孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラク  豊富な石油資源は「アラジンの魔法のランプ」か「石油の呪い」か?

2010-03-21 17:09:46 | 国際情勢

(イラク北部のキルクークの油田 石油都市キルクークの帰属問題 石油利権を巡るクルド自治政府とイラク中央政府の対立はイラクが抱える大きな“爆弾”のひとつです。“flickr”より By iAMiAN_
http://www.flickr.com/photos/iamian_/1387989501/in/set-72157594522585783/)

【宗派和解を望んだイラク国民】
イラクで7日に投票が行われたイラク連邦議会(定数325)選挙は、イラク選管によると開票率は20日現在で92%まで進んできました。

現地の情報を総合すると、シーア派のマリキ首相が率いる宗派横断型会派「法治国家連合(SLC)」、シーア派ながら、世俗派候補を集めてスンニ派の支持も集めたアラウィ元首相の会派「イラク国民運動(イラキヤ)」ともに325議席中の90議席前後を獲得しそうな勢いで、シーア派主導のイラク国民同盟(INA)は約70議席、クルド人会派は約40議席と見られています。
宗派横断型のSLC、イラキヤがトップを競り合う状況は、宗派対立による暴力にうんざりした有権者の意思表示ともとれます。

政権運営に自信を深めるとともに、ときにアメリカとも対立し、また、強権的側面も批判されるようになったマリキ首相に対し、アラウィ元首相は穏健派政治家として評価され、アメリカも支援しているとされています。
接戦の結果を受けて、マリキ首相のSLCを軸とする政権ができるのか、マリキ首相とアラウィ元首相の大連立が成立するのか、あるいはアラウィ元首相とシーア派INAの反マリキ連合が政権を握るのか・・・これから紆余曲折がありそうです。【3月20日 毎日より】

【毎日1億7200万ドル】
上記記事が併せて伝えているのが、イラクの石油生産事情です。
現在でもイラクの原油産出量はOPEC加盟国中の第3位で、毎日1億7200万ドルを生みだしています。
まさに「アラジンの魔法のランプ」です。
今後、産出量は倍増するとも見られています。
復興とともに今後拡大することが見込まれる石油生産から生まれる収益をどのように国内に配分し、また、国際社会、隣国イランなどのOPEC加盟国との調和を保つかが、今後の復興のカギになります。

****OPECに新たな火種…イラク増産なら他国は減産******
イラクが油田開発を外資に開放し、サウジアラビアの生産量に匹敵する生産量を確保できる可能性が開けたことで、OPECは大きな火種を抱えた。OPECは全体の生産量を定め、加盟国ごとに生産量を割り当てているが、イラクが順調に増産すれば市況次第では他の加盟各国が減産を強いられる可能性があるためだ。エネルギー関係者からは「パンドラの箱が開いた」と今後の混乱を指摘する声が相次いでいる。
生産割り当ては、確認埋蔵量などを元に算出する。原油価格を維持するのが目的で、現在は08年12月に決定した日量2485万バレルを維持している。原油価格が上昇すれば増産を決め、各国の割当量も拡大する。下落した場合は逆となる。だが各国とも収入を確保したいため、減産時には割当量を上回る「抜け駆け増産」が後を絶たない。

イラクはこれまでイランとほぼ同量の生産量が割り当てられてきた。しかし、フセイン政権時代の90年8月にクウェートに侵攻して以来、現在もイラクはOPEC加盟国で唯一生産枠組み外に置かれている。
理論上はイラクは無制限の増産が可能となるが、イラクのシャハリスタニ石油相は「生産割当量の枠組みに復帰する」考えを表明。戦火などの影響で、イラクの生産量が低迷してきた間に「加盟国はイラクの減少分を増産して利益を得た」と指摘し、復興のためイラクの増産を無条件に認めるよう求めている。
IHSグローバルインサイトの石油アナリスト、サミュエル・チショク氏(中東担当)は「イラクの生産量がイランの生産量に並ぶ数年後から交渉が本格化する」と指摘、各国の利害が絡むだけに「壮絶な交渉になる」と予測する。【3月20日 毎日】
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【イランの干渉】
記事がとりあげている国際面で言うと、焦点となるのはイランの動向です。
イランは欧米の経済制裁によって経済状況は悪化し、また欧米の最新技術を利用できないため、現在の日量370万バレルを超えて増産するのは困難な状況にあります。
イラクの増産で石油価格が下落すると、イラン経済はますます困窮します。
そのためイラクへ産出量割り当てを課すように働きかけていますが、今後イラク内政への強い影響力を行使して“干渉”してくることも予想されています。
今後3年以内にイラクが生産水準でイランを追い付く事態を、イランが受け入れるかどうかが問題であるとも指摘されています。【3月24日号 Newsweek日本版】

