羚英の随想●日記  ryou-ei no zuisounikki

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■東京鹿踊と舞川鹿子躍 西向天神社奉納演舞2017 後編■

2017-06-02 21:37:36 | 風の吹くまま
5月20日(土)、東京鹿踊・舞川鹿子躍さんの新宿・西向天神社での奉納演舞が始まります。

いつもの通りに、以下の躍りの画像はすべて動画からのスクリーンショットです。
画質等が劣りますが、なにとぞご了承下さい







演舞が始まりました。
中立から見て右側一列、
画面向かって手前の3名が舞川からの躍り手さんたち。
反対側の列の真ん中が水戸辺鹿子躍出身の若きトーシカメンバーさん。

『太鼓の調べ キリリと締めて ササラを揃え』
 





「ザッザカ入端(いりは)」 の場面。






『今躍っている踊りは、ザッザカ入端という踊りでして、一番先で踊りを躍り出す時に必ず儀礼的に躍る…』
今回の奉納演舞には踊りの詳しい解説が付きました。
こういう試みもいいですね!
眼の前で躍られてる踊りが言葉の情報によってより写実的になります。

解説担当のマスク姿のYさんは、マイクの外では咳き込み、声を太鼓に掻き消されながら…
満身創痍?で頑張って解説をして下さいました






「庭廻り」 の場面。







『今日の宮管(くがん)の唐絵(からえ)の屏風 一重(ひとえ)にまわれ めぐり合わせろ』
そして唄が歌われます。
『今年の稲穂は 八穂で八石 八穂で八石』 

舞川鹿子躍といえば、跳躍!
舞川さんの装束はこういった躍動的な躍りに対応出来るように工夫が施されています。
ながしも大口袴も軽くしなやかで、そういった軽量化も工夫のひとつなのでしょう。

『太鼓の調べ キリリと締めて ササラを揃え』
“キッコカッコ”とバチと太鼓の縁を叩いて次の場面に移ります。






この日の役躍りは 『女鹿子隠し(めじしかくし)』
舞川鹿子躍は最初と最後に礼の躍りを、その間に役躍りを入れるのが基本の構成だそうです。

「ツケ」 と呼ばれる役躍りの主役を鹿親分(鹿馬鹿氏)が躍ります。
ツケは“つける”という動詞からの言葉でしょうが意味は何なのでしょうね。
「人を従わせる、起動させる」 などの意味も“つける”にありますが…。
難癖をツケる?

この場面、角さばきが見事です!






ツケのこの所作は舞川さんの見所のひとつだと思います。
時に威圧し、時に側鹿を挑発し、自らを誇示する若い牡鹿子の雄々しさをよく表しています。






背の高さも相まって荒ぶる鹿がよりダイナミックに。
太鼓の音、灯りに浮かぶ勇ましい躍り、動きに従いひるがえる五色や装束。
それらは観客の眼を釘付けにします。






体を支点にササラを地面と平行にして大きくぐるりと回す、これぞ行山という所作。
それにしても、ツケは体力勝負の役どころですね






ツケが女鹿子に近付くと同時に一番タネと二番タネが走しり寄り女鹿子を隠してしまいます。
ツケは懸命に女鹿子を探しますが邪魔をされて見つけられません。






2匹の若鹿に女鹿子を隠されてお怒りの?ツケ。






ツケ対タネペアが力比べしている間に…?
後に控えし三番タネがそーっと女鹿子をさらって行きます(笑)






そーっとそーっと連れて行っちゃいます。
そして四番タネと一緒に隠しちゃいます。






あれ?そんな馬鹿な!
い…居ない?居なくなってる?
一番タネの、えーっと確かここにこうして…女鹿子の輪郭をなぞるジェスチャー!






確かにここにいたのにーっとクンクン匂いをかいでいます(笑)
その後、観客のところに行って探してみたり、他の鹿子に女鹿子の行方を尋ねたり。
そして…とうとう!






はっ!見つけたぞっ!
見つけた時のビクッ!という驚き加減の表現が、もう最高によかったです(≧▽≦)

もしもこれが…○コ○コ動画だったらならば…。











こ、こんな感じ?(笑)
(ごめんなさい~この場面観たときからこれが頭から離れなかったの~www)




はい、気を取り直して…と。






女鹿子を見つけた一番タネは二番タネのところに。
2匹で顔を見合わせて、あそこに隠されてるぞっ!






今度は二番タネが見に行きます。
『そこに居るだろう?と一生懸命探っているところです』
鹿子たちの隙間から背伸びして懸命に探っていますね。






二番タネが三番・四番タネペアと力比べして気をとられている隙に…。
一番タネが女鹿子をこっそりと…。

折りたたみ椅子に座らせようとしていますっ!






はい、どうぞこちらに






そしてまた一番・二番タネペアが女鹿子を隠してしまいます。
三番・四番タネペアが、ああ!居なくなっちゃった!と。
このペアは本家舞川鹿子躍からの若い女性の躍り手さんたちです。






三番タネが解説者の方や観客のところまで見に行ったりして女鹿子を探します。
そして、ここに居たっ!と見つけます。
一番・二番タネペアも懸命に隠し立てします(笑)

こちらの躍り手さんは小柄で華奢な方ですが、それを感じさせない躍りです。
実は彼女、いつもは女鹿子を躍っているそうな。
側鹿子での役躍りは初めてだそうですが、いい躍りっぷりです!

