電脳筆写『 心超臨界 』

心地よいサマーレインのように
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( ラングストン・ヒューズ )

悪魔の思想 《 向坂逸郎――「いまに、中国から解放軍がくる」という証言の意味するもの/谷沢永一 》

2024-05-29 | 04-歴史・文化・社会
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■超拡散『移民受入れを推進した安倍晋三総理の妄言』
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さすがに向坂逸郎は役者として一枚上手(うわて)をゆき、さもしい立身主義者を見下し、軽蔑し、見えすいた阿諛追従(あゆついしょう)のかわりに、国民の全体をだますという壮大な仕事にとりかかります。とかく目高(めだか)は群れたがる、と平林たい子が嚙んで捨てるように言いましたが、共産主義国に媚びへつらうことに急であった進歩的文化人の群れよりも、共産主義国はけっして攻めてこないよ、と、国民を呆(ぼ)けにしようと企んだ向坂逸郎のほうが、共産主義国への貢献度という点では、はるかに優っていたと評価できるのではありますまいか。


『悪魔の思想』 「進歩的文化人」という名の国賊12人
( 谷沢永一、クレスト社 (1996/02)、p237 )
マスコミを左傾化させた放言家・向坂逸郎(さきさかいつろう)への告発状
第10章 最も無責任な左翼・教条主義者

  向坂逸郎(さきさかいつろう)
  明治30年生まれ。東京帝大卒。社会主義協会代表、社会党顧問、
  九大教授を歴任。社会党左派の理論的支柱。昭和60年没。

  マルクスとエンゲルスに心酔した向坂逸郎は、共産主義ソ連におい
  てはマルクスとエンゲルスによって論じられた理想主義が、そのま
  ま理論の通りに運営されていると信じこみ、この世の理想郷である
  ソ連にくらべて、日本はなんと駄目な国であるかと喚(わめ)き散ら
  す一本調子で、厖大な著作を残しました。共産主義は絶対の真理で
  あるから、その共産主義を表看板にしているソ連は、世界で最も自
  由で最も豊かで国民の教養が最も高い国であると、日本人に説教し
  つづけました。


10-6 「いまに、中国から解放軍がくる」という証言の意味するもの

ただし向坂逸郎は可憐にも根がお人好しであるらしく、話のはずみでつい重大な証言を残す結果となりました。この人が「わが国の知識人」と呼んでいるのは、もちろん世にいう進歩的文化人を指すわけですが、この文章によれば、戦後の進歩的文化人の間では、「いまに、中国から朝鮮半島から〈解放軍〉がくるという噂が耳うちされた」事実があるのです。

この「〈解放軍〉がくる」という見通しは、もちろん、それは嫌だ、という意味ではなく、それはありがたい、という熱烈な期待の感情であったこと言うまでもありません。これは記録に刻みこんで記憶しておくべき忘れてはならぬ証言です。

この一節によって判明した歴史的事実は、こうです。戦後の進歩的文化人の間では、今に共産主義国の軍隊が日本に攻めこんでくるぞという期待が高まっていたという、さもありなんと思われる内幕話です。もちろん、それが一日も早くあってほしいという熱烈歓迎の念であったこと、念を押すまでもないでしょう。

ゆえに進歩的文化人の言説は、大きくわけて次のような二通りの道筋をたどりました。第一に比較的おっとりした論理型は、自分が社会主義・共産主義にどれほど深い共感を抱いているかを一生懸命に弁じたてました。第二に、もっとなりふりかまわぬ熱烈な情念型は、ひたすらモスクワ政権と北京政権と平壌(へいじょう)政権におべんちゃらの限りをつくして持ちあげました。

行き方に多少の差はあったにしても、近く来たるべき「解放軍」の統治下において、一身上の保全をはかり、あわやよくば共産主義国の傀儡政権のもとで、顕職(けんしょく)にありつこうというつつましい願いにかられていたこことでは共通しています。進歩的文化人は、必ずしも本心からの共産主義者ではなく、わが身かわいさのため外国の共産主義政権に操(みさお)を捧げて、来たるべき時代における栄達を願いとする、小心翼々(しょうしんよくよく)の出世主義者だったのです。

さすがに向坂逸郎は役者として一枚上手(うわて)をゆき、さもしい立身主義者を見下し、軽蔑し、見えすいた阿諛追従(あゆついしょう)のかわりに、国民の全体をだますという壮大な仕事にとりかかります。とかく目高(めだか)は群れたがる、と平林たい子が嚙んで捨てるように言いましたが、共産主義国に媚びへつらうことに急であった進歩的文化人の群れよりも、共産主義国はけっして攻めてこないよ、と、国民を呆(ぼ)けにしようと企んだ向坂逸郎のほうが、共産主義国への貢献度という点では、はるかに優っていたと評価できるのではありますまいか。

朝日新聞に見る反日的報道の一例 へつづく
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