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冷たい熱帯魚

2011年02月27日 | 邦画(11年)
 『冷たい熱帯魚』をテアトル新宿で見てきました。土曜日の午後だったせいでしょうが、ほとんど満席の状況でした。

(1)この映画を製作した園子温監督の作品としては、最近では、『愛のむきだし』と『ちゃんと伝える』を見ています。前者は、オーム真理教事件を題材の一つにしていますし、後者では父親とその息子が同時にガンを患うという設定が設けられています。両者ともそれなりにかなり厳しい状況が描かれているとはいえ、本作品の内容はそれらをはるかに凌駕しているでしょう。
 特に、本作品は、実際に起きた誠に陰惨な事件(「埼玉愛犬家連続殺人事件」)に基づいているのですからなおさらです。
 といっても、映画はその事件をなぞろうというのでは全然なく、当該事件をヒントにしつつも、あくまでそれだけで独立した一個の作品を形成しているといえるでしょう。
 ですから、実際の事件では、首謀者夫婦は逮捕され裁判で死刑判決を受けているとか(確定)、その妻は映画の愛子ほど若くはない、共犯の男は、この映画の主人公とは違って3年の実刑を科されたものの、出所後に事件のことを書いた著書を出版している(注1)、などと論ってみても何も始まりません。

 では何が描かれているのでしょうか?
 この作品で主に描かれているのは、崩壊しかかっている家族ではないかと思います。
 外見上一番家族らしい形態がとれているのは、主人公・社本吹越満)の家庭。なにしろ、両親と娘が揃っているのですから。



 とはいえ、社本の現在の妻は後妻(神楽坂恵)で、娘(梶原ひかり)はこの継母を酷く嫌っているばかりか、母親の死後すぐにそんな女と結婚した父親をも大層憎んでいます。
 ですから、殺人鬼の村田でんでん)が、娘に自分の店(大規模な熱帯魚店)で働くように勧めると娘は喜んでそれを受け入れてしまいますし、後妻の方も、娘から嫌われていることに加えて、社本が営む熱帯魚店が酷くシャビイなこともあり、結婚したことをいたく後悔しています(後妻は、家事をやる気などすっかりなくしていて、3人が揃う夕食に出されるものは、すべて冷凍食品を解凍したものばかり)。
 このように、社本の家はいつ壊れてもおかしくないわけですが、にもかかわらず社本は、何とかそれを維持し立て直そうと必死になります。
 たとえば、いとも簡単に人を殺害してしまう村田の行動を見たら、常識的には、人はすぐさま警察に飛び込んで告発しようとするでしょう(少なくとも、その場からなんとか逃げようとするでしょう)。しかしながら、社本にあっては、そんなことをしたら妻や娘の命はないぞと村田に脅されると、家を守ろうとするあまり見て見ぬふりをし、あろうことか次第次第に共犯者的な関係に陥ってしまうのです。
 こうした社本の思いつめた努力は、物語の進展の中で報われるのでしょうか、それがこの映画の見所の一つだと思います。

 社本以外の登場人物の家族も皆うまくいっていないようです。
 いうまでもなく、殺人鬼・村田とその妻・愛子黒沢あすか)との関係は、一見すると緊密なようですが、内実は酷くおぞましいものですし、渡辺哲が演じる顧問弁護士(大きな家に一人で暮らしているのでしょうか)の存在が胡散臭くなってくると、愛子の肉体を罠に使って彼を死に至らしめたり、また社本の妻と肉体関係を持ったりもします。

 また、村田に毒の入ったドリンクを飲まされて殺される熱帯魚愛好家(諏訪太朗)も、行方不明になると登場してくるのが、その弟と称する男で、仲間のチンピラを率いて村田の会社に現れます。ですが、顧問弁護士から一喝されると、いともあっさりと引き下がる始末。行方不明の親族を探そうとする必死さは微塵もありません。



 こんなところから、劇場用パンフレットのインタビューで監督は、「今回は“徹底的に救われない家族”を描いてみました」と述べていますが、そんな言い分を素直に信じ込んでしまいたくもなってきます。

