(イラク北部のキルクークの油田 石油都市キルクークの帰属問題 石油利権を巡るクルド自治政府とイラク中央政府の対立はイラクが抱える大きな“爆弾”のひとつです。“flickr”より By iAMiAN_
http://www.flickr.com/photos/iamian_/1387989501/in/set-72157594522585783/)
【宗派和解を望んだイラク国民】
イラクで7日に投票が行われたイラク連邦議会(定数325)選挙は、イラク選管によると開票率は20日現在で92%まで進んできました。
現地の情報を総合すると、シーア派のマリキ首相が率いる宗派横断型会派「法治国家連合(SLC)」、シーア派ながら、世俗派候補を集めてスンニ派の支持も集めたアラウィ元首相の会派「イラク国民運動(イラキヤ)」ともに325議席中の90議席前後を獲得しそうな勢いで、シーア派主導のイラク国民同盟(INA)は約70議席、クルド人会派は約40議席と見られています。
宗派横断型のSLC、イラキヤがトップを競り合う状況は、宗派対立による暴力にうんざりした有権者の意思表示ともとれます。
政権運営に自信を深めるとともに、ときにアメリカとも対立し、また、強権的側面も批判されるようになったマリキ首相に対し、アラウィ元首相は穏健派政治家として評価され、アメリカも支援しているとされています。
接戦の結果を受けて、マリキ首相のSLCを軸とする政権ができるのか、マリキ首相とアラウィ元首相の大連立が成立するのか、あるいはアラウィ元首相とシーア派INAの反マリキ連合が政権を握るのか・・・これから紆余曲折がありそうです。【3月20日 毎日より】
【毎日1億7200万ドル】
上記記事が併せて伝えているのが、イラクの石油生産事情です。
現在でもイラクの原油産出量はOPEC加盟国中の第3位で、毎日1億7200万ドルを生みだしています。
まさに「アラジンの魔法のランプ」です。
今後、産出量は倍増するとも見られています。
復興とともに今後拡大することが見込まれる石油生産から生まれる収益をどのように国内に配分し、また、国際社会、隣国イランなどのOPEC加盟国との調和を保つかが、今後の復興のカギになります。
****OPECに新たな火種…イラク増産なら他国は減産******
イラクが油田開発を外資に開放し、サウジアラビアの生産量に匹敵する生産量を確保できる可能性が開けたことで、OPECは大きな火種を抱えた。OPECは全体の生産量を定め、加盟国ごとに生産量を割り当てているが、イラクが順調に増産すれば市況次第では他の加盟各国が減産を強いられる可能性があるためだ。エネルギー関係者からは「パンドラの箱が開いた」と今後の混乱を指摘する声が相次いでいる。
生産割り当ては、確認埋蔵量などを元に算出する。原油価格を維持するのが目的で、現在は08年12月に決定した日量2485万バレルを維持している。原油価格が上昇すれば増産を決め、各国の割当量も拡大する。下落した場合は逆となる。だが各国とも収入を確保したいため、減産時には割当量を上回る「抜け駆け増産」が後を絶たない。
イラクはこれまでイランとほぼ同量の生産量が割り当てられてきた。しかし、フセイン政権時代の90年8月にクウェートに侵攻して以来、現在もイラクはOPEC加盟国で唯一生産枠組み外に置かれている。
理論上はイラクは無制限の増産が可能となるが、イラクのシャハリスタニ石油相は「生産割当量の枠組みに復帰する」考えを表明。戦火などの影響で、イラクの生産量が低迷してきた間に「加盟国はイラクの減少分を増産して利益を得た」と指摘し、復興のためイラクの増産を無条件に認めるよう求めている。
IHSグローバルインサイトの石油アナリスト、サミュエル・チショク氏(中東担当)は「イラクの生産量がイランの生産量に並ぶ数年後から交渉が本格化する」と指摘、各国の利害が絡むだけに「壮絶な交渉になる」と予測する。【3月20日 毎日】
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【イランの干渉】
記事がとりあげている国際面で言うと、焦点となるのはイランの動向です。
イランは欧米の経済制裁によって経済状況は悪化し、また欧米の最新技術を利用できないため、現在の日量370万バレルを超えて増産するのは困難な状況にあります。
イラクの増産で石油価格が下落すると、イラン経済はますます困窮します。
そのためイラクへ産出量割り当てを課すように働きかけていますが、今後イラク内政への強い影響力を行使して“干渉”してくることも予想されています。
