電脳筆写『 心超臨界 』

何もかもが逆境に思えるとき思い出すがいい
飛行機は順風ではなく逆風に向かって離陸することを
ヘンリー・フォード

利巧な奴はたんと反省してみるがいい――水島総さん

2016-03-08 | 04-歴史・文化・社会
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【 水島総、ビジネス社 (2015/12/9)、p020 】

  僕は無智だから反省なぞしない。
  利巧な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか。
  (『近代文学』昭和22年2月号より)

久しぶりに、この小林秀雄の言葉を思い出した。敗戦後、「愛国」知識人、文化人たちが雪崩を打って転向し、あっという間に「進歩的文化人」と化した。彼らは大東亜戦争への恨みやつらみ、自己批判や懺悔、戦争責任の追及など、「たんと反省」して、新生日本の「平和」や「希望」「民主主義」を吹聴しまくった。その姿に小林が放った痛烈な皮肉の言葉である。小林はこの前に、次のように語っている。

〈この大戦争は一部の人達の無知と野心とから起こったか、それさえなければ、起こらなかったか。どうも僕にはそんなお目出度い歴史観は持てないよ。僕は歴史の必然性というものをもっと恐ろしいものと考えている〉(同出)

保守派から喝采を受け、よく引用されるが、相手は戦後の進歩的文化人や戦後左翼だけではない。戦後保守に向けて放たれた毒矢でもある。

( 中略 )

大東亜戦争の総括を、私たちはいまだきちんとやってもいないという思いが第一にある。例えば終戦の詔勅にも記され、ポツダム宣言受諾の最低条件だった「国体の護持」は戦後70年、本当になされてきたのか。とてもそうは思えない。少なくとも、旧文部省が学者を集めて発行した『国体の本義』から、大きく外れていることは確かだ。『国体の本義』は、わが国の国体について以下のように記している。

〈大日本帝國は、萬生一系の天皇皇祖の神勅を奉じて永遠にこれを統治し給ふ。これ、我が萬古不易の國體である。而してこの大義に基づき、一大家族國家として億兆一心聖旨を奉體して、克く忠孝の美徳を発揮する。これ、我が國體の精華とするところである。この國體は、我が國永遠不變の大本であり、國史を貫いて炳として輝いてゐる。而してそれは、國家の發展と共に彌々鞏く、天壌と共に窮まるところがない。我等は先づ我が肇國の事實の中に、この大本が如何に生き輝いてゐるかを知らねばならぬ〉
(『國體の本義』「第一、大日本國體 一、肇國」より)

( 中略 )

「国民主権」だと自明のことのように言われているが、当の日本国民は直視してみるといい。大東亜戦争の最終局面では、政府の政治家も軍人も、継戦かポツダム宣言受諾かを決められず、結局、昭和天皇の御聖断を仰いだ。近くは、あの民主党政権をあっさり選んだ国民である。そんな体たらくの「国民」ごときが、GHQの命令(強制)で「国民主権」を受け入れ、そのまま改正憲法に取り入れようとしている。一体、保守を自認する人々に、この2千6百年の皇室の国体のあり方を国民の手で葬ろうとすることに、何の畏れも、何の痛みも葛藤もないのか、誰もそれを指摘しないのか、という思いがする。

私は単純に「大日本帝国憲法に戻れ」という原則論を言っているのではない。現実的困難は、充分理解している。しかし、帝国憲法をもはるかに超えた日本の国柄と伝統の重みをもう一度、脚下照顧、考える時ではないかと言いたいのである。同時に、西欧近代が生み出した民主主義より、無私無欲、日本の心を象徴し体現する天皇をいただき、国民を日本国家の「大御宝」とする立憲君主制の日本型民主主義の方が優れているのではないかとの思いがあるからだ。私たちはそこまでさかのぼって考えるべきではないか。

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