羚英の随想●日記  ryou-ei no zuisounikki

陸奥の血を引く神奈川県人
多方面に向けて好奇心と言う名のアンテナは常に作動中!
IE・PC版推奨




■七草粥■

2017-01-07 12:04:02 | Weblog



七草粥がお昼ご飯になりました(笑)
土曜日ということもあり、家人は(人の都合も考えず💢)ノンビリしてますので…。

娘の羊子などは、『あっ、七草っぽいネ』 とぬかす。
はぁー?? 何を言う!
今日は七草粥の日ぞ!
大丈夫かなぁ…💦

このなんとも言えない、そこらの路傍に生えてる草の匂いがそこはかとなく漂うこの日のお粥に、一年の健康を願って。

前にも書いたけど、私は母から春の七草を五七五七七ではなく、七五七五の簡単な覚え方で教わりました。

『ゴギョウハコベラ、セリナズナ、スズナスズシロ、ホトケノザ』

お餅を細かく切って加えて、食べる前にみじん切りのネギを入れて(匂いをごまかして)頂きました。

カブとダイコンとセリはいいけど、あとは、ハハコグサとハコベとペンペン草とホトケノザよ?(笑)
私は小さい頃、仙台の母の実家でニワトリの餌やりのお手伝い担当で、餌に細かく砕いた卵の殻と庭で採ってきたハコベを細かく切って混ぜて、トットたちにやってたのよねー。

だから私にとってハコベ=ニワトリの餌❗️なんですな。
今でもやっぱり(≧∇≦)


Comment
この記事をはてなブックマークに追加

■年末年始 こもごも■

2017-01-06 14:45:28 | 風の吹くまま



さて、仕事始めも各々始まり、もうお正月気分も過ぎ去った今頃ではありますが、我家の年末年始の様子を遅ればせながら記したいと思います^^;

大晦日、日付の替わる頃に毎年恒例の地元の氏神様に元朝参りへ向かいました。
この夜の寒さはそれほどでもなく、真夜中に参拝の列に並ぶちびっ子たちも元気いっぱい!

希望する人が叩くことのできる除夜太鼓の音が響く中、神社の境内は賑やかさに包まれていました。






参拝後、去年はお神酒を頂きましたが今年は甘酒を。
『今年は甘酒がよく出来るなぁ~』 とのことでしたが、美味しい甘酒で温まりました







今年も娘の羊子からお年玉をもらいました…
『岩手に行く足しにしてネ』 と
どうもありがとう






二日に、明治神宮へ初詣へ。
今回は田園都市線で移動したので、渋谷でJR山手線に乗り換え。






原宿駅の神宮側の臨時改札から出て、第一鳥居へ。






いつもの所あたりで渋滞が始まる予感が…。
玉砂利を踏みしめる音が静かに響きます。
今年は外国人がとても多いような感じが。






手水舎でお清めして列に並びなおして。
巻雲の空に映える真新しい南玉垣鳥居(第三鳥居)。

昨年の10月26日に竣工式・くぐり始めを終えた新しい鳥居です。
明治神宮創建と同時に台湾産ヒノキで建立されたものが立て替えられ、国産ヒノキを使用した旧鳥居とほぼ同じ規模の鳥居だそうです。

 「明治神宮は二〇二〇年の鎮座百年に合わせ、社殿などの修復工事を進めている。創建時に建立された鳥居のうち唯一残る南参道鳥居(第一鳥居)も、鎮座百年を契機に建て替えを計画している」 そうですよ。






南神門。
いつもよりもずい分早めに列が動いたので、慌てて写したらこんなアングル!
もちろん、この画像の下は人の頭だらけです(笑)




今年は私にとって変動・変化のある年です。
この先どのような日々が待っているのか…。
平穏な年になるように願っています。


Comment
この記事をはてなブックマークに追加

●新年のご挨拶●

2017-01-01 00:00:35 | Weblog



Comments (2)
この記事をはてなブックマークに追加

■都鳥鹿踊・全日本獅子舞フェスティバル白岡'16 後編■

2016-12-08 14:23:20 | 風の吹くまま
11月27日(日)、全日本獅子舞フェスティバル白岡'16 で、岩手県奥州市胆沢区南都田の行山流都鳥鹿踊(ぎょうざんりゅう とどりししおどり)さんが演舞を披露しました。

前記事の冒頭の画像は舞台に登場したときにものです。





太鼓を叩きながら輪を描くように入場し、隊列になっていきます。
中立が後ろの女鹿の方を向き、背中のながしには誇らしげな 「五穀成就」 の文字が。

『太鼓の調べ きりりと締めて ササラにおさえ きりり納めろ』
この“太鼓の~”の台詞は、団体によって様々なんですね!






