先日、遠野市土淵町栃内にある本家から分かれた一族の親族会が福島県飯坂の地で開催された。叔母、従兄弟、また従兄弟など関東近郊から県内にいる総勢27名が参加。ここ数年、次々と父方の兄弟がなくなり、お盆の時期はそれぞれが家で過ごさなければならないという事情から、中間地点ということでの福島入りとなった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/44/04b09e831ecb29198f671e00a685875e.jpg)
福島県飯坂と云えば、かつて「ジュラクよ~」のCMで東北地方の方々にはお馴染みのホテルがある温泉街であるのだが、私自身、25年ぶりの訪問。当時ですら、うら淋しい感じが漂う町だったのが、世の中の景気そのものを映しているようで・・・。実際、宿泊したのは、それよりもっと奥、穴原温泉とも天王寺温泉とも云われる地域のこじんまりとした旅館。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/90/8720d0c2d0975e592f5c7be452d0e7f2.jpg)
昭和33年の写真が掲げてあったが、吊り橋が川を渡る唯一の手段だったような場所。現在は近くに立派な橋があるが、かえって、吊り橋があったほうが今は風情があって良かったような気がしてならない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/8d/da84bb0537487c8bf695608ec2353742.jpg)
子供達中心の宴会となり、定番のビンゴでは、勝負事大好きな我が家の子供達も、必死に番号を追っていた。景品は高価なものはないものの、人より先にビンゴになることが目的。大人達は、お互いの現在の様子や健康を確認しながら、杯を酌み交わす。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/bc/b5fdb6c8b38af6f1d853a9e8aa53dc49.jpg)
私が小さい頃から、父親の実家に行くと、花火をして楽しんだものだが、温泉に来てもこれは定番。一泊のみのあわただしい旅行であったが、末の娘はよっぽど楽しかったのか、今度はいつあるのかとうるさいくらいに私に聞く。
冠婚葬祭の時にしか、会えなくなってきている親戚なのだが、親世代から子供世代へと引き継がなければならない大切なもの。遠くの親戚より近くの他人とはよく云われるが、それはそれ。自分達のルーツがどこにあり、その仲間がどこにいるのか子供に教えるのではなく、感じさせることが大切なのだとつくづく思う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/20/9b928a7f9cf32bdc5986339efaf40a72.jpg)
旅行に出かける前のわずかな時間に加茂神社例祭の様子を見に立ち寄ったが、少し時間が早かったようで、関係者に承諾を得てパチリ!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/79/4cf99e850240bffff7a646360757c154.jpg)
石碑や大木にも注連縄が掛けられ、祭り衣装万全といったところ。平日開催の祭り故、参加される方もまばらなのだろうが、しっかりと受け継がれている様子。
遠野には、菊池さんが、わんさかと居て、誰も苗字では呼ばないのはご承知の通り。でも、土淵の菊池さんは、飯豊に多いが、我が家の本家は栃内。和野と云われる地域で、ここには、それほど多くの菊池さんは居ない。かつて、そばの大本家にここの菊池さんはどこから来たのかと聞いたことがあったが、不明。少なくとも、周辺に本家別家を名乗る家は他にはない。あくまでも、大本家が、元祖。この家には、かつて相撲取りをしていた人がいて、今でもこのお宅の人達は大柄である。また、この家には、殿様から頂戴したという掛軸(絵がなんであったかは不明)があったが、博物館の方が貸して欲しいと云って持っていったきり戻っていないと愚痴をこぼしていたことを思いだす。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/44/04b09e831ecb29198f671e00a685875e.jpg)
福島県飯坂と云えば、かつて「ジュラクよ~」のCMで東北地方の方々にはお馴染みのホテルがある温泉街であるのだが、私自身、25年ぶりの訪問。当時ですら、うら淋しい感じが漂う町だったのが、世の中の景気そのものを映しているようで・・・。実際、宿泊したのは、それよりもっと奥、穴原温泉とも天王寺温泉とも云われる地域のこじんまりとした旅館。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/90/8720d0c2d0975e592f5c7be452d0e7f2.jpg)
昭和33年の写真が掲げてあったが、吊り橋が川を渡る唯一の手段だったような場所。現在は近くに立派な橋があるが、かえって、吊り橋があったほうが今は風情があって良かったような気がしてならない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/8d/da84bb0537487c8bf695608ec2353742.jpg)
子供達中心の宴会となり、定番のビンゴでは、勝負事大好きな我が家の子供達も、必死に番号を追っていた。景品は高価なものはないものの、人より先にビンゴになることが目的。大人達は、お互いの現在の様子や健康を確認しながら、杯を酌み交わす。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/bc/b5fdb6c8b38af6f1d853a9e8aa53dc49.jpg)
私が小さい頃から、父親の実家に行くと、花火をして楽しんだものだが、温泉に来てもこれは定番。一泊のみのあわただしい旅行であったが、末の娘はよっぽど楽しかったのか、今度はいつあるのかとうるさいくらいに私に聞く。
冠婚葬祭の時にしか、会えなくなってきている親戚なのだが、親世代から子供世代へと引き継がなければならない大切なもの。遠くの親戚より近くの他人とはよく云われるが、それはそれ。自分達のルーツがどこにあり、その仲間がどこにいるのか子供に教えるのではなく、感じさせることが大切なのだとつくづく思う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/20/9b928a7f9cf32bdc5986339efaf40a72.jpg)
旅行に出かける前のわずかな時間に加茂神社例祭の様子を見に立ち寄ったが、少し時間が早かったようで、関係者に承諾を得てパチリ!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/79/4cf99e850240bffff7a646360757c154.jpg)
石碑や大木にも注連縄が掛けられ、祭り衣装万全といったところ。平日開催の祭り故、参加される方もまばらなのだろうが、しっかりと受け継がれている様子。
遠野には、菊池さんが、わんさかと居て、誰も苗字では呼ばないのはご承知の通り。でも、土淵の菊池さんは、飯豊に多いが、我が家の本家は栃内。和野と云われる地域で、ここには、それほど多くの菊池さんは居ない。かつて、そばの大本家にここの菊池さんはどこから来たのかと聞いたことがあったが、不明。少なくとも、周辺に本家別家を名乗る家は他にはない。あくまでも、大本家が、元祖。この家には、かつて相撲取りをしていた人がいて、今でもこのお宅の人達は大柄である。また、この家には、殿様から頂戴したという掛軸(絵がなんであったかは不明)があったが、博物館の方が貸して欲しいと云って持っていったきり戻っていないと愚痴をこぼしていたことを思いだす。