Bar Crisに時々
足を向けるようになった。
このbarを初めて知ったのは
もう今から三十三年前に遡る。
「三十年前から一度このバーを
必ず訪ねてみたかったのですよ。」
そう言った私にママは
嬉しそうに微笑んでくれた。
そして思ったほど饒舌に
あのシンドウさんとの思い出話を
懐かしそうに僕に話してくれたのだ。
「クリスのママは別嬪だ。」
これがシンドウさんの口癖だった。
クリスのママは、時々
シンドウさんの店に買物帰りに
顔を覗かせては、果物や食べ物を
差し入れてくれていたのだ。
ところが、シンドウさんの店に
当時入り浸っていた僕だったが
そのママを一度も見たことがなかった。
そして三十三年目にして、やっと
ママにお目にかかったのだった。
確かにシンドウさんは慧眼だった。
ママは歳月を感じさせぬほど
とても美しかった。
美しいだけでなく、気品と
人に対するふわっとした抱擁を
どこかに感じさせる人だった。
フランス人のようなテーストも感じた。
Bar Crisは
どこか“魔の巣”のような
雰囲気を醸し出すバーである。
ここを訪れる客は大概古い客だ。
吸い込まれるように入っていく。
そういう僕も思い出に浸りたくて
自然と脚を向けてしまう。
大阪で呑んだ帰りなどは
何故か梅田から阪急電車に乗って
この阪急六甲駅に降りてしまう。
ここ、阪急六甲に
かつて三十数年前に通った
シンドウさんの店
今や伝説となったCOWBOYがあった。
その店の面影を追いたくて
crisの扉を開けてしまうのだ。
もちろん
美人ママの顔と声を聞きたくて…
が加わったのは言うまでもない。
僕の追憶の止まり木である。