そして今度は三番タネが四番タネと、あそこに居たよと顔を見合わせる所作を。






最後に四番タネが女鹿子を探りに来ます。
どこ?どこどこ?と懸命に探りますが、一番・二番タネペアが邪魔をします。

こちらの躍り手さんは東京で躍るのが初めての新人の方、緊張されたことでしょうね。
演舞後に 『反省点が…』 と話してくれましたが、躍りで紅潮したお顔はとても清々しかったです!






四番タネが懸命に女鹿子を探ったりしている間に…。
黙って見ていたツケがそっと立ち上がり、観客の後ろをまわって移動していました。
そんなことも知らずに四番タネ対一番・二番タネペアは力比べを繰り広げています。






ツケが女鹿子のもとに来て、大きく太鼓を叩きながら女鹿子を連れて行きます。
鹿子たちは元の位置に戻って行き、ツケは優しく太鼓を叩きながら女鹿子を導いていきます。
『お前らいい加減にしろ。俺が最後に見つけて引っ張っていくぞ、ということです』






優しく優しく太鼓を叩きながら、愛おしそうに女鹿子を導きます。
 







そんな微笑ましい姿をやっかんで?お邪魔鹿子(一番タネ)が茶々を入れてきます(笑)
思いっきり追い払われます。
 





二番(お邪魔鹿子)タネも追い回されます!






三番(お邪魔鹿子)タネも…、これはツケに叱られている体(てい)にも見えます(笑)






女鹿子隠しの最後はツケが勇壮に躍ります。
撮る位置のせいであまり映っていないのが残念です。
(他の方の動画で是非とも観て下さい^^;)
躍りは勇ましく猛々しくも、流れるように揺れる鮮やかな装束が優美です。






『太鼓の調べ キリリと締めて ササラを揃え』 と歌い女鹿子隠しが終わり、
 『キッコカッコ』 の合図で次の 『海の門中(うみのとなか)』 の場面へ。

先ほどから“隠されていた”女鹿子は鹿親分とともに全郷芸で活躍するトーシカメンバーさん。
『海の門中の おんまき鳥 波に揺られ 原が立ちそろ』 の唄が歌われます。
そして、女鹿子が独りで太鼓を叩き唄う躍りが始まります。





海の門中で歌われる唄は白鷺の唄です。
『白鷺は 立つと思えば 立ちかねて 跡を濁さず 立てや白鷺』

なまりまじりの唄なので鹿親分にお聞きししたところ、この方は東北にゆかりは無いそうです。
トーシカでは唄本に忠実に、なるべくなまりで歌うようにしているのだそうですよ。
私は鹿踊りの唄は東北なまりで聞きたいのでとても嬉しかったです!






よく通る声で白鷺の唄をしっとりと歌い上げていました。
舞川さんの節で聴く白鷺の唄はことのほか心に染み入ります。






ここからはまた礼の躍りです。
「鹿の子」 の場面に入ります。
鹿子が輪になって躍るクライマックスの躍り!






鹿の子のこの足裁きは、型は少し違えど基本は一緒なのだということが見て取れます。
他の踊り組にも行山の後に派生した流派などにも散見します。金津のザンチキも春日流のも。
舞川鹿子躍は飛び跳ねて体を切り返し、ササラをしならせます。

舞川鹿子躍の鹿の子は実に勇壮闊達。
街中の、夜の小さな杜に響き渡る岩手の太鼓の音。
真っ白なササラが夜の光に浮かび上がる、この幽玄なさま。






しなやかなササラは真竹で作られています。
こんなにしなやかな訳は、割った5本を軽量化で細く工夫しているためだそうな。

舞川鹿子躍のながしは腰のあたりで“おはしょり”のように持ち上げています。
このような跳躍の多い闊達な躍りに、動きに“流れる”ながしを捌きやすくしたのでしょうか。
『引きずるのが視覚効果的に大事だったながしに対して、貴重な布を汚さない、綻びさせないという勿体無い工夫の賜物だとも思います』
先人の、躍りに対する思いが成せた業なのですね。

そうそう!舞川さんの前会長さんは道具の工夫のプロだそうな!
頭を見よう見真似で作ってしまったり、角を脱着式に工夫したりとさまざまに

ちなみにバチは先細りタイプのバチを使用しているそうです。
叩き方は、幕を広げるようにひじを張って叩くのが基本だそうです。
さらに、幕越しの視線は喉印の一番上のあたりから外を見るようにと教えられたとか。






鹿の子の唄が歌われます。
『向かい小山の 小百合(こゆり)の花 つぼんで開く さらりふぐれろ』






もうひとつ。
『ししく篠竹 やんまつ竹 小風にもまれ 節は揃わぬ』






鹿の子が終わり、最後の引端(ひきは)の場面です。






中立が女鹿子を先頭に鹿子たちを引き連れて横一列に並ばせます。
鹿子たちがちきんと並んでいるか確かめるように中立が列の前を行きます。

ここは中立の見せ場。
側鹿子の“フチガラミ(太鼓の縁を叩く)”の単調なリズムが続く中、中立の太鼓が抑揚をつけます。
そして側の太鼓が止み、中立の激しい太鼓に続き鹿子がずんずんと前に進み出る場面が!
『太鼓の調べ キリリと締めて ササラを揃え』






