電脳筆写『心超臨界』へようこそ!
日本の歴史、伝統、文化を正しく学び次世代へつなぎたいと願っています。
20年間で約9千の記事を収めたブログは私の「人生ノート」になりました。
そのノートから少しずつ反芻学習することを日課にしています。
生涯学習にお付き合いいただき、ありがとうございます。
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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
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■緊急拡散宜しく『日本を崩壊へ導く「選択制夫婦別姓」問題』
■『小樽龍宮神社「土方歳三慰霊祭祭文」全文
◆村上春樹著『騎士団長殺し』の〈南京城内民間人の死者数40万人は間違いで「34人」だった〉
■超拡散『移民受入れを推進した安倍晋三総理の妄言』
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他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、道は
すこしもひらけない。道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。
心を定め、懸命(けんめい)に歩まねばならぬ。それがたとえ遠い道
のように思えても、休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてく
る。深い喜びも生まれてくる。
[ 松下幸之助翁 ]
明智左馬之介光春(あけちさまのすけみつはる)が、堀監物(ほりけんもつ)に城を完全に包囲され、今はこれまでと観念したとき、城内にあった数々の秘蔵の名器を城外におろし出し、「あたら灰となすに忍びぬ品々、貴公の手を経て世にお戻しいたしたい。お受けとりあれや」といったことは、『太閤記』にもある有名な話である。
◆世の宝
『道をひらく』
( 松下幸之助、PHP研究所 (1968/05)、p96 )
明智左馬之介光春(あけちさまのすけみつはる)が、堀監物(ほりけんもつ)に城を完全に包囲され、今はこれまでと観念したとき、城内にあった数々の秘蔵の名器を城外におろし出し、「あたら灰となすに忍びぬ品々、貴公の手を経て世にお戻しいたしたい。お受けとりあれや」といったことは、『太閤記』にもある有名な話である。
「それがしの思う所、かかる重器は、命あって持つべき人が持つ間こそその人の物なれ、決して私人の物でなく、天下の物、世の宝と信じ申す。人一代に持つ間は短く、名器名宝の命は世にかけて長くあれかしと祈るのでござる。これが火中に滅するは国の損失。武門の者の心なき業(わざ)と後の世に嘆ぜらるるも口惜しと、かくはお託し申す次第」
私心にとらわれることなく、いまわの際(きわ)まで公(おおやけ)の立場に立って判断し、処置を誤らなかったこの光春の態度には、長い歴史に培われた日本人本来の真価がうかがえると思う。
世の宝は何も秘蔵の名器だけではない。おたがいに与えられている日々の仕事は、これすべて世の宝である。世の宝と観じて、私心にとらわれることのない働きをすすめてゆくために、光春のふるまいを今日もなお、大いに範としたいものである。
日本の歴史、伝統、文化を正しく学び次世代へつなぎたいと願っています。
20年間で約9千の記事を収めたブログは私の「人生ノート」になりました。
そのノートから少しずつ反芻学習することを日課にしています。
生涯学習にお付き合いいただき、ありがとうございます。
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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
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■緊急拡散宜しく『日本を崩壊へ導く「選択制夫婦別姓」問題』
■『小樽龍宮神社「土方歳三慰霊祭祭文」全文
◆村上春樹著『騎士団長殺し』の〈南京城内民間人の死者数40万人は間違いで「34人」だった〉
■超拡散『移民受入れを推進した安倍晋三総理の妄言』
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他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、道は
すこしもひらけない。道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。
心を定め、懸命(けんめい)に歩まねばならぬ。それがたとえ遠い道
のように思えても、休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてく
る。深い喜びも生まれてくる。
[ 松下幸之助翁 ]
明智左馬之介光春(あけちさまのすけみつはる)が、堀監物(ほりけんもつ)に城を完全に包囲され、今はこれまでと観念したとき、城内にあった数々の秘蔵の名器を城外におろし出し、「あたら灰となすに忍びぬ品々、貴公の手を経て世にお戻しいたしたい。お受けとりあれや」といったことは、『太閤記』にもある有名な話である。
◆世の宝
『道をひらく』
( 松下幸之助、PHP研究所 (1968/05)、p96 )
明智左馬之介光春(あけちさまのすけみつはる)が、堀監物(ほりけんもつ)に城を完全に包囲され、今はこれまでと観念したとき、城内にあった数々の秘蔵の名器を城外におろし出し、「あたら灰となすに忍びぬ品々、貴公の手を経て世にお戻しいたしたい。お受けとりあれや」といったことは、『太閤記』にもある有名な話である。
「それがしの思う所、かかる重器は、命あって持つべき人が持つ間こそその人の物なれ、決して私人の物でなく、天下の物、世の宝と信じ申す。人一代に持つ間は短く、名器名宝の命は世にかけて長くあれかしと祈るのでござる。これが火中に滅するは国の損失。武門の者の心なき業(わざ)と後の世に嘆ぜらるるも口惜しと、かくはお託し申す次第」
私心にとらわれることなく、いまわの際(きわ)まで公(おおやけ)の立場に立って判断し、処置を誤らなかったこの光春の態度には、長い歴史に培われた日本人本来の真価がうかがえると思う。
世の宝は何も秘蔵の名器だけではない。おたがいに与えられている日々の仕事は、これすべて世の宝である。世の宝と観じて、私心にとらわれることのない働きをすすめてゆくために、光春のふるまいを今日もなお、大いに範としたいものである。