マーちゃんの数独日記

かっては数独解説。今はつれづれに旅行記や日常雑記など。

距離標識に導かれて

2014年02月04日 | 東京散歩

 1月3日に東京国立博物館に”初もうで”した後、家人とは別行動で、私は東大正門前にある「本郷郵便局」へと歩き始めた。普通の郵便局が休みの時でも、ここの、ある窓口は年中無休。年賀状の印刷ミス(天地逆の印刷10枚)を、1枚につき5円を支払って、まっサラの年賀状と交換する為の遠回り。
 本郷通りを歩いての帰り道、「言問通り」と交差する手前で”日本橋から4Km”と書かれた距離標識を見つけた。以前にも見たことがあったかと思うが、脳は認識していなかった。4Kmの表示があるならば、5Km表示もあると予測して、1500歩ほど進んだ辺りを捜したがそれらしきものは見当たらなかった。偶数キロのみの表示かと思って6Km付近も熱心に調べたが何も見当たらない。
 帰宅して、家人にこのことを話すと、「江戸の頃は一里が基本。王子手前にある一里塚近辺に8Kmの標識があるのでは」との話を聞いて、翌日自転車で一里塚近辺を訪ねたが何も発見出来なかった。不思議だなという思いだけが残った。
 




 その3・4日後、千石図書館に行く途中の千石駅付近で偶然にも”日本橋まで6Km”の標識を発見し、豁然と悟ったのである。距離標識は国道17号線に付けられたもので、4Kmの表示の次の5Kmは、東大農学部前の追分で左折分岐しなければ発見できなかったわけである。追分から真っ直ぐの、我が家を通り過ぎ王子方面へと伸びる道は、江戸の頃、岩槻街道(日光御成街道)と呼ばれ、今は本郷通りの都道455号なので、この道沿いにはそのような標識はないのである。







 そこに気がついてから、面白くなって、我が家近辺の道路標識を探索して回り、幾つかの”発見”があった。
 ①国道17号線の道の両側には、100m置きに例えば「5・9」の様な表示がある。これは日本橋との距離が5.9キロの意味。
 ②整数キロごとにやや大きめの距離表示板があり、日本橋を背にして左側には「日本橋から4Km」の表示に対して、日本橋に向かって左側には「日本橋まで4Km」の表示。上りも下りも左側通行を前提にしているかのような書き方ある。
 不忍通などの都道も調べてみると、国道ほどきちんとではないが、「1.7」の様な表示がある。我が家の前の通りは本郷通りで都道455号。よ~く観察すると直ぐ傍に「1.5」の道路標識がある。さて何かと考えると、この謎は簡単に解けた。455号は追分からスタートするからそこからの距離だろうと考え、後日、追分まで出向くと、分かれ道の脇にはスタート地点を示す「0」表示あり。
 ここが「岩槻街道」の形式上のスタート地点とも知って、いずれここからスタートし、日光街道と合流する幸手宿まで歩いてみようと思ったのだが、その日は意外に早くやって来た。昨日、自宅から赤羽まで、かっての岩槻街道と思われる道を歩いてみた。

 
  (こちら国道)           (こちら都道)
   
  (本郷郵便局側)       (東大側)


(追分付近:455号起点)
 


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