「礼に始まり礼に終わる」
一礼して、奉納演舞が終了しました。
観客のみなさんからは惜しみない拍手が








演舞終了後の記念撮影。
私も端っこで撮らせて頂きました。

アドリブあり!見どころ満載のとっても楽しい、そしてやはり厳かな奉納演舞でした。




奉納終了後も、鹿親分始め躍り手さんたちにお話を伺わせて頂きましたが、この日は雨も降らず(笑)、心地よい気候で何よりでしたネ!
お疲れの中、本当にありがとうございました

東京鹿踊さんのHPには、このような文章があります。
『東京鹿踊は踊りや歌が上手くなり、有名になる事が目的ではないのです。自分たちの地元の事、東北の魅力を知ってもらい、足を運び人との交流のきっかけを作っていく事が、我々のやりたい事で役割だと思っています。』
『あっ!!も、もちろん、ちゃんと踊りもちゃんと練習しますよ。』
 

彼らの思いがしっかりと具現した奉納でした。


行山流舞川鹿子躍・東京鹿踊(+行山流水戸辺鹿子躍)の皆さま、そして関係者の皆さま、本当に楽しいゆうべのひとときをありがとうございました

加えて、躍りや唄などの詳細をいろいろご教示下さった鹿親分こと鹿馬鹿氏に、あらためてお礼申し上げます。
ありがとうございました



■おまけ■
終わって一息ついたらお腹が劇空きだったことに気が付いた私たちは、去年も食べた焼きそばを食べることにしました
(去年、食べる前に落っことしちゃったからリベンジでw)屋台のお兄さんにキクラゲ入れてねとお願いして、大きなキクラゲが乗った大盛りの焼きそばを買って、さっきお別れのご挨拶をした躍り手さんたちを横目に(笑)境内にある小さな公園に点在するイスにおのおの座って、もう無心で食らいつきましたー
(※具はね…キクラゲしか見当たらなかった…)


YouTubeに動画をアップロードしています。
是非、奉納演舞の様子をご覧下さい!




2017 新宿 東京鹿踊+舞川鹿子躍・水戸邊鹿子躍



#鹿踊り #ししおどり
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■東京鹿踊と舞川鹿子躍 西向天神社奉納演舞2017 前編■

2017-05-31 20:38:57 | Weblog
5月20日(土)、新宿の西向天神社例祭で今年も東京鹿踊さんたちが演舞を奉納しました。

珍しくも快晴のこの日
新宿駅で下車し、途中で紀伊茶屋に行ったり(ほうじ茶シェイクは売り切れでした 代わりに抹茶シェイクを!)寄り道をしながら、のんびりと徒歩で西向天神社へ移動。

陽射しも強く少し汗ばむ日でしたが、途中で寄った花園神社の境内はとても涼しい清々しい風が吹いていました。





ビルの合間にあるオアシスですね。
それにしても苦手な新宿も相棒のお陰で何とか移動が出来ます(笑)


今日のお供は、新宿慣れしてる羊子。
鹿踊りも嫌な顔せず一緒について来てくれます。(でも興味はありません)
丹内さんに、娘さんに鹿踊りはどう?と冗談で誘われても、いかんせん一向に興味を示さず(^^ゞ
しかしお供で何度も鹿踊りを見ている上に、画像・動画を撮る必要もなくじっくり観ることが出来るためか結構洞察を得ていて、無遠慮な物言いで感想を述べたりするので母はたびたび慌てます

そんな羊子のちょっと心もとないナビで移動しているうちに、眼前に木の生い茂る小高い丘が見えました。





西向天神社に到着です。
裏手の入り口には可愛い狛犬付きのポールが。



児童公園脇の階段だったようで、上がり切ったところがちょうど躍り手さんたちが準備している場所でした。
ここの建物は神輿庫なのかな?






行山流舞川鹿子躍の鹿頭。
口が少し開いていることをこの時初めて知りました。
いつも注意散漫なもので、気が付きませんでした






準備をする舞川と東京鹿踊の躍り手さんたち。
半纏(舞川さんではこう呼ぶそうです)の袖が紅系の花模様・背に九曜紋が舞川さん。
東京で躍るのが初めての舞川の新人の躍り手さん!
(「けせんのたから」ではお世話になりました






ササラに付けられている五色の布。五行思想から来てるものだそう。






土と森、そして鹿踊り。
都心なのに、心地よい風に乗って清々しい緑の匂いが。






その踊り組によっての装束の工夫が見て取れます。
舞川さんの装束は闊達な躍りのために工夫があちらこちらに。
ながしや幕には結びつけるための紐が付けられていています。
この頭を背部で支える(頭のずれを抑える?)紐は大概の踊り組に見られるのかな?