【「外資とはこれ以上、契約しない」】
日本との関連で言うと、新日本石油など日本企業連合によるナシリヤ油田(イラク南部)開発交渉が行き詰まっています。
****ナシリヤ油田:日本企業連合、イラク側と交渉決裂の恐れも*****
条件面で合意に至らないままイラクで連邦議会選が行われ、交渉相手となる新政権の発足待ちとなっているためだ。新政権の石油政策がどうなるかも不透明で、交渉決裂の恐れも出ている。
イラク南部にあるナシリヤ油田は、日本の1日の消費量の15%に当たる日量60万バレルの生産が見込まれている。復興を急ぐイラク政府は昨年、約40年ぶりに油田開発を外資に開放。ナシリヤ油田については最終的に、新日本石油、国際石油開発帝石(INPEX)、日揮の日本企業連合に候補を絞り込んで調整に入った。
しかし、資金など条件面で交渉が難航。7日の連邦議会選が近づくと、イラク政府関係者から「外資とはこれ以上、契約しない」(マリキ首相)などと打ち切りをにおわせる発言が相次いだ。
イラク政府は昨年、ナシリヤ以外でも油田やガス田で2回の国際入札を行い、石油資源開発・マレーシア企業連合を含む10件の契約を成立させた。経済産業省幹部は「十分な産出量を確保できる見通しが立ち、ナシリヤ油田の交渉を急ぐ必要がなくなった」とみる。また、イラク国内では油田権益を外資に奪われることに反発があり、世論に配慮した点もあるとみられる。

日本企業連合や政府に交渉打ち切りの連絡はなく、直嶋正行経済産業相は「継続中と理解している。選挙結果を踏まえて考えたい」という。新日石も「イラクから何も伝わっておらず、交渉は継続中」との立場だ。
イラク側は国営会社を設立して自ら開発する意向も示しているが「外資の資金や技術なしには難しい」(経産省)のが実情。経産省幹部は「日本企業との交渉継続、新たな入札実施などあらゆる可能性がある」と話す。政府はメキシコで29、30日に開かれる国際エネルギーフォーラム閣僚会合で、イラク現政権に交渉進展を要請する方針だ。【3月20日 毎日】
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イラク側の一連の発言は、連邦議会選を控えた有権者向けとの見方もありますが、新政権の枠組みは固まるのにしばらく時間がかかりそうですので、ナシリヤ油田開発についてもしばらくは保留が続きそうです。

【内紛の火種 石油収益の国内配分】
石油収益の国内配分は、イラク復興にとって更に厄介な問題です。
特に、北部クルド自治区においては民族問題と絡んできますので、その取扱には注意を要します。
イラク中央政府とクルド自治政府は、石油都市キルクークなど自治区外のクルド人集住地区の帰属や、油田開発・収益配分を巡って対立。クルド議会は昨年6月、キルクークなどを自領とする新憲法案を可決しました。
クルド側は独自に外国企業と油田開発契約を締結、昨年6月には輸出も開始しましたが、中央政府側はこれを「違法だ」と主張しています。

マリキ首相とクルド自治政府のバルザニ自治政府議長は個人的にも関係が冷却化しており、「数カ月も話していない状態」だったようですが、アメリカの事態打開への強い働きかけもあって昨年8月、マリキ首相が中央政府と対立するクルド自治区を訪問。バルザニ自治政府議長らと会談し、北部の油田都市キルクークの帰属問題などを協議し、緊張緩和を図っていますが、今後どうなるでしょうか・・・。