『一番庭』 声がよく出ています。
よく通る声で唄を歌っていますが…この唄、もしやと思い過去の記事を見てみると…。
やっぱりそうでした!都鳥さんのTシャツの背中に書かれていたあの唄でした。

『寿福には 地神皇神 御立会い 拝み申せや 我等連れづれ 我等連れづれ』
“片方のバチは太鼓を叩き、もう片方のバチは前方に掲げる”を交互に3回繰り返す、行山によく見られる所作がここにも。










緩急ある躍動的な踊り。
栗原の鹿踊り相通ずる、踊りに追随する独特な装束の美しい動きが見てとれます。
都鳥さんも 「シーッ」 という合図(警蹕/けいひつ)を使う踊り組なんですね。






踊り手が一斉に後ろを向いて。
伊達な色合いのながしの意匠がゆらゆらと、実に優美です。






くるりくるりと廻りながら。






中立の 「ハッ!」 という掛け声もあります。
掛け声のある踊り組は、多分初めて観るかも知れません。






『唐金』 の場面に入ったところでしょうか。
踊り手がくるりくるりと廻りながら位置に着きます。
画面一番右に女鹿が来ます。

唐金は、1頭の狂い鹿から女鹿を守ろうとする2頭の牡鹿との踊り(女鹿隠し)だそうですが…。
私が知っているのは、2頭(複数頭?)の牡鹿に女鹿が隠されて、1頭の牡鹿が懸命に探す…といったものだったと。
設定が逆で、これも面白いなと思いました!






中立が、守りを固める2頭の鹿(脇狂い)の真ん中に来て。
中立と女鹿が何度も会釈のような所作をします。
「危ないからここにいるんだよ」「はい、分りました」 とでも話しているような(笑)






中立と狂い鹿(中狂い)が踊ります。






中立が引き上げ、中狂いが果敢に?女鹿奪取に挑み始めます。
この画像にはありませんが、このとき 「角入れ」 の場面があったのかも知れません。
(後半の部分でもこの場面があるので、その画像を入れます)
何度も2頭の脇狂いに撃退されながらも、なおも諦めない中狂い!






脇からも女鹿を連れ去ろうと試みますが…。






何やってんだー!と撃退されます!






中狂いは中立のところにいって会釈のような所作を繰り返します。
その後でシーッの合図で太鼓の調子が変化し…。






中狂いが2頭の脇狂いの間から女鹿と会釈の所作をしたと思ったら…。
脇狂いの隙を突いて、女鹿を連れ出すことについに成功します!






脇狂い 「はっ い…いないっ






さあ大変!
中狂いはまた、2頭の脇狂いによる撃退に遭います。








都鳥さんも跳躍の鹿踊りでした!
脇狂い激怒の巻?
その間、女鹿はそろりそろりと後退りしています(笑)






脇狂いが1頭ずつに分かれて対処?します。





「ついて行っちゃ駄目だよ」→
←「何やってんだ!」






「危ないからって言われたでしょ!」→
←「今度やったらタダじゃおかないぞ、こるぁ」
(とは言ってませんが 笑)




脇狂いの踊りが良く揃っていますね!
このあと、中狂いが女鹿のところにいって何度も会釈の所作をし合ったり、脇狂いとの攻防のクライマックスがあり…。






中狂い(一番左の鹿)の 「角入れ」 の場面。
野生の牡鹿のしぐさを彷彿とさせる見どころある所作です! 
行山流を踊りを見ていると、野生の鹿の動きやしぐさを、踊りのふとした所で感じることがよくあります。






中狂いが一人で太鼓・唄・踊りをやりながら白鷺踊りをします。
『白鷺は 立つと思えば 立つかねて 後をめぐる 立てや白鷺』
“あとを濁さず、あとを濁す”など様々ありますが、“あとをめぐる”とは白鷺が立ち惜しむ様子を上手く表現してますね。






鹿の子の場面です。
こうして踊り手が両手を広げる所作は他所にもみられますが…
都鳥さんは幕を結ばないので後姿は一瞬蝶が羽を広げているような華やかさが。






「ハーッ」 の掛け声でバチを叩く所作。
バチの音と太鼓の縁・面を叩く音が小気味良いです。






中立の見せ場。
庭を廻り地を清め、太鼓の音で場を鎮め、踊りのクライマックスに向かいます。






中立の合図で側鹿たちが頭を上下に振りながら右に左に。
所作に意味があるのでしょう、ここも野生の鹿を見ているような感覚になります。





「太鼓の調べ きりりと締めて ササラにおさえ きりり納めろ」
一礼、退場からは大きな拍手が!






