孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

メキシコ  学生失踪事件と高速鉄建設契約における疑惑で、高まるペニャニエト大統領への批判

2014-11-11 22:32:09 | ラテンアメリカ

(11月8日 メキシコ市 学生失踪事件へ抗議して、大統領宮殿に火を放つ群衆 “flickr”より By Miguel Ángel Azúa García https://www.flickr.com/photos/mikeazu/15126694723/in/photolist-pY6vcd-q12pg6-pW4ER9-q13kZK-p3Ggkr-p3Ci8y)

当初から懸念はされていたペニャニエト大統領の麻薬組織対応
メキシコでは強力な複数の麻薬組織が大きな力を持ち、カルデロン前政権は麻薬消費国アメリカとも協力して軍隊を動員してこれに力で対抗、麻薬組織と軍の衝突、および麻薬組織間の間の抗争による治安悪化で、推計7万〜11万人とも言われる死者を出す「麻薬戦争」と言われる社会状況があります。

こうした「麻薬戦争」による犠牲者の増大・治安の悪化を嫌気した国民世論を背景に、2012年7月に行われた大統領選挙では、野党・制度的革命党(PRI)のエンリケ・ペニャニエト前メキシコ州知事が、カルデロン大統領が行ってきた麻薬組織との全面対決を批判して勝利しました。

ただ、PRI はかつて71年間の長きにわたり与党の座にありましたが、政策の矛盾、党内の腐敗の深刻化などによって、2000年政権を失った政党で、体質的に腐敗が懸念される政党でもあります。

そうした事情もあって、麻薬組織との全面対決を回避する方針のペニャニエト大統領については、就任当初から麻薬組織と“取引”するのでは・・・との懸念も持たれていました。

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野党の2候補はともに、麻薬組織対策からの軍の撤退を主張。PRIは州横断で警察を強化するよう唱えている。長い与党経験を生かして治安を回復できるのでは、との期待もある。

ただPRIは昨年12月にも党首が汚職疑惑で辞任するなど、今も腐敗イメージがつきまとう。軍を撤退して麻薬組織と取引するのでは、との疑念も飛び交う。

米国は警戒感をあらわにする。米メディアによると、アリゾナ州で5月開かれた、米下院国土安全保障委員会の麻薬問題の小委員会公聴会で、米司法省幹部は「いかなる変化も極めてダメージが大きい」と言い、同州選出のクエール下院議員は「次のメキシコ大統領が麻薬組織に目をつぶって譲歩することのないよう望む」と声を強めた。【2012年6月4日 朝日】
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2012年7月2日「メキシコ 大統領選挙で治安悪化を批判する野党候補勝利 “麻薬戦争”の行方は?」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120702)でも書いたように、麻薬組織が強い地域では警察は麻薬組織と癒着しているか、おそれをなして機能していないかのどちらかであり、そんな状況で軍を引っ込めて、警察の強化で本当に事態が改善するものだろうか・・・という感もありました。

そのペニャニエト大統領のもとで、武力中心の麻薬犯罪組織掃討・全面戦争から一般犯罪の取り締まりに治安対策の主軸を移しましたこともあって、確かに2014年上半期の殺人件数が、ペニャニエト大統領が就任した2012年の同期比で29%減少したそうです。

麻薬組織と市・警察の驚くべき癒着
しかし、麻薬組織の活動が縮小した訳でもなく、ペニャニエト大統領がこの“成果”を誇った直後にも、凶悪な犯罪が発生し、国民を震撼させているのは10月12日ブログ「メキシコ 「麻薬戦争」の現状 大統領は殺人事件減少を誇示しましたが・・・・」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20141012)でも取り上げました。

特に、9月26日に起きた、急進的な抗議運動の中心でもある教員学校の学生57人がバスから連れ去られた事件は、
43人が殺害された模様であること、何よりも、市長夫人が麻薬組織創設者の兄弟で、市公安当局の指示で犯行がなされたことで、大量殺人は珍しくないメキシコであっても特異な事件となっています。

“癒着”と言うより、麻薬組織が市・警察を支配していたと言った方がい状況で、市長夫妻は事件後逃亡しました。
麻薬組織と共謀したとしてされる警察を軍が武装解除し、市警察官26人が取り調べを受けています。

捜査の過程で、大量の遺体があちこちで発見されますが、当該事件の被害者ではないことも明らかになりました。
ということは、当該事件以外にも、大量殺人が日常的に行われてきたということでもあります。

