「遠野」なんだり・かんだり

遠野の歴史・民俗を中心に「書きたい時に書きたいままを気ままに」のはずが、「あればり・こればり」

2013 巌龍神社例祭&小友まつり 後編

2013-08-26 16:24:15 | 郷土芸能

御神輿が上宿橋を渡っていったので、今のうちに腹ごしらえ

と思って、焼きそば・お好み焼きを仕入れ、とらねこさんと話しをしながら、

ゆっくりと待つつもりが、予想外に早く戻ってきた

 

心地よい風があり、それほどの暑さでなかったためか、

休憩もそこそこに戻ってきたようだ

(担ぎ手の笑顔には、まだ余力ありと見た 笑)

 

一行は神社に戻り、御神輿を納める

 

長野しし踊りが神社に奉納

遠野郷八幡宮の筆頭役じしの幕に目がいく

 

これからの門かけ前にお昼寝のしし

(ししが寝るときは、顔を上に向けるとはじめて知る 笑)

 

通りでは、小友南部ばやしが最後の舞

(今年はじめて知ったことに、南部ばやしの踊り子さんたちは、出番が終わると、

しし踊りに参加するなど、複数の郷土芸能をこなすようだ)

 

山谷しし通り

 

撮っているようで、今までちゃんと撮っていなかったので、重点的に・・・

 

この子も頑張っていました

 

外山神楽

 

鮎貝の八坂神社でお馴染み

 

鷹鳥屋しし踊りのふくべ振り

この日来ていた陸前高田市小友町の方々から喝さいをあびていた

 

鷹鳥屋神楽

 

6時30分からの郷土芸能共演会まで残すところ1時間30分となるが、

やはり、今年も、ここで燃料切れ

 

またまた、来年までの楽しみを残して、小友を後にする

 

さて、昨日のこと

家内省から、今年の遠野まつりへは不参加せよとの通達

義父の一周忌が過ぎていないのに、参加すると世間の方々から何を云われるかわからないのでとのこと

神社の例祭でもないフェスティバルで、かつ、10か月以上も経っているのでOKかと思っていたが、

残念ながら、従うことに・・・

下の娘も今年、笛吹デビューのつもりで練習していたので、かなり、がっかり・・・

仕方ありません

そこで、まつり期間中は、朝から晩までフリーとなり、撮りまくる所存です!


2013 厳龍神社例祭&小友まつり 前編

2013-08-25 17:11:03 | 郷土芸能

例祭集中日の8月24日(土)昨日は、午後から小友へ

神輿渡御の前に何とか間に合う

 

市内に数ある神社の例祭の中でも、最も好きなお祭りのひとつがここ

着いた時に、ちょうど鷹鳥屋神楽が不動橋を渡っていた

 

境内では、奉納団体がお昼休み

 

しし踊り・・・昼食後にひと踊り

 

境内に陣取っている地元企業の方への門かけ?

 

外山神楽・・・権現舞

 

お酒?も頂き、気合を入れて出発

 

小友町南部ばやしに初出演の子も

 

婦人会の手踊り

 

地元保育園児の御輿も

こうして、町内の各参加団体は、いつものようにメインストリートを歩き、上宿橋を渡って前半終了となる

 

昨年より見物人が少なく、気温はそれなりに高いが、気持ち良い風が通り抜ける中、

一行が戻ってくるまでの間に、出店にて調達したお昼を頂き、小休止

しばらく、行列は戻ってこないと、一緒になったとらねこさんと話していたが・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 


上宮守愛宕神社例祭

2013-08-24 23:15:54 | 郷土芸能

念願かなって行ってきました!ここの例祭

遠野から盛岡方面へ行く小峠トンネルを抜けると、坂道の中ほど右手にある

遠野七観音五番札所「宮守観音」こと愛宕神社

 

圃場整備された田んぼの右側に位置する

この日は、附馬牛町菅原神社、綾織町上綾織の愛宕神社、小友まつり&厳龍神社例大祭と

市内4カ所にて祭りのある日

例年は、午前が菅原神社または上綾織愛宕神社に行き、午後が小友となるが、

郷土芸能の奉納もあるということで・・・・

 

正規の参道からではなく、別当さんのお庭から近道

 

本殿にて、神事

 

打ち鳴らしも行った上宮守神楽

初登場!