この日の躍り手は本家舞川鹿子躍さんから3名
舞川の躍り手でもある鹿親分率いる東京鹿踊から5名
(うち1名は宮城県南三陸町の水戸辺鹿子躍からの躍り手さん)
ほか、舞川・水戸辺から、そしてご家族が世話役でおいででした。
アシスタントならぬ 「アシカ(鹿)タント」 だそうです!(笑)

また、関東在住・勤務の大船渡市・前田鹿踊の踊り手さんも世話役…
もといアシカタントとしていらしていました。
(トーシカさんの躍りを観るのは初めてと伺いました!)



奉納の時間となり、スマホを構えるも…去年よりずっと多い観客が今や遅しと待ち構えてます!
ここのショットは諦めて、奉納の様子を久し振りに何も撮らずに観ることにしました。

舞川鹿子躍の太鼓の音、少し憂いのある曲調の唄が、階段下にある鳥居前から聴こえてきます。
新宿の街中の、でも静かな一角にあるこの神社で、岩手・一関の鹿踊りが奉納されます。
鹿踊りが始まるこの瞬間!何とも言えない高揚感!


そして、厳かな鳥居誉めの後はお堂誉め。

今度こそと急いで場所取りをしましたが、順調に撮っていた動画の途中で…途中で…映りこんで欲しくなかったものが大きく入り込んできたので、アップするのは泣く泣く諦めました

ですので…スクショを2枚ほど。





咳き込むほどの風邪をおして、本家・舞川よりお越しの世話役の方。
この後さらなる試練?が待ち受けていました(笑)


中心にいる、喉印と太鼓の調べ隠しが輪違紋で、頭の華鬘(けまん)結びの色が濃い桔梗色(紺色)が中立で、トーシカ(東京鹿踊)の躍り手さん。
中立の左(向かって右側)は今回の役踊りで1番タネを演ずる、鹿親分(鹿馬鹿氏)のお仕事でのパートナーでもあるトーシカの躍り手さん。
中立の右(向かって左側)は2番タネを演ずる本家舞川鹿子躍の躍り手さん。

中立の躍り手さんは実は鹿親分より1つ年下で、幼稚園~中学まで一緒のところに通い、鹿子躍は中学時代からずっと三人狂いなどで前鹿で鹿親分とタッグを組んでいた人だそうです!

東京鹿踊には、舞川の鹿子躍を踊りを込んで体に染みついた人が2人居るんですね!





お堂誉めの最中、興味津々で鹿子を覗き込む男の子!
微笑ましくて、可愛いです。
この子は後ほど…





お堂誉めが終了し神楽殿前の広場に移動。
奉納演舞の前に、いよいよワークショップ開催です!
水戸辺鹿子躍出身のトーシカメンバーの若き躍り手さんが、初心者にも分かり易い言葉で鹿踊りを紹介してくれました。





観客から四名の方々が選ばれて装束体験です。
先ほどの少年(6歳だそうです)も最年少で参加!

眼をキラキラさせて装束を着けてもらっていました。
観ている観客もみな温かい眼差しと笑顔で応援です。
この場がとても優しい穏やかな空気に包まれていました。

出来上がりを見て夢中で拍手していたので画像を撮り忘れましたー(笑)






ササラを地に叩きつける所作などを体験。
大人組みが躍りを指南してもらって。






舞川鹿子躍といえば、この跳躍!
装束を脱いだボクもニコニコ笑顔に溢れています!




観ているこちらもとっても楽しい、微笑ましいワークショップでした
観客席に戻ったボクが鹿親分のところに歩み寄って 『どうもありがとう』 とお礼を言っていた姿が、もう可愛くてっ

ワークショップで体験をした女性がお隣にいたので話しかけてみたら、今回初めて鹿踊りを観るそうで、鹿踊りがここに来ると聞いてとても楽しみにしていたそうです。
お一人で来ていたようで、ご自分の写った画像をご所望でしたので喜んで(大した画像は撮れませんでしたが)差し上げました!


ほのぼのとしてとても楽しかったワークショップが終了し、躍り手さんたちの準備も整い、いよいよ奉納演舞が始まります。


つづく!


#鹿踊り #ししおどり
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■上野から元赤坂へ■

2017-05-11 15:37:51 | 風の吹くまま



5月4日(木)、昼もとうに過ぎた遅い時間から上野へ。
国立博物館 で 曜変天目茶碗 を見てきました。

GWの上野恩賜公園は、この時間もまだ動物園帰りの親子連れも多く大いに賑わっていました。
新緑がまぶしい公園を抜け、目的地の博物館へ。





午後4時半過ぎ。
この時間でもまだ私たちのように入場する人が結構ちらほら。






門を入って左に見えるのは 表慶館
迎賓館赤坂離宮と同様、片山東熊の設計。






本館。
関東大震災で片山東熊の師であったジョサイア・コンドル設計の旧本館が損壊。
その後、昭和天皇の即位を記念しデザインを公募し建設されたそうです。



本館の左側を抜けて平成館と呼ばれる建物で開催されている特別展 『茶の湯』 を観覧しました。

茶碗のことはまったく詳しくないですが…。
天目茶碗のうちで最上級のものが曜変天目と呼ばれ、現存するものは四点しかなく、その全部が日本にあるそうです。
三点が国宝、一点が重要文化財に指定されています。

