本書は、2018年に、日本エッセイスト・クラブ賞、石橋湛山賞、山本平八賞、大川出版賞を、2019年にはビジネス書大賞など、数々の賞を受賞した。AIに関するあいまいだった私の理解をすっきりさせてくれた著作で、今後、座右において何度か読み直したい一冊となった。
著者の新井紀子氏は数学者で、国立情報学研究所社会共有知研究センター長ではあるが、人工知能が専門ではない。
彼女の主張は明快だ。
「AIが神になる?」・・・なりません。
「AIが人類を滅ぼす?」・・・滅ぼしません。
「シンギラリティ―が到来する?」・・・到来しません。
これらを主張する論拠も明快だ。
「AIがコンピュータ上で実現されるソフトである限り、人間の知的活動すべてが数式で表現出来なければ、AIが人間に取って代わることはない」。コンピュータが行っている極小・最終計算は四則演算であることを踏まえての論理。
彼女は2011年に始まった「ロボットは東大に入れるか」という人工知能プロジェクト(我が子の様に育てた、東大合格を目指す通称“東ロボくん”)と、それに並行して行った日本人の読解力についての、大掛かりな調査・分析から、AIをめぐる未来を以下のように予測・要約する。
「AIが人間のすべての仕事を奪ってしまうような未来は来ないが、人間の多くの仕事がAIに代替される社会はすごそこに迫っている」と。その論拠が次の(1)~(2)
(1)“東ロボくん”について。
2016年に偏差値57.1に到達。この数値は東大には合格できないが、国公立大やMARCH(明治・青山・立教・中央・法政の略)レベルの有名大学には合格できる数値だ。だが、“東ロボくん”は偏差値65を超えることは不可能だと考えられるに至った。“東ロボくん”に代表されるAIは東大には合格出来ないが、多くの人間にとって強力過ぎるライバルであることを示している。
(実はこのプロジェクト関係者は、近い将来の東大に合格するAIは実現できないと予測していた。多くの人と共に鋭意努力したが、予想通りとなりこのプロジェクトは既に終了した)
(2)RSTの開発・実施。
新井氏たちは、基礎的読解力を調査する為のRST(リーディング・スキル・テスト)を開発し、全国2万5000人を対象に、基礎的読解力調査を実施した。その結果と分析から、明らかになったことは、日本の中高生の多くは、中学校の歴史や理科の教科書程度の文章を正確に理解できない、ということだった。これは驚くべき事実だ。
(3)近未来予測
(1)や(2)の状況下、多くの仕事がAIに代替されても、AIが代替できない仕事が生まれる可能性はある。しかし、たとえ新たな仕事が生まれたとしても、その仕事がAIで仕事を失った勤労者の新たな仕事にならない。AIでは対処できない新しい仕事は、多くの人間にとって苦手な仕事である可能性が非常に高い。
RSTの全国調査で明らかになったことは、中高生のみならず日本人の決定的な教科書読解力の不足。読解力こそ、AIが最も苦手とする分野。しかし日本人の多くがAIに対して優位に立てるはずの読解力で、十分な能力を身に付けていない。多くの失業者が生まれる可能性が大きい。
(4)実施したいこと。
このような状況下、新井氏が目指していることは「中学1年生人全員にRSTを実施し、読解の隔たりや不足を科学的に診断することで、中学卒業までに全員が教科書を読めるようにして卒業させること」と書いた。