電脳筆写『 心超臨界 』

人生は歎き悲しむよりも
笑いとばすほうが人には合っている
( セネカ )

新興国家米国の粗野さが広まって、米国は大いに苛立った――高山正之

2024-02-06 | 04-歴史・文化・社会
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ハワイを乗っ取って間もなく、2隻の軍艦がホノルル港に入港し、乗っ取り劇の要となった米軍艦「ボストン」を挟んで投錨した。日本海軍の巡洋艦「浪速」とコルベット艦「金剛」だ。「浪速」の艦長は東郷平八郎といい、彼は樹立されたハワイ共和国に対していっさいの儀礼をとらなかった。それは明らかに米国の暴挙を非難するものだった。


『「モンスター新聞」が日本を滅ぼす』
( 高山正之、PHP研究所 (2008/4/17)、p167 )

《アメリカの暴挙に抗議した東郷提督》

話を戻す。カリフォルニアまで到達した米国は、このベルリン条約に従って、その次に太平洋の真ん中のハワイに目をつける。ハワイはじつは、憲法も備えた立憲君主国家で日本とも外交関係をもち、明治14年には国王カラカウアが初の国賓として訪日し、明治天皇と会っている。

米国はその当時、テキサスと同じようにこのハワイへも多くの米国人入植者を送り込み、ハワイ王国の政治経済に深々と食い込ませていた。

さらに米国市民はカリフォルニアを取ったときと同じに私設軍隊「ホノルル・ライフル部隊」をもち、それを脅しに使ってカラカウア王に「高額納税者にのみ選挙権を与える」など、米国系市民に有利な改変憲法に署名させた。「銃剣憲法」と呼ばれるものだ。

この結果、貧しいハワイ島民は、選挙権も被選挙権も失った。

1893年、米国がベルリン条約に調印してから8年目、「アロハ・オエ」の作曲者で知られる文人女王リリウオカラニは、議会を掌握する米国人グループに「米国人の権益は保証するからハワイのもともとの島民に選挙権を与えるよう憲法を改正する」と通告した。

米国はこの機会を待っていた。ただちにホノルル港に入港中の軍艦「ボストン」を女王の居城イオラニ宮殿に向け、海兵隊を上陸させた。

米公使は「淫乱で残虐な独裁者の女王から善良な米市民を保護するための軍事行動」と世界に向けて発信した。

リリウオカラニは屈して最後の外交文書にサインして退位し、米国人サンフォード・ドールを大統領とするハワイ共和国がハワイ王国に代わって誕生した。

彼女が最後にサインした外交文書は日本宛で、世界に先駆けて対日不平等条約の解消に合意するというものだった。

米国の行為はベルリン条約のいう無主物先占の法則に従ったものだ。それに「その影を踏んだ者は死刑にしてきた邪悪な専制国王を廃して島民の願いである民主的な共和国にする」というプロパガンダつきだ。

世界の誰が文句をいうだろうか。あとはテキサスと同じように、ほとぼりがさめるのを待って併合すればいい。米国は、これで太平洋に強力な橋頭堡(きょうとうほ)を確保したと思った。

ところがハワイを乗っ取って間もなく、2隻の軍艦がホノルル港に入港し、乗っ取り劇の要となった米軍艦「ボストン」を挟んで投錨した。日本海軍の巡洋艦「浪速」とコルベット艦「金剛」だ。

「浪速」の艦長は東郷平八郎といい、彼は樹立されたハワイ共和国に対していっさいの儀礼をとらなかった。それは明らかに米国の暴挙を非難するものだった。

「浪速」は1894年のハワイ王国1周忌の朝にもホノルルを訪れた。ドール大統領がハワイ共和国建国1周年の祝砲を要請すると、東郷は「その要を認めず」と拒否した。

「港に入っていた外国籍の艦船はみんな東郷に倣い、さながら王国の喪に服すようだった」と地元紙はその異様さを世界に伝えた。

同じ時期、英国はビルマ(現ミャンマー)に戦争を仕掛け、降伏したビルマ国王と王女をインドに流し、王子と王室に連なる貴族たちは皆処刑してここを植民地にしたが、世界の誰もが非を唱えなかった。

しかし、ハワイの侵奪とそれに抗議した東洋の新興国日本の話は世界に広まった。折りしもヨーロッパではジャポニズムが席捲していた。ゴッホもモネも、そしてセザンヌも『富嶽三十六景』を真似てサンビクトワール山を36枚、描いていたころだ。

新興国家米国の粗野さが広まって、米国は大いに苛立った。
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