南宋時代に現中国の建窯でつくられたといわれていますが、作者は不明。
現在でもその製法の全容は解明されておらず、各分野のエキスパートが科学的に分析をするなどしてその秘密を探求しつづけている、茶碗の中に宇宙があると形容される大変美しい器です。

その中でも最高級との誉れ高い 『稲葉天目』 と呼ばれる、教科書などでしか見たことが無かったこの茶碗を見て参りました。

この茶碗は、もとは徳川将軍家所蔵であったもので、三代将軍・家光が乳母の春日局に下賜し、後に淀藩主となる稲葉家(春日の局の婚家)へ伝えられたとされているそうです。
※ 静嘉堂文庫美術館 所蔵品紹介 参照

感想!
両手にふんわりと包まれるぐらいの大きさで、本当に美しかった。
濃紺の地色に、まばゆい光を四方に放つあぶくが散りばめられているような…。

他にも大変貴重な器の数々が展示されていました。
…が、門外漢なものでよく分からない…正直なところ。

ある文様の器を見て、あっ…土鍋の模様だ…と心で思っていたら、後ろにいた方たちが 『三島を見ると土鍋を思い出すよね~笑』 と(笑)
えへへ、私だけじゃなかったぞ
気になる方は是非検索を




※参考画像です。
うちにも茶碗はあるんですが…もっぱら別の用途で使用してます(^^ゞ
よく見かけるこの形が主流になるのは後の時代なんだと今回知りました。






すこし時間が合ったので本館を覗きました。
撮影可の展示物も多いです。
粟田口国吉(あわたぐちくによし) 『号 鳴狐』、これだけ一応写してきました(^^ゞ



上野をあとにして、四ッ谷駅に移動します。
もちろん目的は、迎賓館赤坂離宮のライトアップ

ライトアップを見るために、三々五々人々が集まって来ていました。
離宮の前庭へは、もちろん無料で入場出来ます。
先日同様にボディーチェック等を入り口で受けて、暮れなずむ春の夕暮れの中、ライトアップの時間までしばし待ちます。





午後6時45分、ライトアップが始まりました。
全部のライトが点灯されるのではなく、順々に点いていきます。
わー…っというため息交じりのざわめきが起こりました。









GWに帰宅していた獅子丸も見に来ました。
離宮を護る武者の像が気になった様子(笑)








玄関の内部、白と黒の市松模様の床が見えます。
  







手持ちのスマホの画素数ではこれが限度。
実際目にする荘厳な美しさは…それはそれは言葉に尽くせぬほどのもの…!
昼間とはまた違った感動がありました。



次の公開は6月に入ってからのようです。
内部観覧が出来るかどうかなど、詳しいことは内閣府迎賓館のサイトで確認出来ます。



■おまけ■
5月5日(金)、本当に久々のドライブ
子どもたちの母校の方を通って横浜をぐるりと。
みなとみらいは、相変わらず人でごった返しておりました




横浜ランドマークタワー。
久し振りだぁ~






山下公園通り。
懐かしい~




そして別の日に…。







お里帰りされている友人からのお土産。
私好みのアラベスク風文様が描かれた異国の器。
今机の上で、チョコレートを入れられて鎮座しております

お心遣い、ありがとうございます



Comments (2)
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■思い立って元赤坂へ■

2017-05-10 13:22:27 | 風の吹くまま



首都圏もGWはよいお天気に恵まれました。

仕事が休みになり、いつもの休日通りに遅くに起きてゴロゴロしている羊が一匹。
急に思い立ち、お暇な羊子を誘って5月2日(火)、元赤坂にある 迎賓館赤坂離宮 に行ってきました。

こちらは以前は事前予約による限られた期間内での参観を実施してましたが、去年の4月から、外国からのVIPの接遇に支障のない範囲で可能な限り通年公開することになりました。
内閣府迎賓館には公式Twitterもあり、詳しい情報を知ることも出来ます。

GW中は特別企画として、前庭にガーデンカフェを開催してるとな!
内閣府、くだけてますねっ

まだ公開が限定的だった頃から、いつかは行ってみたいと思っていた赤坂離宮
車で前を通るたびに、そのなかなか手が届かない高貴な佇まいにため息が出たものでした。
だってハガキを出しても抽選で、当たらないと行けなかったんだもの。
それも確か真夏だったっけかな、東京の暑さは驚異的

しかーし、この日は天気もいい!
空気も澄んでいる!
気候も好い!
(ただし紫外線もバッチリ!)