11月4日には、地元警察に学生らの襲撃を指示した疑いがもたれている市長とその妻の身柄が逃亡先で拘束されました。

また、麻薬組織メンバーが、警察から引き渡された学生を殺害したと供述していますが、まだ遺体は確認されていません。

****メキシコ学生失踪事件、3容疑者が学生40人以上の殺害を供述****
メキシコ南西部ゲレロ州イグアラ市で今年9月に6人が殺害され学生43人が行方不明になっている事件で、容疑者の麻薬組織のメンバー3人が、学生40人以上を殺害し、遺体を焼却したと供述した。ヘスス・ムリジョ・カラム連邦検察庁長官が7日、発表した。

3人の容疑者によると、学生たちは、麻薬組織「ゲレロス・ウニドス」とつながりのある警察から、イグアラとコクラの町の中間で3人に引き渡された後、殺害されたという。【11月8日 AFP】
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激しい抗議行動 その矛先は大統領にも
市長夫妻・警察と麻薬組織の一体化という事実、連れ去られた学生の発見ができないことに関し、事件発生当初から学生らの激しい抗議行動が繰り返されています。

***学生43人失踪に抗議、デモ隊が政府庁舎に放火 メキシコ****
学生43人が犯罪組織とつながりのある警察に襲撃され行方不明となる事件が起きたメキシコ南部ゲレロ州で13日、事件に抗議するデモ隊が暴徒化し、州政府庁舎の一部に放火した。(後略)【10月14日 AFP】
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****学生43人失踪に抗議、デモ隊が市庁舎を襲撃 メキシコ***
学生43人が犯罪組織とつながりのある警察に襲撃され行方不明となる事件が起きたメキシコ南部ゲレロ州イグアラで22日、事件に抗議するデモ隊が暴徒化し、市庁舎に放火した。【10月23日 AFP】
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失踪した学生たちの家族や友人、更には国民世論の批判を受けて、ゲレロ州のアンヘル・アギーレ州知事は辞職を表明しましたが、抗議行動は治まっていません。

****メキシコ学生失踪事件、教師が州知事公邸前で猛抗議****
メキシコ南西部ゲレロ州の州都チルパンシンゴで29日、学生43人が先月末から行方不明となっている事件に抗議する教師たちが暴徒化し、アンヘル・アギーレ州知事の公邸に押し入ろうとした。(後略)【10月30日 AFP】
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学生だけでなく、教師にも血の気の多い方が多いようです。

批判の矛先は、大統領にも向かっています。
“ペニャニエト大統領は、犯罪組織の壊滅と治安の回復を重要施策の1つに掲げていますが、警察や市当局と犯罪組織の癒着が疑われる事態に大統領に対する抗議の声も高まっています。”【11月11日 NHK】

****メキシコ学生失踪事件、デモ隊が大統領宮殿に放火****
メキシコ南部ゲレロ州で学生43人が行方不明になっている事件で、麻薬組織のメンバーが43人の殺害と遺体の処分について供述したことを受け、首都のメキシコ市では8日、同事件に抗議するデモ隊が大統領宮殿を襲撃し、火を放つなどした。【11月10日 AFP】
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****メキシコ学生失踪事件に抗議のデモ隊、空港への道路を一時封鎖****
メキシコ南西部ゲレロ州で今年9月から行方不明になっている学生43人を麻薬組織の構成員らが殺害したとみられる事件で、怒ったデモ隊が10日、同州のリゾート地アカプルコで警察と衝突し、さらに国際空港に通じる道路を封鎖した。【11月11日 AFP】
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高速鉄道建設を巡る新たな疑惑も浮上
この事件で、ペニャニエト大統領の政権は最大の危機に直面していますが、そのさなか、高速鉄道建設契約入札における中国企業との間での新たな疑惑が浮上しています。

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中国企業を中心とする企業連合が、37億ドル(約4250億円)規模とされる高速鉄道の建設契約を勝ち取っていたが、ペニャニエト大統領の妻が同連合に加盟しているメキシコ企業1社から邸宅を購入していたことが発覚した。

大統領は先週になって突然この契約を破棄した。大統領報道官は、大統領の妻は自分の資金で住宅を購入したもので、妻の住宅購入の報道と高速鉄道の契約破棄とは無関係だったと述べた。【11月11日 AFP】
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このメキシコ高速鉄道建設受注は、最近日本との競合も取りざたされることが多い中国高速鉄道の華々しい成果でもありました。
ただ、他国企業が入札をあきらめ、中国企業だけが入札するという変わった展開で実現したものです。

****中国の時速300km高速鉄道、初の輸出先はメキシコに決定か・・・中国鉄建主導のコンソーシアム****
・・・・・中国鉄建総裁助理で中国鉄建国際集団董事長(会長)の卓磊氏によると、このたびのメキシコにおける入札では、公示から締切まで2カ月しかなかった。そのため、他社は期限までに入札書を作成することができなかった。

