孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ  “国民に幸せを取り戻す”という軍事政権の家父長・エリート主義

2014-10-22 22:59:27 | 東南アジア

(タイ軍政のプラユット暫定首相、安倍首相と初の首脳会談 【10月17日 newsclip】http://www.newsclip.be/article/img/2014/10/17/23512/8142.html)

【「私は依然不満だ。国民がまだ幸せではないからだ」】
インラック前首相のタクシン派政権と反タクシン派の対立による社会混乱を収めるとして、プラユット陸軍司令官(当時)が主導する軍事クーデターで軍部が権力を掌握したタイでは、プラユット氏が暫定首相に就いて軍事政権のもとで政治改革を進められていますが、民政移管スケジュールのずれ込みも報じられています。

****総選挙、16年にずれ込みも=タイ暫定首相が示唆****
タイ軍事政権のプラユット暫定首相は15日、民政移管に向けて2015年中に実施する意向を示していた総選挙が16年にずれ込む可能性を示唆した。【10月15日 時事】
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もっとも、プラユット暫定首相はその後、軍事政権長期化の意思はないとしています。

****政権長期化を否定=「毎日辞めたい」―タイ暫定首相****
「辞める用意はある。毎日辞めたいと思っている」。タイ軍事政権のプラユット暫定首相は15日、アジア欧州会議(ASEM)首脳会議出席のため訪れているイタリア・ミラノでタイの経済関係者らと行った夕食会でこう述べ、政権の長期化に否定的な姿勢を示した。タイのメディアが16日伝えた。

プラユット氏は席上、「(計画より)1日も長く(首相の)職にとどまりたいとは全く思わない」とし、「毎日けんかしている。家に帰ると妻ともけんかだ」と述べた。

その上で「私は依然不満だ。国民がまだ幸せではないからだ。国民に幸せを取り戻す必要がある」とも語ったという。

プラユット氏は先に、民政移管に向けて総選挙を2015年中に実施する意向を示す一方、新憲法制定のタイミングや改革の進展次第では総選挙が16年にずれ込む可能性も示唆していた。【10月16日 時事】 
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プラユット暫定首相が考える“国民が幸せを取り戻す”社会については、10月7日ブログ“タイ プラユット暫定首相(前陸軍司令官) 「よきタイ人」を育てる「12の価値」を提唱”(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20141007)でも取り上げたところです。

簡単に言えば、「王室を頂点とするタイ社会」という国体を護持し、国が決めたことには逆らわず、社会混乱をもたらすような政治批判は行わない・・・そういう「よきタイ人」をつくりたい意向のようです。

なお、前回ブログの冒頭写真に、タイ人年配女性にしては長身でスレンダーなプラユット暫定首相夫人(タイ有数の名門チュラロンコン大学の准教授だそうです)も写っていますが、プラユット夫妻の間でどいうやりとりがなされているかは知りません。

なお、タイ軍事政権は欧米からは援助停止や制裁措置を受けています。
ASEM首脳会議が開催されたミラノでは、安倍首相が欧米首脳に先んじてプラユット暫定首相との会談を行っていますが、早期の民政復帰を促す狙いも一応あったとされています。

“クーデターが発生した今年5月以降、米国は軍事演習や援助を停止し、欧州連合(EU)も交流延期の制裁措置を取っている。こうした中で安倍首相が会談に応じたのは、民主主義への早期復帰を促すとともに、対タイ最大投資国として関係維持を図る狙いもある。”【10月16日 産経】

【「タイ流の民主主義」】
英エコノミスト誌は、軍事政権が目論む「タイ流の民主主義」を揶揄するように伝えています。

****クーデター後のタイの現状と問題点****
9月13-19日号の英エコノミスト誌は、クーデター後のタイについて、軍事政権は「タイ流の民主主義」導入に努めている、と揶揄しつつ報じています。

すなわち、タイ軍事政権は、仲間内で議会を構成し、やはり仲間内で成る内閣を樹立し、さらに、選挙委員会に、新憲法の起草者の指名を命じるなど、彼らの言う「真の民主主義」確立に力を入れている。

バンコク市内も平静が保たれ、多くの市民は、軍の介入でインラック政府と反政府派の対立が終わったことに安堵している。

しかし、戒厳令は解除されず、2006年のタクシン追放に関わった軍関係者が返り咲いて、副首相、内務相、外相等の要職に就いている。

専門家の間では、今回の軍政も前回と同様、すぐ終わるというのが一致した見方であり、体制寄りの各新聞も、軍政の期間を1年と報じている。
しかし、将軍たちが選挙による民主主義を廃し、「有徳な人々」による長期支配を目指す可能性もなくはない。

軍事政権の基盤にあるのは厳格な家父長主義であり、そのため、現在、不法就労、密輸、売春、麻薬取引等、非公式経済の一掃が進められているが、将軍たちはタクシン流の人気取り政策を行う必要も感じている。

そのため、財政を破綻させかねないコメ補助金政策は維持、予定されていた消費税の引き上げも凍結し、燃料価格も大幅に引き下げた。

さらに、富裕な既得権層の擁護者であるにも拘らず、土地税や相続税の導入も検討している。

軍事政権は、多くの問題に直面している。輸出不振で経済は成長せず、消費も低迷、投資や観光も下降線を辿っている。バンコクの空港はアジアで唯一、利用客が減っている。

安定した電力供給、工業基盤、教育を受けた労働力を擁し、ビジネスに最適とされていたタイだが、その魔力の一部が失われていることは否めない。

タイが今後どうなるかは、プミポン国王の健康にかかるところが大きい。国王が死去すれば、軍事政権は守りの姿勢に追い込まれ、反自由主義が長引く可能性は十分ある。

既に、軍事政権は、国王の言う「十分な経済」という考えに飛びつき、生活水準を測る物差しは所得ではなく、幸福だと言っている。

将軍たちは迷信にも弱い。亡命したタクシンの動きを粉砕しようとしているが、その進め方には慎重だ。裁判所もコメ補助金問題でインラックに有罪判決を下すのを引き延ばしている。軍事政権に自信がつけば、タクシンやインラックへの対処はもっと厳しくなるだろう。