そして日傘とサングラスを携帯し、お昼頃に家を出て迎賓館赤坂離宮の最寄り駅・四ツ谷駅に向かいました。








田園都市線・二子玉川駅。
今度は赤のクレヨンしんちゃんのラッピングトレイン(田園都市線直通の東武線の車両)が。




永田町で東京メトロ南北線に乗り換え、四ッ谷駅へ。
駅を出て通りに出るとすぐ、正面に迎賓館が見えます。

『内部を見学される方は右へ進んで下さい』
とのことで、それほど多くない人の列を進み敷地内へ誘導されて入ると、あらら?どこからか車が走行する音が大きく聞こえてきました。
何と、この迎賓館の敷地の地下に首都高4号新宿線が通っているんです。
覗いてみると、車がビュンビュン通る様子が見えました^^;

そして予約の人たちの列(団体さんとかかな?)とは別の予約なしの人たちの列に並び(先の方に行くと、結局どちらの列にも行けるようになっていましたが)、荷物のチェック、飲み物をその場で飲む儀式(私たちは持っていなかったのでパス)、ボディーチェック用の固定式金属探知機を通り、それが済むと目の前にある券売機で入場券(大人¥1,000也)を購入し、ついでに飲み物も購入し(よくある観光地ボタクーリ価格ではなく、良心的価格でした!さすが内閣府!当たり前か…笑)、いよいよ館内に入ります。

残念なことに、離宮の内部は撮影は一切禁止。
もちろん、どこにもお手を振れてはいけません!
(ただし最後に通るらせん状の階段だけは手すりを触っていいんです。白壁に触れて欲しくないから笑)


通路はどこも純白で、彫りや飾り枠などの意匠はところどころに施されていますが、とても簡素です。
そして、公開されている部屋に入ると…!

どの部屋も、中央階段も大ホールも…まばゆいばかりで絢爛豪華の一言!
現在では入手不可能な一本丸彫りされた大理石なども使われていて、随所に見られる当時の粋や技術を結集した意匠も本当に素晴らしいものでした


この場所は、もともと紀州徳川家の江戸中屋敷の跡地だったそうです。
明治32年(1899年)に着工、10年の歳月をかけ明治42年(1909年)に完成。

明治時代の建築家・片山東熊(とうくま)の総指揮下、当時の匠たちが総力を挙げて建築した日本で唯一のネオバロック様式の西洋建築物とのこと。
実はこの片山東熊さん、最高のものを作ろうと頑張ったものの、完成後に明治天皇に 『贅沢すぎる』 とたしなめられてしまったとか^^;
東宮(皇太子)の居住として使うもあまり住み心地がよくなかったとかで、後に昭和天皇・今上天皇も一時期住まわれて以降は東宮御所として使用されることはなかったそうです。

片山東熊はイギリス人建築家ジョサイア・コンドルの門下生で第一期生のひとりです。
ジョサイア・コンドルは鹿鳴館などを設計した建築家として有名ですね。
(※湯島からぶらぶら 参照)


創建当時の建造物であるここ迎賓館赤阪離宮は、平成21年(2009年)明治維新後の建造物としては日本で初めて国宝に指定されたそうです。





本館西側にある一般参観用出入り口。
離宮の銅製の雨樋(あまどい)が新しいようで、まだ緑青色になっていないのかな?とおもいきや…。






かつて、ある総理大臣が日当たり具合で色合いの変化が違ってくる銅の樋に物申したそうな。
それから銅合金の光沢を保つためインクララックコーティングをしているそうです。
出入り口から建物に沿って南側に移動。






本館南側の全容。
ここの部分はヴェルサイユよりもバッキンガム宮殿に似ている感じ。
それよりもパリのコンコルド広場のホテル・ド・クリヨンに似てるかも。
まさに白亜の殿堂!






南側にある主庭は、簡素な庭園造りになっています。
ここは館内に入場した人しか立ち入ることが出来ません。






羊子から画像を提供してもらいました。
この噴水も、もちろん国宝です。









縦に走る雨樋の銅色がやっぱりちょっと違和感あります。
銅版葺きの屋根の緑青色と同じがやっぱりいいなと思います。
この2階の窓の部分はヴェルサイユちっく!






東側のコーナーに休憩用のテントがあり、そこで一休み。
この贅沢な建築物を椅子に座って眺めつつ、ペットボトルのお茶をぐいっ。
結構暑かったのです






この離宮は鉄骨補強煉瓦造りで地上2階・地下1階の耐震・耐火構造。
茨城の真壁産などの花崗岩で外壁が覆われているそうです。






建築物に使われている石材・木材・素材に結構興味があります。
ここはもう100年以上経ってるんですね。






前庭へと移動中、ふと大木を見上げるとまぶしい新緑と青い空の美しいコントラストが。






本館前庭へ。
外国からの賓客をお迎えする正面玄関が見えます。






両翼にあるこの部分は、東宮御所時代はそれぞれ皇太子・皇太子妃用の玄関だったとか。
こちらは西側なので皇太子妃用のもの。
(他の画像を確認しても反対側は上に画像にしか、それも微かにしか写っていませんでした^^;)