 ですが、「たい帯魚」というように、矛盾する言葉を一つのタイトルの中にわざわざ押し込んでいることをも踏まえると、あまり監督の言葉を額面通り受け取る必要はないかもしれません。
 ここからは完全ネタバレになってしまいますが、ある意味で社本は、最後に自分の思いを成し遂げて死んだのではないでしょうか?なによりも、自分を下僕のようにこき使いクソミソに貶した村田を世の中から排除するのに成功し、あまつさえ、死体を愛子に処理させるということまでやり遂げたのです(愛子は、そのために精神的に変調を来してしまいます)。
 さらに、社本は、自分もとから逃れようとした妻を殺した上で自殺することによって、最小単位ながらもその家を維持し得たのではないでしょうか?
 さらに社本は、自分が自殺することで完全に独り立ちできることになる娘には喜んでもらえ、自分を評価してくれると思ったようですが、それはいくらなんでも無理でした。
 なにはともあれ、ラストシーンでの社本は、目的を達成した後の実に穏やかな死に顔をしているのです!

 仮に以上のように見ることが出来るのであれば、本作品は、身の毛もよだつ事件のために危機に瀕した家族の繋がりを、死を賭して守ろうと頑張った男の物語だとも言えるのではないでしょうか?

 こんな社本を演じるのは吹越満です。『ヘブンズ・ストーリー』で主人公の少女・サト(寉岡萌希)の父親役を演じていましたが、それほど目立つ役柄ではありませんでした。ですが本作品では、狂言回し的な役割を果たしつつ、物語の進行と共に次第に存在感を増し、ラストでは大層重要な働きをしており、この人ならではの良さを遺憾なく発揮していると思いました。

 そして、殺人鬼・村田を演じているのが「でんでん」。
 映画『悪人』のラストの方で、深津絵里に「出会い系サイトで知り合って殺しちゃうなんて悪い奴だ」と話すタクシー運転手役を演じていましたが、この映画ではその持てる力を100%以上発揮させています。とにかく、人のいい熱帯魚店のおやじさんという面と、自分に少しでも逆らう者をいとも簡単に殺してしまう殺人鬼の面とを併せ持った役柄を、大変な説得力を持って演じているのには驚きました。「悪人」というタイトルを付けるとしたら、むしろこういう男を描く映画こそふさわしいのかもしれません。



 女優では、村田の妻・愛子を演じる黒沢あすかが、体当たりの演技を見せています。なにしろ、村田と一緒になって殺人を犯したり、その死体をバラバラにする役なのですから、さぞかし大変だったのではと思います(なお、彼女については、なんといっても塚本晋也監督の『六月の蛇』〔2003年〕での演技が印象的でした)。




(2)映画は、見る者に様々なことを考えさせる大変優れた作品と思いますが、それだけでなくこの映画には、140分を越える長尺にもかかわらずクマネズミを退屈させない点が備わっています。
 すなわち、希代の悪魔・村田が経営する熱帯魚店の名前が「Amazon Gold」だったり(注2)、アマゾン流域で獲れる世界最大の淡水魚「ピラルク(Pirarucu)」がその店の水槽の中で泳いでいたりするので、ブラジルで生活した経験があるクマネズミは、それだけでこの作品には釘付けになってしまいました(注3)。
 さらに加えて、アマゾン川には、血の臭いに接すると凶暴性を増すとされる肉食性の淡水魚「ピラニア(piranha)」が生息することからも(注4)、この映画とブラジルとの関連性を考えないわけにはいきません。本作品で流される血の量はただ事ではありませんから!
 さらに、関連性を探れば、村田の山中の隠れ家の屋根には、大きな十字架やキリスト像が置かれていますが、これはリオデジャネイロのコルコバードの丘にある巨大なキリスト像を思い起こさせますし、あちこちに転がっているマリア像も、ブラジルのマリア信仰に連想を誘います。
 なにより、クマネズミの滞在中には、日本で保険金殺人(少なくとも3人を殺害)を引き起こした犯人が逃亡してきて、アマゾン奥地で銃撃戦の末に射殺されてしまうという事件がありました(1979年)!

