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かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

03.閉ざされた村 その1

2008-03-15 21:44:38 | 麗夢小説『麗しき、夢』
 どうもおかしい、と榊が思い始めたのは、今にも夢隠しの郷に入ろうと言う小さな木橋の上だった。程なく村の入り口を示す古びた二本杉が門のように道を挟んでいるのが見える筈である。しかし、いつまで歩いても森の風景は変わらず、何故か気ばかり逸るのも、普段の自分からすればしっくりこない。そんな隊長の気分は全体に伝染したらしい。配下のささやき交わす私語の数々が、微風に揺れる木立の葉擦れに乗って榊の逆鱗をなで回した。
「静かにせ・・・?!」
 遂に我慢の限界と榊が振り向いた時、榊はその光景に唖然と立ち尽くした。確かに今の今まで先頭に立って引き連れてきた筈の百人が、忽然と姿を消したのである。そこには今、自分が踏み越えてきた山道が、細く長く何処までも続くばかりで、辺りには人一人、馬一頭すら見えなかった。
「な、何事・・・?」 
 榊はあわや恐慌に捕らわれそうになる自分を叱咤した。ここで慌ててはならぬ。榊は油断なく辺りに目を配り、そっと足で馬に合図して、ゆっくりとその場を一回りさせた。
 やはり誰もいない。
 馬のいななきやしわぶき一つ聞こえない。気配というものがまるでない。巨大な樹木が折り重なって榊の視界をさえぎり、静寂は見えない悪意の固まりとなって、榊の耳にささやきかけてくる。
(どうやら何か悪質な詐術に引っかかったらしい)
 榊はそれが一体どんなものなのかまるで見当もつかなかったが、それでも自分の置かれている立場は一応ながら理解した。。
「とにかく軽挙妄動してこれ以上迷いを深めないことだ」
 榊は、何故かいつになく気が急いて仕方がない自分に言い聞かせるようにして独り言をこぼした。そして、あせりをわざと諌めるように、ゆっくりと馬を進めさせた。
 「軽挙妄動」して、「更に迷いを深め」たのが八条雅房である。余り得意とは言えない馬に乗り、さらに一日輿に揺られた疲れもあって元々乏しい心の余裕をすっかりすり切らしたところだった。
「み、皆の者、何処へ行った? 誰ぞ、誰ぞおらんのか?!」
 声がむなしく木立に吸い込まれていった八条は、既に気が気ではない。
「誰か! 誰か返事をせんか! 誰か!」
 もしや置いて行かれたのかとまず前に走り、もしや後ろにとまた馬を返し、いたずらが過ぎるぞといるともしれぬ榊に怒鳴り、やがて怒りは恐怖へと席を移して、叫びは涙を帯びつつあった。もはや冷静からはほど遠くはずれた八条は、いつしか道すらはずれ、森の中へと迷い込んでいった。
「誰でも良い! 頼むから出てきてくれえ! お願いじゃあ!」

 ええい気づくのが遅かった・・・。小さな木橋を渡り、数歩歩んだ所で円光は後悔した。今、円光は独り森の中の一本道に立っている。橋を渡った途端に、前後にひしめいていた筈の郎党達が忽然と消えてしまったのだ。勿論少女と、その少女を運んでいる男達も円光の視界から消え去った。その事が、常にない焦りを円光に生んだ。為にこの原因を解き明かすのに、かくも時間を費やしたのである。
 既に円光の周りから皆が消えて半時がたとうとしていた。円光はようやく打ち騒ぐ心を整えると、道の真ん中で座り込んだ。結跏趺坐して半眼に目を細め、静かに呼吸を繰り返す。更に精神を集中させるべく、低く長く経を誦す。次第に円光の心は収斂しつつ周りの自然に溶け込んで、無限に拡散していった。不意に、健全な円光自身の気の流れが、拡散していく内に無理に歪められた外界の乱れを感知した。
(やはり)
 円光は立ち上がり、幽かな気の乱れを見失わないよう目を閉じて慎重に歩を進めた。
(ここだ)
 全身気を探る探針機と化した円光は、一見何の変哲もない古木の前に立った。錫杖を構え、気合い一閃!
シャン! 
 小気味よく輪環が打ち鳴り、錫杖の先が古木の幹を突いた。
 円光は目を開けた。そして、世界が元通り百人の郎党衆でひしめいているのを見た。
「おお、これはどうしたことだ!」
 互いに再会を喜びつつも、余りのことに怪しむ一行を尻目に、円光は今錫杖を打ち込んだ古木の幹を眺めやった。
(これは?)
 円光は、今やその力を使い果たして唯の紙切れと化した一枚の符を手に取った。近くにいた鬼童が、驚きの余り声を上げた。
「御坊! それは鬼門遁甲術の一、迷陣の符ではないですか!」
「ほう、鬼童殿はこれが何かご存じか。拙僧は初めて見申した」
 この男は・・・。鬼童は人知れず舌を巻いた。相手の正体も知らないまま打ち砕いたというのか。鬼童にも陰陽道のたしなみがあり、この半時を結界打破に費やしていた最中だった。だが生半可な知識ではさすがにいつまでかかるやら、鬼童にさえ見当もつかなかったのである。ところがこの修行僧は、見たこともない結界をたった半時の間に見破り、その実力で打ち破ったのだ。これは鬼童にはどう望んでも得られない力だった。

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