正面玄関前のアーチ状のスロープに中央の階段。
上部がバルコニーになった車寄せが付いた玄関ですね。






門灯の意匠がユニークです。
創建当時はガス灯かと思いきや…。
当初からイギリスの自家発電装置を導入し電気による照明だったそうです。






玄関には扉が三つ。






上部には菊の御紋(十六八重表菊)。
中央部にはふたつの桐紋(五七桐)。






いわゆる、五七の桐。
皇室の紋のひとつで、現在は政府の紋章としても使われていますね。






正面玄関から前庭を望む。






屋根の部分には霊鳥の彫刻。
このかんむりは…どう見ても孔雀に見えますね。






人がはけたので、正面から1枚。
うーん、日章旗がうまくはためいてくれない。






さきほどの鳥の彫刻は金の星がちりばめられた天球儀を囲むように4羽配置されています。






そして青銅製の武者の甲冑の彫刻が睨みを利かせています。
この画像ではよく見えませんが…。
向かって左のかぶとの立物(たてもの)はオーソドックスな鍬形(くわがた)。
向かって右側の武者は、鹿角前立兜のようです。
公式ツイッターによく判る画像が載せられています。






特設のガーデンカフェで一休み。
ちょうどいい場所が空きました






ハーブが効いたグリルチキンセット、とアルコール(羊子用)。
それほどお腹が空いていなかったので半分こにして。






何だか日本じゃないみたいです






柔らかくて香ばしいチキンをほうばる羊子。
いつも、食べているときが一番幸せそうなんです(笑)

この日は平日だったためか思ったよりも空いていました。
2時間半ほど滞在して、そろそろ帰路につくことに。






純白に金色をあしらった美しい正門。
内側から写したものです。
緑のコーンが…残念!






門の上部中央部分には、外側にも内側にも菊の御紋の意匠が施されています。






これは外側から。
人々が写ってしまうのでこれが限界
 





前庭見学だけならば無料で入場出来ます。
その場合も左側にあるテントで荷物検査等受けなければなりません。




私は小学校の頃にベルばらをリアルタイムで読んでいたので、おのずと欧州の城や宮殿に興味を持つようになり、存在を知ってからこの赤坂離宮にはひとかたならぬ思いを抱き続けていました。
日本に現存する洋館の中の最高峰ですからね。

遠くで眺めているものであったのに、こうしてとうとう禁断の地?へ足を踏み入れてしまいました。
憧れ続けていた場所を訪れて、眼福を頂いて心が満足する一方で、ゆえない寂しさが心に去来しました。
まるで、子どもの頃から大好きだった駄菓子をとうとう大人買いしてしまった時の、嬉しさと一抹の寂しさがない交ぜになった心持ちのように。

あっ、迎賓館であるこの赤坂離宮と駄菓子を一緒くたに語ってはいけませんね~

そんな少しばかりの寂寥感も、駅に着くころには街の喧騒にかき消されていました。


帰りがけに係員の方が、GW中はライトアップがあって、夕方六時半頃までに来ると離宮がライトアップされる瞬間に間に合いますよ!と教えてくれました。

うーん!これは観ない訳に行かないでしょう


そして、後日談にと続くのでした



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■厚木基地 日米親善春まつり 2017■

2017-05-03 14:23:24 | 風の吹くまま
4月30日(土)、我が神奈川県の綾瀬市と大和市にまたがる米海軍厚木航空施設、通称:厚木基地で開催された 日米親善春まつり 2017 に行ってきました。

言いだしっぺはお疲れで起きるべき時間にはまだまだ夢の中、ちょっと遅い出発となりました。
東急東横線に乗り横浜で相鉄線に乗り換え、基地の最寄り駅・さがみ野駅からは基地までは徒歩約20分ということでしたが、この日は暑くで入場を待つ列も長いことだろうと、タクシーで向かいました。
ドライバーさんに列の最後尾まで連れて行ってもらいましたが、『あれ?さっきはこのあたりが最後尾だったのに』 と。
列はぐんぐん育っていた模様です(笑)

基地の敷地の角をいくつか曲がってやっと最後尾に付けましたが、いったいどれぐらい待てば入場出来るのかと暑さの中覚悟するほどの長さ!
しかし列は思ったよりも早く進み、何と30分ちょっとぐらいで正面ゲートにたどり着きました。
手際がいいです(笑)

そして免許証と住民票を提示して通過、次に荷物チェックと持っている飲み物をその場で飲む“儀式”を済ませ通過すると(それぞれ係員は海上自衛隊員さんたち)、最後に米海軍兵さんからのボディーチェック(金属探知機)を受けて、やっと自由の身になりました(笑)
身分証明書等の不備で入場出来ない人たちも結構いたようです。

日本の神奈川だけど、ここはアメリカ(正確には違います)。
治外法権の場です。

人が多くて写り込まないように撮っていたので、画像はどれもがものすごく不自然なアングルですが…どうぞご勘弁を





ゲートを通って、ここはすでに基地内。






広い通りにはそれぞれ名前がつけられていました。
ハルゼーとかヨークタウンとか。
よく分からないけど…ゲートガード(保存展示機)が展示されてます。







はい、この厚木飛行場に輸送機から降りたった人の像です。
(思い切り逆光です!)
傍らには警備の米軍兵さんが居ました。






この機は…うーん何だろ?
キャプションがあったけど、気が焦ってほとんどスルー(笑)






通りには、本物のヘリが展示されてました。






座席に座らせて貰えるようで、列が出来てました。





『日米親善』 のおまつりです。
頭上には星条旗と日の丸がはためいていました。

北朝鮮のミサイル発射が失敗とニュースが入ったこの日…。



私たちはこのまま、“アメリカのマクドナルド”にも“ホールサイズのピザ”にも“バーベキュースペアリブ”にも他の何物にも目もくれず、そのまままっすぐ滑走路脇の航空機展示エリアに移動しました。
柵に囲まれたエリアのゲートを過ぎると、目の前には本物の米軍機が威風堂々と!





