かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

07 決戦その1

2010-08-15 22:18:35 | 麗夢小説『夢の匣』
「じゃあ、僕から行くよ!」
 一人一歩前に出た眞脇紫は、可愛らしいもみじのような両手をぐっと握り締め、空手の構えのように両脇に引きつけると、背中を丸めて踏ん張った。まだか細い全身が極度に緊張を孕み、額に脂汗が浮かびだすと、全身を瘧のように震わせる。
 その瞬間、鬼童のセンサーが、みるみる数値がアップするケタ違いのエネルギーを拾い上げ、円光も強烈な圧迫感を肌身に感じた。榊でさえ気圧されて思わず足を止めたほどの力の本流であった。
「うおおおぉおおおぉおおぅっ!」
 ボーイソプラノが金切り声のような唸りを上げる。とたんに、ブチブチブチッと布が無理やり引き裂かれ、紫の身体が、一瞬で2倍に、更に4倍に膨れ上がった。顕になった白い肌の下に強靭な筋肉が震え、それが、急激に生えそろう剛毛に包まれて行く。女の子と間違われる可憐な顔も剛毛が覆い始め、同時に唇が耳元まで裂けて鼻ごと大きく前にせり出してくる。可愛らしくさえ見えた頭の耳が更にピンと立って膨らみ、獰猛なマスクを飾り立てる。やがて、強靭な爪を備え、ヒトのそれとは似ても似つかない姿に変じた握りこぶし、いや、今やそれは前足と呼ぶ方がふさわしいだろう。その前足が、同じく二足歩行が困難な形に変形した後足とともに力強く地面を踏んだ。ぞろりと揃った牙の間から、ぺろり、と舌なめずりをしたかつての紫は、その姿にふさわしい大音声で、声高らかに吼え哮った。
「ワォーオゥウゥンッ!」
「犬? いや、狼か?」
 榊は妙に冷静な頭で、小学生の変化を見据えていた。今やその眼の前には、
つややかな銀色の体毛に覆われた一匹の巨大な狼が、眉間にシワを寄せながら、獰猛な視線で睨みつけてくるばかりだ。その迫力たるや、訓練された精強な警察犬ですら尻尾を巻きかねないほどに堂に入っている。
「殺すなよ、紫」
『判ってるよ』
 物騒な斑鳩星夜の注意に、口調だけは元の少年のまま、野太い声で紫が答えた。
「榊殿、ここは拙僧が!」
 錫杖を片手に狼の前に飛び出そうとした円光を、今まで無表情にほとんどしゃべらずにいた少女が制止した。
「……アナタの相手は私……」
 紫変じた狼の隣に寄り添うように、纏向琴音が前に出る。狼のサイズが大きすぎるからか、隣に立つ琴音の姿は、痛々しいほどに小さく、か弱く見える。だが、円光はその姿の内側に充満する、警戒するに値する力の漲りを感じ取った。
「……………」
 琴音の右手が、スカートのポケットから白い小さな紙切れの束を取り出した。手のひらよりも一回り小さなそれは、よく見ると大の字の形をしており、まるで頭を形作るかのように、上部の先端がやや大きめに丸く形作られていた。
 琴音は右手の紙束から左手で大雑把におよそ半分を抜き取ると、無造作に投げ捨てた。
「……来たれ……」
 琴音が、か細い声で小さく叫ぶ。すると、ただの人型の切り抜きに過ぎなかった白い紙の、ちょうど胸の部分に不思議な文様が浮かび上がった。一見梵字にも似た複雑な文様が一際強く輝いた瞬間。何十枚もの紙切れが、突然立体感を増し、まるで風船のようにぷくりと膨らんだかと思うと、一枚一枚が大きなヒキガエルに変じて狼の前に打ち広がった。ソフトボールの球ほどの大きさの、鈍い赤や黄色、黒などの色とりどりなカエルが、イボだらけの背中を並べて、時折河豚のように身体を膨らませる。一匹一匹でも人によっては恐怖を覚えるその姿が数十匹も並ぶ様は、その後ろで控える狼とはまた異なる独特の迫力をたぎらせて、榊達を威圧した。
『解剖したカエルが飛びついたときは悲鳴あげてたのに、イテッ!』
 狼姿の紫が低い声で笑い声をあげると、琴音は無表情のまま握りこぶしで狼の頭を殴りつけた。
「……ヒキガエルは、かわいい……」
 一言、ボソリ、とこぼした琴音は、右手に残った人型紙束を、円光めがけてヒョイ、と投げつけた。紙束は、不思議とばらけることもなく一直線に円光の胸めがけて飛び、円光の左手がそれをつかんだ。
「……拙僧にも、やってみせろ、と申すのか?」
 円光が当惑しながらも思ったことを口にすると、琴音は黙ってこくり、と頷いてみせた。
「遊ばれてますね、僕たち」
 鬼童がやや呆れたように言った。狼も、威嚇の唸り声こそあげるが一向に飛び掛ってくる気配がない。
「向こうの目的は時間稼ぎだからな。それより円光さんも、その紙で何か出したりできるのか」
 榊は、興味あり気に円光に言った。あのガマガエルがどれほどのものかは判らないが、ただのカエルと思うと痛い目を見そうなことくらいは榊にも予測できる。
「やってみましょう」
 対する円光は、気負いもせずに錫杖を目の前に突き立てると、紙束をトランプのカードのように扇状に広げてずいと目の前に掲げた。右手は顔の前で手のひらを垂直に立て、軽く目をつむって不動経の一説を口ずさみ、念を凝らす。
「顕現!」
 短く一言放つやいなや、円光はやにわに左手の紙束を前に投げた。人型の紙は綺麗にうち広がると、琴音が投げた時と同様に胸に一文字、こちらはれっきとした梵字が浮かび上がった。円光自身の額と同じ梵字が強い光を発した途端、突如として紙が立体感を増し、風船に息を吹き込むように膨らんで地面に散らばった。
 その一体一体がムクリと立ち上がってヒキガエルに対峙する。
 袈裟姿に錫杖を携え、剃髪の頭と額の梵字。だが体つきは3頭身ばかりにデフォルメされた、ミニチュア円光がずらりと勢ぞろいして並び立っていた。
「こいつはすごい!」
「円光さん、いつの間にそんな技を?」
 榊と鬼童の感嘆の声に、円光はややはにかみながら答えた。
「この錫杖を鍛えた蔵王権現の御力を借り、護法童子の召喚を試み申した。だが、どうやらこの紙自体に、何やら細工が施されていると見える」
 円光の答えに、鬼童も頷いた。確かに円光の力も凄まじく、そのまま紙に乗り移っているのも判る。だが、そもそも紙の方に、円光の力を受け止めて姿を変えられるように、何らかの霊的なフォーマットがなされているのは確かなようだ。
「相手の小道具というのが気に入らないが、何も無いよりはましか」
 鬼童は、カエルと対峙するミニチュア円光の背中を見て、ひとりごちた。後は互いの霊力、気力の比べ合いだ。
「で、僕の相手は君かい?」
 鬼童が斑鳩星夜に語りかけると、星夜はやれやれ、と両手を軽く左右に広げて、鬼童に答えた。
「しょうが無いな、残り物で我慢しよう。せいぜい退屈しないように頑張ってもらわないとな」

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