(3)この映画を見た後に、別の関心からフランシス・コッポラ監督の『ドラキュラ』(1992年)のDVDを見てましたら、本作品と通じる点がいくつもあるのではと思えてきました。
 別というのは、世界的な日本人デザイナーの石岡瑛子氏(71歳)についてのNHKTVの番組(注5)を見て、世の中にはすごい女性がいるものだなと驚き、それならアカデミー賞の衣装デザイン賞を受賞しているこの作品を見てみようと思ったからです(注6)。



 さて、どこらあたりが本作品が『ドラキュラ』と関連性を持っているのかというと、たとえば、
イ)どちらも大量の血が関係します。
 一方の『ドラキュラ』には、いうまでもありませんが、吸血鬼が登場します。それほど外に流れ出ないとはいえ、人間の体から吸い取られる血の量は大変なものです。
 他方、本作品の場合、解体作業が行われる浴室で飛び散る血の量はただ事ではありません。なお、あれだけ夥しい血を完全に洗い流すことなど不可能で、そうであれば海老蔵殴打事件ではありませんが、血痕のDNA鑑定によって行方不明者がそこにいたことの証拠を見つけ出すことができるのでは、そうなれば警察はもっと早い段階で事件をストップさせることができたのでは、などと余計なことを思ったりしてしまいました(注7)。

ロ)両者の隠れ家は、いずれも随分と人里離れた山の中に設けられています。本作品の場合、死体の解体作業を行う古ぼけた小屋に行くために、村田たちは車で随分山を登っています。だからこそ、長年にわたって秘密に出来たのでしょう。
 一方、『ドラキュラ』においても、ルーマニアのトランシルヴァニア地方にあるドラキュラ伯爵の城は、都市から随分離れたところにある峻厳な山の上に設けられています。そこに行くためには、やっと馬車が1台通れるくらいの細い道しかありません。

ハ)本作品における隠れ家の外観を見ると、十字架に架けられたキリストの像とかマリアの像とかが屋根などに取り付けられていますが、随分と壊れています。
 これは、ドラキュラ伯爵の城と似たような状況にあると言えるでしょう。なにしろ、ドラキュラ伯爵は、神を信じられなくなってしまったのですから、まともな聖像が置かれているはずがありません。たとえば、城の入口におかれている十字架には、動物の顔面した悪魔が架けられています(注8)。

ニ)吸血鬼を完全に殺すためには、心臓に楔を打ち込み首を刎ねる必要があり、それが『ドラキュラ』でも描かれていますが、これは、本作品において、顧問弁護士の生首を村田が社本に差し出すシーンや、社本が村田のボディを何度も執拗に突き刺す場面と通じるところがあるでしょう。

ホ)映画『ドラキュラ』では、全体としては吸血鬼を巡る物語ながら、ドラキュラ伯爵の妻エリザベートに対する強い愛が強調されているところ、本作品においても、殺人鬼・村田の突拍子もない行動が全編を覆い尽くしてはいるものの、やはり社本の家族愛が中心的に描き出されていると言ってもいいのではないでしょうか。

(4)渡まち子氏は、「衝撃的な内容は、見る人を選ぶだろう。ただ、人間の中に確かにある、ダークな側面を、エロスとタナトス全開でたたきつけるこの映画、抗し難いどす黒い魅力がある。勇気があれば、悪意の極北とそのなれの果てを覗いてほしい」として70点をつけています。




(注1)実際に殺人事件にかかわって有罪となって服役した男が書いた書物が、文庫版となっています(角川文庫『愛犬家連続殺人』〔志麻永幸、2000年〕)。

(注2)アマゾン川流域では、大勢の人(ガリンペイロといいます)が群がって金の採掘を行っていることによっているのでしょう(なお、映画PR用なのでしょう、この店のHPまで作成されています!)。

(注3)ただ映画で、村田が1000万円もの投資価値があると誇大に言っている「アジアアロワナ」は、おもに東南アジア産のようです(たとえば、このサイトのものは、100万円もします!)。

