞とのことです

 

初めはスローテンポで、後半は若干テンポアップ

 

ここまで編集したところでTEL、午前中行った大船渡から渡す書類ができたとのことで

先ほど大船渡経由陸前高田から無事帰ってきました 涙

と云う事で、夜神楽はどこまででしたっけ?

 

水神の舞(平倉神楽)

水難除災の舞とのことです

 

ここで神楽経験が浅い、Y君登場です!ただ横になっている難しい役どころ

無難なデビューとなりました!笑

 

くずし

 

最後に下舞、そして権現舞

 

6時半から始まった夜神楽もおおよそ9時半

 

そろそろお開きの時間が近づいてきました

 

塚沢早池峰神楽の伊藤会長から、御礼の挨拶があり、夜神楽終了となりました。

 

この後、神楽関係者の皆さんは、きっと夜遅くまで反省会をしたことと想像  笑

 

 

 

 


2016 塚沢神社夜神楽前編

2016-07-25 20:57:20 | 郷土芸能

23日(土)は塚沢早池峰神楽さんの本拠地、塚沢神社で夜神楽でした。

夜神楽を復活させて今回が三回目となります。

 

毎回、試行錯誤を重ねながら行なっている様子がわかるだけに

行かないわけにもいかず・・・笑

午後6時30分、伊藤会長挨拶の後、定刻通り始まりました。

 

式一番 鶏舞

 

伊邪那岐、伊邪那美による天地万象始祖の神の舞とのことです

 

式二番 翁舞

 

延命長寿の舞

 

舞台の廻りが、だんだん暗くなって良い雰囲気になってきました。

 

今回は式三番の三番叟を飛ばし、式四番目の裏舞、大八幡舞

塚沢さんと練習でも舞台でも交流のある上郷町平倉神楽さんです

 

毎週練習してるから、見に来ればいいんだ~!

と、声をかけて頂くのはいいのですが、写真撮りをしていたはずが・・・

カメラでなく、コップを持ち、果てには、扇子を持つことになっても大変なので・・・笑

この演目は平倉さんでも久しぶりだということでした。

 

照明のあたらない拝殿の周りでは、用意されたイス・テーブルに貼り付いて

プシュっと音がして、ぷわ~となる飲み物から手の離れない人たちが、あちらこちらに・・・笑

 

さて、

前半最後は、式五番 山の神舞

 

大山祇命が法力にて悪魔祓いをするという舞のようです。

 

この日、観客一番のりだった釜石のKさんの掛け声が響きます 笑

 

何度か同じような状況を経験し、この声を聞かないと寂しく感じるこの頃です 汗

 

どうにかして、スピード感を出しながらピシっと顔の表情だけを止めた

写真を撮りたいのですが、上手くいかないものです。

ここまで、若干、準備に手間取った前半が終了となりますが、遠野ブロガーは私とksuzさんの二人ぼっち

昨年、とらねこさんがぬかるみに足をとられ、すっころんだことを思い出しながら、休憩です。笑

 


2016 大出早池峯神社例祭

2016-07-23 00:12:24 | 郷土芸能

ぎ足で今年の大出早池峯神社のお祭りをふり返ってきましたが、

18日(月)の例祭ぶんで終了です。

しかし、私の中では、まだまだ載せきれていない心境なので、忘れた頃にでも、また・・・笑

では、その18日の例祭です

 

午前10時からの神事に間に合うように附馬牛町内のしし踊り三団体は、

集落の入り口となる大出橋から神社まで踊りながら集まってきます。

 

本殿前にてひと踊りした後、中で行われる神事の終了を待ちます。

 

役員・神職の方々が外に出てくると御神輿前にて神事

 

行列の体制を整え大出橋の猿ケ石川へ向います

 

途中、境内社の駒形神社へ寄り、

 

30分ほどで川へ到着し、川原に生えている草に水を浸して御神輿を清めます。

って、御神輿は木の葉に隠れて見えませんでした。

 

後、また本殿へと戻ります

 

戻った後は、本殿の廻りを時計回りに三周し、御神輿は中に納められます

その間、行列に参加している郷土芸能は笛太鼓を鳴らしながら、

シシは人に見られない裏では休み、見られる所からは踊ります。 笑

 

御神輿が本殿に納められると大出早池峰神楽さんの下舞い

この例祭では、下舞いが始まると廻りの人たちは静かに見守るのですが、

釜石では虎舞いや大神楽が囃し立てるという違いがあります

 

この時、神楽衆が謡っている歌詞がわからない私には、「あ~ここはどこ~♪」

 

「はやちねの~♪」と聞こえるのですが、この「はやちねの~♪」の箇所が大好きです 笑

 

神楽が終わると早池峰しし踊り三団体(上柳しし踊り、張山しし踊り、東禅寺しし踊り)の奉納となります

 

この早池峰しし踊りの笛を聞いていると、市内の他のしし踊りのものと

若干異なり、神楽のようにメロディーがなるべく途切れないように吹いているようです。

 

今年の本殿前には沢山のフライキが掲げられていましたが、その関係なのかどうかわかりませんが、

虎舞いも最後に奉納されました。

釜石のお祭りと勝手が違うせいか、参加されていた方々もだいぶ戸惑っていたようでした。 笑

 

例祭の最後は恒例の餅まきです

シシもトラも一緒になっての餅拾い、私のところにも自然に三個ほど、やってきました 笑

これが終わると私の大出早池峯神社のお祭りも終わりです。

 

ここで話はお祭りと別になりますが、参道傍に明治16年の境内の様子を書いた看板があります。

中央には現在のものと変わらない雰囲気の本殿

 

こちらは昭和59年に発刊された「早池峰山妙泉寺文書」という本に掲載されている本殿

入口前に唐破風の屋根が付いています。

私には大変興味深い違いです。 この件については、いつかの機会に・・・笑

 

さて、大出早池峯神社の例祭が終わったと思ったら、今度の日曜は宮守町の塚沢神社例祭です。

前日の土曜日(23日)は地元塚沢早池峰神楽をメインに夜神楽開催。

昨年は午後6時30分から9時過ぎぐらいまででした。

お祝いの受付もしているようで、もれなくネーム入りタオルが貰えるかもしれません 笑