続いて、感謝状を贈呈された御礼の唄を歌いました。
感謝状を捧げ持つのは女鹿。






最後に太鼓を叩きながら一列になり、一礼。
これで都鳥鹿踊さんの演舞はすべて終了しました。




初めて観た胆沢に伝わる鹿踊り。
今まで観てきた踊り組とは異なる装束。

「地味な踊りで」 とnontanさんは謙遜されますが、太鼓や踊りに緩急と勢いあり、唄の意味も興味深く、踊り手の声も大らかで明朗、ストーリー性に溢れて観る者に様々な想像を与えてくれる、今回観る機会を頂いて本当に幸運だったと思える素晴らしい踊りでした!

花巻まつりでひょんなことから都鳥さんとのご縁を頂き、未知の世界だった?冨士麓行山の踊りを堪能することが出来ました。
この素晴らしいご縁に、心から感謝です



演舞のあとには、踊り終えたみなさんと鹿馬鹿氏やトーシカの踊り手さんY氏を交えて色々と会話を交わし、お疲れのところ楽しくお話を伺わせて頂きました、ありがとうございました

岩手への帰路では途中渋滞に捕まってしまったようですが、みなさん無事にご帰還されて何よりでございました!
行山流都鳥鹿踊のみなさん、お連れ様でした
見応えある踊りを、ありがとうございました


そして…



“例の手拭”!とお心遣いを、また記事を書くに当たって沢山の情報を教えて下さり、ありがとうございました


動画をYouTubeにアップロードしています。
よろしければご覧になって下さいね。

2016.11.27 全国獅子舞フェスティバル白岡'16 行山流都鳥鹿踊



(※ 間違いの箇所がありましたら、何卒ご指摘下さい)

Comment
この記事をはてなブックマークに追加

■都鳥鹿踊・全日本獅子舞フェスティバル白岡'16 前編■

2016-12-05 22:15:31 | 風の吹くまま



9月10日(土)の花巻まつり・鹿踊りパレードの時に初めてお会いしてお話を聞かせて頂いた、行山流都鳥鹿踊(ぎょうざんりゅう とどりししおどり)さん。
当日お話を伺った時に是非に!と手渡して頂いたリーフレットにあった 『全日本獅子舞フェスティバル白岡』 に行って参りました。


(その時に持ち帰ったリーフレット)



11月27日(日)、埼玉県白岡市で開催の 『全日本獅子舞フェスティバル白岡'16』 を観るため、最寄り駅のひとつの武蔵小杉から湘南新宿ラインで白岡駅に向かいました。
既存の武蔵小杉駅から地下通路で繋がり近くに通っていた別路線に駅が新設されたお陰で小杉がとても便利な駅になり、初めての場所である白岡駅にも(時間を選んで)乗り換えなしの一本で行けました!
東北新幹線でしか通ったことの無い大宮を在来線で通り過ぎて、白岡駅へ。
そして、急いで駅の近くにある中央公民館の講堂へ。
受付で講堂内での撮影可を確認し、すでに開場時間になっていましたがどうにか最前列の(来賓席の隣の)端っこを確保

舞台袖で準備をされていた、この日の中立を務められる、SNSで繋がって頂いている“すたてぃっくさん”が私を見つけてわざわざ下りてきて下さり、ご挨拶とこの日来られなかった中立のnontanさんからのお心遣いを頂きました
ありがとうございました

さて、会場には後援されている全日本郷土芸能協会の鹿馬鹿氏たちもお出でになっていて、いよいよ開会式です。
開獅子博物館の館長による挨拶・来賓の祝辞に続き、沖縄・名護市の青年団によるエイサーで幕開けとなりました。

エイサーは何度も観たことがありますが、本場のエイサーを初めて観て聴いて、心にその向うにある沖縄の情景を感じ、やはり、その地に伝わる芸能をその地のゆかりの人たち・携わる人たちが演じるものこそ郷土芸能と言えるのだと、個人の見解ではありますがそう感じました。





そして、上演の最初を飾ったのが 行山流都鳥鹿踊のみなさん!
動画では観たことがあっても、実際に演舞を拝見するのはこれが初めてです。



行山流都鳥鹿踊 

岩手県奥州市胆沢区南都田に伝わる行山流都鳥鹿踊(ぎょうざんりゅう とどりししおどり)の由来は、資料等によると、行山流中興の祖と云われる本吉郡水戸辺村(現在の宮城県本吉郡南三陸町)の仙台藩士・伊藤伴内持遠から入谷四郎兵衛を経て、平泉の千葉清左衛門へと相伝、その三代目・行水軒中津川清左衛門義胤から寛永5(1793)に都鳥に行山躍りとして伝承されたと伝えられている、平泉の達谷窟経由の鹿踊り。その後富士麓行山流の影響も受けたという。
中立、女鹿、側鹿で構成される8人踊り。