一方で、中国側は中国国内に200人、メキシコで200人という入札書作成の「巨大チーム」を組織した。卓董事長は「私の職業人生で、これほど大規模な入札書作成チームを組んだのは初めて」と説明した。結果として、“ダークホース”である中国鉄建が主導する国際コンソーシアムだけが「浮上」することになったという。

同プロジェクトでは、入札の可能性があるとみられていた独シーメンスが見送ったなどで、中国だけが入札した。

中国は、トルコのアンカラとイスタンブルを結ぶ全長533キロメートルの高速鉄道のうち、第2期工事分の158キロメートル分を、トルコ企業とともに請け負った。ただし、同路線は最高時速が250キロメートルであり、最高時速300キロメートルの路線は、最終的に確定すれば「初輸出」となる。(後略)【11月4日 Searchina】
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“中国メディアの環球網は5日、海外メディアの目には中国高速鉄道が「中国の進歩」の縮図に映っているらしいとし、ドイツのメディアが「中国は今、模倣から革新の段階へと移行しつつあり、高速鉄道は中国の革新を代表する作品」と報じたことを紹介した。”【11月9日 Searchina】との報道に垣間見えるように、高速鉄道輸出は中国の強烈な自尊心を具現化したものでもあります。

ところが、メキシコ政府が突然、契約を撤回すると発表して騒ぎとなっています。

****メキシコ初の高速鉄道、中国勢の受注取り消し 入札やり直しへ****
メキシコ政府は6日、同国初の高速鉄道の建設をめぐり、3日前に中国企業を中心とする企業連合と締結した契約を撤回すると発表した。入札プロセスをめぐり懸念が生じたためという。

この高速鉄道計画は、首都メキシコ市と中部の工業都市ケレタロを長さ210キロの鉄道で結ぶもの。入札に唯一応じた中国鉄建とメキシコ企業4社による企業連合が3日、37億5000万ドル(約4300億円)で受注していた。

しかし、ヘラルド・ルイス・エスパルサ運輸相によると、エンリケ・ペニャニエト大統領が「3日の決定を無効とし、入札をやり直す」と決定したという。

受注を無効とした理由は、入札プロセスにおける「合法性と透明性に関するあらゆる疑義」を避けるためだと、ルイス・エスパルサ運輸相は説明した。運輸省の声明によると、大統領は「疑問と懸念を呈する世論が生じたことを受けて」契約撤回の決断を下したという。【11月7日 AFP】
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当然、中国側は怒っています。

****中国鉄建「法的措置も」 メキシコ高速鉄道取り消しで ****
メキシコ政府が入札のやり直しを決めた高速鉄道の建設プロジェクトについて、当初落札していた中国国有の鉄道建設大手、中国鉄建は9日、「必要なら法的措置を取り、企業の合法的な権益を守る」との声明を発表した。国営新華社が報じた。

同社は声明で「メキシコ政府の規定を終始順守した」とした上で、同国政府の決定は「異常で、驚きを禁じ得ない」と強調した。【11月9日 日経】
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当初の短期間に設定された入札期間も奇妙でしたし、突然の取り消しの原因とされた「疑問と懸念を呈する世論」とは一体何か・・不思議に思っていたのですが、どうやら先述のような大統領夫人の邸宅購入に関する疑惑や、以下のような資金提供疑惑のようです。

****メキシコの高速鉄道プロジェクトに汚職か、入札やり直しへ―中国メディア****
2014年11月9日、財新網によると、メキシコ参議院の野党議員は政府の進めている首都・メキシコシティとケレタロを結ぶ高速鉄道プロジェクトの入札に汚職が存在していた可能性があると問題を提起した。

同議員は4日に行われた参議院議会で、中国の鉄道建設大手・中国鉄建、車両メーカー・中国南車とともに応札したメキシコ企業の1つは、社長が1994年に退任したカルロス・サリナス・デ・ゴルタリ元大統領の親類であり、現在のエンリケ・ペーニャ・ニエト大統領にも政治資金を提供していると指摘。

汚職を直接示す明確な証拠はないものの、その疑いは十分あるとし、法に従って入札全体の透明性を確保すべきだと主張した。

エスパルサ通信・運輸相は7日、大統領が3日の入札結果を破棄、新たに入札をし直すことを決定したと発表。合法性と透明性を考慮してのことだとしている。【11月10日 Record China】
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“メキシコのペニャニエト大統領は10日から訪中し、中国の習近平国家主席と会談する予定だ。”【11月9日 日経】とのことですが、まだその関連報道は目にしていません。

あわてて契約を取り消した狼狽ぶりを見ると・・・・という感もありますが、もし疑惑が事実なら、麻薬組織と市長・警察の癒着を示す学生失踪事件と併せて、ペニャニエト大統領の進退が問われることにもなりそうです。
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