(注4)大昔になりますが、TVで放映された米国映画『ピラニア』(1987年公開)を見た記憶がありますが、いくらなんでも酷すぎる描き方で、実際にはむしろ臆病な性格を持つ魚のようです(また、「ピラニア軍団」も一時ありました)。

(注5)「プロフェッショナル/仕事の流儀」の第156回「時代を超えろ、革命を起こせ デザイナー・石岡瑛子」(2月14日放映)。
また、このサイトでも、石岡瑛子氏のことが簡単に紹介されています。

(注6)映画『ドラキュラ』の衣装については、記事を改めて述べてみたいと思います。

(注7)骨は焼却炉で完全に灰にしてしまうと、DNA鑑定が難しくなってしまうそうですが、できないわけではないとの情報もあります。仮にそうであれば、村田は、映画の中で「ボディを透明にす」れば警察も手が出さないというようなことを言っていますが、あるいはこれは埼玉愛犬家連続殺人事件当時(1993年)の事情に基づいた台詞なのかもしれません。

(注8)園子温監督の『愛のむき出し』では、巨大な十字架を西島隆弘らが担いで歩いている場面が映し出されています。




★★★★☆





象のロケット:冷たい熱帯魚


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6 コメント

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Unknown (かからないエンジン)
2011-02-27 08:57:36
TBありがとうございます。

いつもながらの内容豊富な考察、楽しく拝見させて頂きました。
コッポラ版「ドラキュラ」との関連性には気がつきませんでしたね。
他の評論家も触れてないみたいですし
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TBありがとうございました (西京極 紫)
2011-02-27 15:09:49
ラストの社本の満足しきった表情の解釈が
僕とまったく同じだったので驚きつつも嬉しく思います。
まさに人間の闇の部分を描いた作品でしたね。
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Unknown (ふじき78)
2011-09-15 00:00:47
こんちは。

> 「悪人」というタイトルを付けるとしたら、
> むしろこういう男を描く映画こそ
> ふさわしいのかもしれません。

「悪人」というより「悪でん」かな。
こんなの(誉め)撮っちゃったから、次の『大木家の~』では、でんでんさん完全にリミッター外れてしまいましたね。
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ほぼ同意だが… (やくざ)
2012-06-20 18:12:48
う~ん

顧問弁護士じゃないでしょ。あれはヤクザ。話が進むにつれ分かると思うが。
チンピラが取り合えず引き下がったのもヤクザが同席してるから。
それにあの家はもろヤクザの家。子分見りゃ分かるはず。

ラストのシーン。娘に評価してもらえると思った…という感想はなんだかなぁ?
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ヤクザと弁護士 (クマネズミ)
2012-06-21 22:07:18
「やくざ」さんの「やくざ」なコメントには「やくざ」にお答えしましょう。
「やくざ」さんは、「弁護士」と「ヤクザ」とは両立しないとお考えのようですが、この世には「ヤクザの弁護士」も「やくざな弁護士」も生息することは
よく御存じではないでしょうか?
なにより、又聞きながら、『ナニワ金融道』の青木雄二氏が、漫画の中で「弁護士はお上公認のヤクザ」であると言っているくらいですから!
なお、次のサイトの記事が参考になるかと思います。
http://okwave.jp/qa/q6211753.html

ともあれ、渡辺哲の役柄については、たとえば、次のサイトも参考になると思います。
http://www.kinejun.jp/special/dvd/41523.html
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Unknown (ヤクザ)
2012-06-25 19:09:57
熊ネズミよ、まだまだだな。ヤクザ系弁護士がいることなど万人が知っている。

いちいち博識ぶって説明せんでもよろし。逆に恥ずかしいぞ(笑)。

劇中、初めは『村田の顧問弁護士です』で、次は『村田の顧問アドバイザーです』と言ってただろ?たしか。

本当の弁護士ならずっと弁護士で通すだろ(笑)

ずっと弁護士だと信じて見たヤツがいたなんて、なんて映画脳のないヤツだと思っただけ。

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