装束の幕には 「九曜紋」、春日並びに日月の四季を略した 「十二揩子」、36の神々を象徴した 「チドリ」 を染めている。
ながしには、中立は 「五穀成就」、女鹿は 「豊年踊」 の文字が染められ、祖霊を供養する盆の踊りのほか、五穀豊穣、家内安全等を祈願して踊られる。




この日の演舞は 『一番庭』 と 『唐金』。
そして、表彰式の後には 『御礼の唄』。

一番庭は“お呼ばれした場所で最初に踊る又踊りの基本とされている”もので、唐金は“役踊りで、一頭の狂い鹿から女鹿を守ろうとする二頭の牡鹿との三つ巴の闘い、女鹿隠しの踊り”だそうです。


この日の演舞の構成は…

「露払い(入れ込みとも言う)」→「入り掛け 一番庭」→「庭廻り」→「余興 唐金」→「鹿の子」。
そして 「御礼歌詞」。
鹿の子の後には本来 「引き波」 が続くそうですが、この日は省略されたようです。
(※ 同じ“ひきは”の言葉でも、団体によって字が異なるのも興味深いです。引き波、引き羽、引き端などなど…)


装束は…

は行山流らしく小さめ。
ザイの付け根の部分が露わになっていて、かつては鹿の角を使用していたそうですが現在の角は金属の鋳物。
角の角度は、行山流らしく本物の鹿のそれに近い角度。

がしの頭頂(かしらの頭頂)には華鬘結びとそれに続くながしの縁飾りの部分が無く、ながしの縁は畳縁のような有職の布のような紋様の縁取りが。
中立は、赤の九曜紋に 「富士麓行山躍 五穀成就」 の文字。
女鹿は、赤の九曜紋に 「豊年躍」 の文字と鹿ともみじの図柄。
側鹿は、赤の九曜紋に 「行山」 の文字、豊臣秀吉と加藤清正だと云われている武者の図柄。

サラは鹿島の御幣(五色の御幣)を表し、背に対して垂直の角度、武者の指物のように八の字に斜め後ろに向かう腰差しで、宮城にある鹿踊りと類似。
3メートル近いササラの元には飾りの五色布(五色乗れ)が。

は…(中立のnontanさんにご教示頂き加筆訂正しました)
中立と女鹿の喉印は、井桁継ぎの無い赤の九曜紋。
側鹿は、井桁継ぎに九曜紋。(八階子/正式十二階子(かいこ)は春日並びに日月の四季を略した…階子は井桁継ぎのことだったんですね!)
紋様は、赤の大きな九曜紋、三色の三つ巴紋(仏法僧の三宝を表す)、五色の剣梅鉢紋、鶴丸紋、日の丸扇紋(開いて悪魔不浄を祓う心を表す)、波に兎紋様(波は平穏を表すという)、赤と黄の線模様。
他に、上り藤紋、竹に雀紋、菊水紋、毛車紋、が施されていているそうです。(提供頂いた記述情報は郷土史からの抄出だそうです。今の装束とは使われている紋様が少し異なるのかも知れません。)
幕には千鳥掛け(千鳥縫い)が施されていますが、これは36の神々を象徴しているのだそう。
そして、幕は後ろで結ばずに踊ります。

口袴の紋様は…
中立と女鹿の表側は、五色の市松模様で裾が稲穂を表しているそう。
側鹿は、源氏車。
中立の背面は、池に咲く蓮華の模様(仏陀の教えを描いたもの)。
女鹿の背面は、山姥金時の絵柄。
側鹿は、茨城童子と渡辺綱。

チは…
うつぎ(うつぎの木は彎曲が強いので曲がりをまっすぐに直すために2本の木を麻紐でぐるぐる巻き一年以上日陰で吊るしておく)を使用し、ささくれや劣化を防ぐ意味で先の部分に焼きを入れて、それによってその部分が堅く丈夫にもなるそうです。

甲は…
中立と女鹿は、白地に赤の九曜紋。
側鹿は、黒字に赤の九曜紋。
36の神々を表す意味で千鳥掛け(千鳥縫い)を施しています。



この日残念ながら来られなかった中立のnontan氏、この日中立をされたすたてぃっく氏からご提供頂いた情報を含め、分る範囲で記しました。
都鳥さんの演舞の様子は、次の記事でご紹介します


■都鳥鹿踊・全日本獅子舞フェスティバル白岡'16 後編■につづく


Comments (2)
この記事をはてなブックマークに追加