今後3年以内にイラクが生産水準でイランを追い付く事態を、イランが受け入れるかどうかが問題であるとも指摘されています。【3月24日号 Newsweek日本版】
【「外資とはこれ以上、契約しない」】
日本との関連で言うと、新日本石油など日本企業連合によるナシリヤ油田(イラク南部)開発交渉が行き詰まっています。
****ナシリヤ油田:日本企業連合、イラク側と交渉決裂の恐れも*****
条件面で合意に至らないままイラクで連邦議会選が行われ、交渉相手となる新政権の発足待ちとなっているためだ。新政権の石油政策がどうなるかも不透明で、交渉決裂の恐れも出ている。
イラク南部にあるナシリヤ油田は、日本の1日の消費量の15%に当たる日量60万バレルの生産が見込まれている。復興を急ぐイラク政府は昨年、約40年ぶりに油田開発を外資に開放。ナシリヤ油田については最終的に、新日本石油、国際石油開発帝石(INPEX)、日揮の日本企業連合に候補を絞り込んで調整に入った。
しかし、資金など条件面で交渉が難航。7日の連邦議会選が近づくと、イラク政府関係者から「外資とはこれ以上、契約しない」(マリキ首相)などと打ち切りをにおわせる発言が相次いだ。
イラク政府は昨年、ナシリヤ以外でも油田やガス田で2回の国際入札を行い、石油資源開発・マレーシア企業連合を含む10件の契約を成立させた。経済産業省幹部は「十分な産出量を確保できる見通しが立ち、ナシリヤ油田の交渉を急ぐ必要がなくなった」とみる。また、イラク国内では油田権益を外資に奪われることに反発があり、世論に配慮した点もあるとみられる。
日本企業連合や政府に交渉打ち切りの連絡はなく、直嶋正行経済産業相は「継続中と理解している。選挙結果を踏まえて考えたい」という。新日石も「イラクから何も伝わっておらず、交渉は継続中」との立場だ。
イラク側は国営会社を設立して自ら開発する意向も示しているが「外資の資金や技術なしには難しい」(経産省)のが実情。経産省幹部は「日本企業との交渉継続、新たな入札実施などあらゆる可能性がある」と話す。政府はメキシコで29、30日に開かれる国際エネルギーフォーラム閣僚会合で、イラク現政権に交渉進展を要請する方針だ。【3月20日 毎日】
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イラク側の一連の発言は、連邦議会選を控えた有権者向けとの見方もありますが、新政権の枠組みは固まるのにしばらく時間がかかりそうですので、ナシリヤ油田開発についてもしばらくは保留が続きそうです。
【内紛の火種 石油収益の国内配分】
石油収益の国内配分は、イラク復興にとって更に厄介な問題です。
特に、北部クルド自治区においては民族問題と絡んできますので、その取扱には注意を要します。
イラク中央政府とクルド自治政府は、石油都市キルクークなど自治区外のクルド人集住地区の帰属や、油田開発・収益配分を巡って対立。クルド議会は昨年6月、キルクークなどを自領とする新憲法案を可決しました。
クルド側は独自に外国企業と油田開発契約を締結、昨年6月には輸出も開始しましたが、中央政府側はこれを「違法だ」と主張しています。
マリキ首相とクルド自治政府のバルザニ自治政府議長は個人的にも関係が冷却化しており、「数カ月も話していない状態」だったようですが、アメリカの事態打開への強い働きかけもあって昨年8月、マリキ首相が中央政府と対立するクルド自治区を訪問。バルザニ自治政府議長らと会談し、北部の油田都市キルクークの帰属問題などを協議し、緊張緩和を図っていますが、今後どうなるでしょうか・・・。
【石油の呪い】
前出【3月24日号 Newsweek日本版】では、イラクの石油について、「アラジンの魔法のランプ」であると同時に「石油の呪い」とも言っています。
“「原油や天然ガスが輸出収入の大半を占める23カ国に民主国家はひとつもない」と(スタンフォード大学教授の)ダイアモンドは指摘する。地中から巨万の富が湧き出るアラブ諸国では、政府は高圧的に、国民は無気力になりがちだ。潤沢な予算で巨大化した警察機構が社会を「厳しく監視」する一方、官僚機構は「腐りきる」のが常だ。国庫に溢れるカネは使い放題。国民の税負担はないが、その代わり為政者は国民の声など聞く必要はないと考える。もっとまっとうな政府にするためにアメリカが育てようとしている諸制度も、宝の山に手を突っ込みたいみんなの欲望の前には無力だ。”
更に、隣国産油国イランの干渉、国内配分をめぐる対立・・・「石油の呪い」はイラクに祟ります。
イラクにとって救いがあるのは、「石油の埋蔵量も桁違いに多いから、一部がどこかに消えても国家建設に振り向ける資金は十分にある」ということだそうで・・・・。