伝承年代は不明。遠野八幡神楽とは兄弟神楽と云われ、遠野南部山伏神楽と称す。

明治中期に宮守清という山伏により再興。

この神楽を伝承してきた90歳代の方と現在踊っている49歳以下の方々との間には伝承者無しとのこと

特筆すべきは、権現様の幕に「奉納 鍋倉神社」とあること

現在は、この愛宕神社例祭のみ踊られるが、間違いなく鍋倉神社でも踊っていた神楽だったことに間違い無い

 

そして、上宮守大神楽

団体名をお聞きしたところ、はっきりとした名称は無いので、上宮守大神楽で良いのではとのこと

これもまた、伝承ルートがわからなくなった郷土芸能のようだ

遠野の大神楽は、大工町、綾織、ここ上宮守、達曽部の米田、舘にあるが、

この何れかが、ルーツであろう

 

上宮守参差踊

達曽部の大川目参差踊りを師とし、そこから婿に来た照井和吉から教わり、昭和10年頃が初演とのこと

ちなみに、大川目参差を私はまだ見たことがない

大川目参差は紫波赤沢・乙部のさんさから伝えられたと云う

 

一行は、この後、上宮守周辺を廻る

 

神輿は、歩くと暑いので車にて移動し、その都度、神事となり、後、郷土芸能

 

大神楽の方も、暑いと云っていました 笑

 

笛も太鼓も美人さん

 

八幡神楽と兄弟神楽のよしみで、一緒に練習されるのも、伝承活動には良いような・・・・

 

下宮守の下郷さんんさとも土淵町の山口さんさとも、スタイルが異なる

 

かつては、常に太鼓の方々も踊っていたようだが、現在は午後に一度踊るのみ

皆一緒に踊る練習がなかなかできないとのこと

 

お昼を挟んで、午後からまた廻り、三時過ぎに神社へ戻るとのことだが、

予定の十二時となり、上宮守を離れる

ここの後半部分は来年にでも、また追っかけてみたい

またまた、良いものを観させて頂き、感謝の愛宕神社例祭となった


宮守町達曽部 中斎駒形神社例祭

2013-08-21 08:22:30 | 駒形

お盆休みの最終日18日は、朝一番から大忙し

斎場にて仏事出席、着替えて五日市へ行き、、昼食後、ご案内を頂いていた達曽部へ

 

稲荷穴へ向かう途中の中斉地区の駒形神社例祭

 

午前中に神社を出発した一行は、御旅処になっている生活改善センターにて昼食となり、

午後は、また神社へ戻るとのことで、その後半部分を追いかける

 

 

 

県道106号線の西側にある旧道を進む

 

 

駒形神社境内で三周

 

湧水神楽による打ち鳴らし  神事

 

中斎神楽(シンガク)

 

年配者による笛・手平鉦・太鼓に合わせ子供たちによる舞い

 

遠野市唯一の太鼓系・・・・・行山流湧水鹿踊

 

投げ草

 

このしし踊りを見るといつも思うのが、坊主と云われる子供のこと

太鼓系しし踊りで、この役回りが今でも残っている団体は他にもあるのだろうか?

 

神事・踊り終了後、ご案内頂き、拝殿へ

 

駒形神社、かつては、観音堂

 

 

 

 

 


2013 お文殊様例祭

2013-08-20 00:46:50 | 神社

突発的集中豪雨とも云える宵宮から一夜明け、例祭

会場を神社から、また地区センターに移した土淵まつり

スケジュールを確認すると郷土芸能は午後になるとのことで

とりあえず、お文殊様のある通りへ向うと、多数の車の列

 

ちょうど拝殿にて神事が始まるところ

 

本殿裏手の山は昨年木が伐られ、しばらくは植林もされない様子

裏山頂上には、かつて橘氏の館があったと云われるが、

今でも、ここ周辺には、漢字が違う立花氏が多い

 

由緒書き

 

遠野南部氏家臣団では、八戸在住のころは、「橘」姓の 家臣はいるが、「立花」姓は見当たらない

 

遠野移封後の家臣団には、両方の「たちばな」姓が見られるが、

土淵に領地のあったのは、「立花」氏であり、「橘」氏は土淵に領地はない。

 

 

上記由緒では、五日市舘の主は、阿曽沼時代からの「橘氏」とあるが、

これは「橘 縫」という人物の伝承からであり、これが「立花 縫」だったとすれば、

つじつまが合うような気がする

 

さて、

 

参列された方々にここの由緒を紹介し、次の震災復興祈願祭を行うまでの間に

 

土淵町柏崎しし踊りの奉納

 

次の土淵まつりまでの時間が迫っており、短め   (笑)

 

私こと笛吹とルーツを同じくする笛吹

 

土淵町唯一のしし踊り

 

蒸し暑い中、燃料が足りないのか、少し大人しい太夫 (笑)

この後の土淵まつりでは、しっかり満タンにしたであろう・・・・

 

小一時間で帰途へ