電脳筆写『 心超臨界 』

人生は良いカードを手にすることではない
手持ちのカードで良いプレーをすることにあるのだ
ジョッシュ・ビリングス

不都合な真実 《 朝日新聞論説委員——長谷川煕 》

2024-10-02 | 04-歴史・文化・社会
電脳筆写『心超臨界』へようこそ!
日本の歴史、伝統、文化を正しく学び次世代へつなぎたいと願っています。
20年間で約9千の記事を収めたブログは私の「人生ノート」になりました。
そのノートから少しずつ反芻学習することを日課にしています。
生涯学習にお付き合いいただき、ありがとうございます。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■緊急拡散宜しく『日本を崩壊へ導く「選択制夫婦別姓」問題』
■『小樽龍宮神社「土方歳三慰霊祭祭文」全文
◆村上春樹著『騎士団長殺し』の〈南京城内民間人の死者数40万人は間違いで「34人」だった〉
■超拡散『移民受入れを推進した安倍晋三総理の妄言』
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


北畠は和歌山市内の県立高校を卒業しているが、その高校の同級生で無二の親友だった者が、このコラム掲載の時から何年も経ってからであるが、東京・新宿の紀伊國屋書店の裏の喫茶店で、「済州島ならすぐ行ける所じゃないか。なんで裏付けの取材もしないで、ああいうことを書くのか」との意味のことを北畠に言ったら、急に本人は不機嫌になり、ほぼその時を境に十代からの密な交友関係は消えてしまったという。


◆朝日新聞論説委員

『崩壊 朝日新聞』
( 長谷川煕、ワック (2015/12/22)、p49 )

全六巻の歴史書である室町期の『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』の作者北畠親房(ちかふさ)の一族の子孫とも言われる朝日新聞論説委員北畠清泰は、92年1月23日付夕刊と同年3月3日付夕刊の、論説委員が書く「窓」欄で吉田証言についてこう書いた。論説委員といういかめしい肩書によって吉田証言にお墨付きが与えられているのだ。まず1月23日付から要点を見てみる。

  「(筆者注 吉田清治が)記憶のなかで、特に心が痛むのは従軍慰
  安婦の強制連行だ。吉田さんと部下、10人か15人が朝鮮半島に
  出張する。総督府の50人、あるいは100人の警官といっしょに
  なって村を包囲し、女性を道路に追い出す。木剣を振るって若い女
  性を殴り、けり、トラックに詰め込む。

  一つの村から3人、10人と連行して警察の留置所に入れておき、
  予定の100人、200人になれば、下関に運ぶ。女性たちは陸軍
  の営庭で軍属の手に渡り、前線へ送られていった。吉田さんらが連
  行した女性は、少なくみても950人はいた。

  『国家権力が警察を使い、植民地の女性を絶対に逃げられない状態
  で誘拐し、職場に運び、1年2年と監禁し、集団強姦し、そして日
  本軍が退去する時には戦場に放置した。私が強制連行した朝鮮人の
  うち、男性の半分、女性の全部が死んだと思います』

  (略)

  マスコミに吉田さんの名前が出れば迷惑がかかるのではないか。そ
  れが心配になってたずねると、吉田さんは腹がすわっているのだろ
  う、明るい声で『いえいえ、もうかまいません』といった」

次に3月3日付はどうか。

  「従軍慰安婦を強制連行した吉田清治さんの告白が、この欄(1月
  23日付)で紹介された。その後、たくさんの投書をいただいた。

  去年、本紙と朝日放送が協力して進めた年間企画『女たちの太平洋
  戦争』にも、投書が相次いだ。担当者と話していて気づいたことが
  ある。それは日本軍の残虐行為はなかったとか、公表するなという
  人の論拠には、共通する型がある、ということだ。

  (1)そんなことは見たことも聞いたこともない。軍律、兵隊の心情
  にてらしても、それはありえない。もし事実だとしても、それは例
  外で、一般化するのは不当である。なかには自己顕示欲や誇張癖の
  ために、ゆがめられた話もあるだろう。

  (2)自虐的に自国の歴史を語るな。子孫たちが祖国への誇りを失っ
  てしまう。それに戦争が庶民を犠牲にすることは分かりきっている。
  過去を語っても無益。早く忘れよう。

  (3)日本軍の残虐行為を知ったら、遺族は、我が父、兄弟も加わっ
  たかと苦しむだろう。そのつらさを考えよ。(略)

  以上のように主張したい人々の気持ちはよくわかる。だれにも理屈
  だけでは動きたくない情というものがある。しかし、それだけでい
  いのか。

  (略)

  知りたくない、信じたくないことがある。だが、その思いと格闘し
  ないことには、歴史は残せない」

私は恥ずべきコラムと思う。北畠は和歌山市内の県立高校を卒業しているが、その高校の同級生で無二の親友だった者が、このコラム掲載の時から何年も経ってからであるが、東京・新宿の紀伊國屋書店の裏の喫茶店で、

「済州島ならすぐ行ける所じゃないか。なんで裏付けの取材もしないで、ああいうことを書くのか」

との意味のことを北畠に言ったら、急に本人は不機嫌になり、ほぼその時を境に十代からの密な交友関係は消えてしまったという。
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 不都合な真実 《 子宮頸がん... | トップ | 不都合な真実 《 百年の恨み... »
最新の画像もっと見る

04-歴史・文化・社会」カテゴリの最新記事