機体全体を写したいけど、潜り込んで撮ってる人などいろいろで…^^; 
これは F/A-18E(単座) スーパーホーネット の後ろのあたり。
 





スマホの極小レンズなので、こんな写り方になっちゃった。
アフターバーナーにはカバーが掛けられています。
これは横須賀を母港にしている空母ロナルド・レーガンの艦載機(の模様。機体に書いてあったから多分)。
中央にあるのは、空母の着陸したときに着艦制御用ワイヤー(アレスティング・ワイヤー)に引っ掛ける部分だそうです。
アレスティング・フック。








スーパーホーネットは比較的コンパクトな戦闘機です。
もちろん本物。
小粒ですが飛行すると凄い爆音なんです。
みなさん触ってますけど、えっ?いいの?ってドキドキ。






選ばれた?イケメン・美女のネービーたちがそれぞれの機体に配置!
これはNF500の番号があります、EA-18G(複座) グラウラー。

スーパーホーネットをベースにしているそうで(私は)パッと見では区別がまったく付かない!
これは最新鋭電子戦機だそう。






これは E-2 ホークアイ 早期警戒機 だそうです。
大型の円盤型の警戒レーダーが付いてますね!






向こうに群がる人のずっと向こうに滑走路があります。
人々はあの場所で離着陸する航空機のショットを撮っています。

かつては大々的に展示飛行が行われましたが、今はありません。
それでもスーパーホーネットやグラウラーなどのタッチ&ゴーは見応え十分!
(動画、画像は残念ながらありません







ここは海上自衛隊厚木航空基地でもあります。(公的には 『厚木海軍飛行場』 )
これは C-130 輸送機 でしょうか。
向こうにある輸送機の内部を見学することにしました。






米軍機に比べてピカピカで綺麗な機体の状態です。
それには理由があるのかな…。






後部のハッチが大きく開けられていて、そこから輸送機の内部へ。
物資も車両も人も運べる万能な輸送機です。
熊本地震のときにも活躍したものだそうです。
壁にはウォータージャグなども収納されていました。






足元には固定用フックがいくつも。






折りたたみ式の座席。
『空飛ぶ広報室』 でガッキーたちが座っていたのはこんな感じだったのかな?






また米軍機のところに戻りました。
これはNF100 F/A-18F(複座) スーパーホーネット。






画像右、赤い垂直尾翼の中央で二人の米兵さんたちが寄せ書き?された旭日旗を掲げています。




海上自衛隊の輸送機の内部を見るために並んでいたら、滑走路では航空機が次々と離発着!
タイミングが悪く少し残念でした
滑走路からは遠かったので、画像は諦めました。

輸送機見学では一段高いところにあるコックピットを覗くことも出来て、思いのほか広い空間に座席が6つほどありました。
『窓が大きくありますが、上空で直射日光を受けるので物凄く暑く、焼けてしまいます』 と係官の説明が。
コックピットには天井にもところ狭しと計器類などの装置が配置されていて、これを操る人たちって…うわぁ~!と口があんぐり。
ただただ単純に凄いっ!と思ってしまいました


滑走路ゾーンを出て、もうお昼もとっくに過ぎていたのでその前に腹ごしらえをしようかと思ったところ、もう目当てのものはすでに売り切れ。
すでに米軍の航空機を見るという目的が果たされたので、帰りが込まないうちに基地を出ることにしました。
今度は駅までは徒歩移動。

横浜で2個入りのおにぎりを買って、私が半分・獅子丸が1個半を食べたっきり水以外なにも入っていなかったお腹に冷たいわかめそば(¥360)が入ったのが、午後も4時を過ぎた地元駅のひとつの武蔵小杉の駅に着いてから。
それも東急東横線改札内の 『しぶそば』!(笑)
獅子丸のおごり

暑い日だったので、冷たくて美味しかったです


獅子丸ほどの詳しい知識も予備知識もなかったので、航空機もどれがどれとはよく分かりませんでしたが、基地の雰囲気はコンサートをやっていたりバーベキューの匂いが漂っていたり米兵が闊歩していたりと、そしてそれっぽくペイントされたボディの航空機などがいっぱいで、やっぱりアメリカンでございました

一眼をお持ちの方は、絶対写し甲斐のある画像が撮れることでしょう

さて、今度は夏の横須賀か…。
獅子丸が呟いておりましたとさ


ところで…ひとつ遣り残したことが…。
日本ではここ厚木でしか見ることが出来ない F-14 トムキャット を見そこなってしまいました。
滑走路ゾーンに行く途中に展示されていたことを知ったのは…帰宅してから…

また一方で、今年度から米海軍は順次岩国に移動するらしく、来年には移駐が終了との情報が。
厚木基地のこのイベントはこれが最後になるんでしょうか…?


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