一方、人権団体は、イスラム反体制運動が燻るタイ南部で1970年代にあったような軍事法廷が設けられることを恐れている。

また、クーデター反対派への対処は概して穏やかだが、一部活動家の消息不明や拷問の話は聞かれる。

新憲法の詳細が明らかになれば、今後の方向性が多少見えて来るだろうが、新憲法の中身に関する公開議論はまだない、と報じています。(後略)【10月16日 WEDGE】
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“国民に幸せを取り戻す”まで軍政で“改革”を進める・・・・という話になると、長期化の可能性も出てきます。

一院制で全議員を任命制とする選挙のない制度も選択肢
国民を幸せにすべく軍政が目指す新憲法の一端が見えてきました。

****タイ政治改革、非民主的選択肢も 国家評議会が初会合****
軍事クーデターが起きたタイで、民政復帰に向けた諸改革や新憲法起草に取り組む国家改革評議会(NRC、250人)が21日、初会合を開いた。

メンバーにはタクシン元首相派やクーデターに批判的とされる人物は極めて少ない。議論が民主主義と逆行し、タクシン派の抑え込みの方向に流れる心配も出ている。

NRCは同日、ティエンチャイ元チュラロンコン大学学長を議長に選ぶなど正副議長を選任。

今後、改革の議論を本格化させる。「たたき台」になるのは、クーデターで権力を奪取した国家平和秩序評議会が、各界識者の意見などをまとめたとするガイドライン(指針)だ。NRCメンバーに事前に配られていた。

指針は政治、経済、地方行政など11分野に及ぶ。最も重要なのが政治改革だが、その内容が物議を醸している。

クーデターで崩壊したタクシン氏の実妹のインラック政権の状況を批判。議会制民主主義の理念に沿った様々な選択肢を列挙しつつも、民主主義と相いれない制度がどの項目にも併記されているためだ。

例えば、議会については「上院による下院のチェック機能が働かず、議席数にものを言わせて政府が『議会独裁』とも言えることをしてきたことが問題だ」と指摘。選択肢に一院制で全議員を任命制とする選挙のない制度も含めている。

政党については「一部の政党が政治ビジネスに走ったり、背後に資本家がいたりする」と指摘し、タクシン氏が資金面で支えてきたこれまでの与党を暗に批判。

国会議員も「買収や不正で正しく有能な人物が選ばれていない」と言及。「王制に批判的な人物は議員になれない」「議員は政党に所属できない」といった極端な選択肢も示す。

さらに内閣については、首相を議員でない人物からの任命制にすることを選択肢の一つに含めている。

反タクシン派の一部には「タイでは、票の買収が常態化し、選挙を通じた民主主義の原理は通用しない」(NRCメンバーのソムバット前国立開発行政研究院学長)といった主張が根強く、議論が非民主的な政治制度へ傾く可能性がある。

スコータイ・タマティラート大学政治学部長のユタポーン准教授は「この改革は新憲法の土台となる。憲法は国民の権利や自由などを定めるもので、ある政治勢力の排除を目的としてはならない」と心配する。

軍部が改革の方向に影響を与えようとしているのではないかとの懸念に、前陸軍司令官のプラユット暫定首相は10日のテレビ演説で「(NRCのために)情報を用意し、問いかけをしただけだ。解釈はNRCに委ねている」と否定した。【10月22日 朝日】
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発想の根底には、教養もなくカネでつられる農民など低所得層に政治をゆだねる訳にはいかない・・・というエリート主義があります。

民主的な普通選挙を求める学生らの抗議行動が続いている香港でも、梁長官は行政長官選挙について「全て数の論理に基づくならば、香港市民の半数にあたる月収1800米ドル(約19万円)未満の人々に向かって話しかけることになるのは明らかだ」と語り、低所得層に左右される政治への嫌悪感を示していますが、それと同様な発想です。

極めつけは“一院制で全議員を任命制とする選挙のない制度”という、民主主義の全否定です。
もちろん“選択肢”のひとつのようですが、たとえ選択肢にしても、こうしたものが挙げられることからして、今後の方向が推察されます。

権力者が「よきタイ人」「国民の幸せ」を規定し、その考えにそぐわないものは排除するという自由と人権が制約された不幸な社会に陥ることを懸念します。

なお、最近の世論調査では、プラユット軍事政権について57.3%の人が 「満足」、36.3%の人が 「不満」 と答えているそうで、軍事政権は国民的に支持されています。

国民が望んでいる道であれば、よそ者がとやかく言うのは、上から目線の“おせっかい”というものでしょうが、おせっかいついでに言えば、戦前の日本でもドイツでも、国民が支持しながら大きく道を間違えることにもなりました。
また、現在も、中国では共産党政権は基本的に国民に支持されていますし、北朝鮮ですら世論調査のようなものがあれば、それなりの数字が出るでしょう。

ただ、世論というのは、そういったものだ・・・・と言ってしまうと、軍事政権的な民主主義の否定、「有徳な人々」による支配の肯定にもなります。
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