【石油の呪い】
前出【3月24日号 Newsweek日本版】では、イラクの石油について、「アラジンの魔法のランプ」であると同時に「石油の呪い」とも言っています。
“「原油や天然ガスが輸出収入の大半を占める23カ国に民主国家はひとつもない」と(スタンフォード大学教授の)ダイアモンドは指摘する。地中から巨万の富が湧き出るアラブ諸国では、政府は高圧的に、国民は無気力になりがちだ。潤沢な予算で巨大化した警察機構が社会を「厳しく監視」する一方、官僚機構は「腐りきる」のが常だ。国庫に溢れるカネは使い放題。国民の税負担はないが、その代わり為政者は国民の声など聞く必要はないと考える。もっとまっとうな政府にするためにアメリカが育てようとしている諸制度も、宝の山に手を突っ込みたいみんなの欲望の前には無力だ。”
更に、隣国産油国イランの干渉、国内配分をめぐる対立・・・「石油の呪い」はイラクに祟ります。

イラクにとって救いがあるのは、「石油の埋蔵量も桁違いに多いから、一部がどこかに消えても国家建設に振り向ける資金は十分にある」ということだそうで・・・・。

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イスラエル  パレスチナ人に代わり流入する外国人労働者 欧州・日本は?

2010-03-20 15:52:56 | 世相

(テルアビブ 09年10月13日 移民労働者がイスラエル国内で生んだ子供たちを国外に追放しようというイスラエル政府の施策に反対する集会 詳細はわかりませんが、労働力としては使うが子供はいらない・・・というのも、イスラエル的な割り切りです。長い迫害と排斥の歴史を経験してきたイスラエル・ユダヤ人ですが、自らの苦しみの経験が他人の苦しみに対して優しくさせる・・・ということは現実にはないようです。
“flickr”より By activestills
http://www.flickr.com/photos/activestills/4010079686/)

【キブツのタイ人労働者】
イスラエル・パレスチナの間をアメリカが仲介して間接交渉に入ろうとした矢先に、イスラエル側の東エルサレム新規住宅建設承認が発表され、東エルサレムでは住民とイスラエル警察が衝突し50名を超す負傷者が出る事態となっています。
また、ガザ地区からはイスラエルに向けたロケット弾攻撃が行われ1名が死亡、これに報復するイスラエルはガザ空爆を行っており、間接交渉どころか、状況は悪化しつつあります。

****イスラエル:ガザからロケット弾 1人死亡*****
ロイター通信によると、イスラエル中部ネティブハーサラに18日、パレスチナ自治区ガザから発射されたロケット弾が着弾、男性1人が死亡した。ガザからのロケット弾攻撃で死者が出たのは2008年12月~09年1月のイスラエル軍によるガザ大規模攻撃以降で初めてとみられる。
ロケット弾が着弾したのは、欧州連合(EU)のアシュトン外交安全保障上級代表がガザ入りした直後だった。
医療当局者らによると、死亡したのはキブツ(集団農場)のタイ人労働者。(共同)【3月18日 毎日】
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【テルアビブの「チャイナタウン」】
そうした中東和平の行方というの本筋とは別に、上記記事で目にとまったのは、どうしてイスラエルのキブツにタイ人労働者がいるのか?ということでした。

そのあたりの事情に関連すると思われる記事「イスラエルに“異国”誕生」が3月24日号Newsweek日本版にありました。
この記事によると、93年、当時のラビン首相がパレスチナ人の日雇い労働を制限したため、その後釜に座ろうと世界中から労働者が押し寄せたそうです。
イスラエルの外国人労働者は推定で30万人、最大都市テルアビブ市内には外国人労働者4万人とアフリカ難民5千人が存在しているとか。

記事は、こうした外国人労働者が集まる「チャイナタウン」的な異国情緒あふれる地域がテルアビブに誕生していることを伝えるものですが、当然ながら売春・麻薬といった治安問題も抱えています。
テルアビブ市民の外国人労働者に対する反応は、パレスチナ人が減ってテロが少なくなったという好意的なものが多いとの調査もあるようです。

ただ、いろんな摩擦もあようで、ネタニヤフ首相は、不法入国を防ぐためエジプト国境の一部に壁を建設することを決定(ヨルダン川西岸地区の壁といい、イスラエルは壁を張り巡らすのが好きなようです)、また、外国人労働者を最低10%減らす計画も発表しているそうです。

ガザからのロケット弾攻撃によって死亡したとされるタイ人労働者(AFP記事によれば、“キブツの運営関係者によると、このキブツではタイ人の労働者を雇い入れているが、死亡したのがタイ人かどうかについては言明を避けた。”とのことです。)は、こうしたパレスチナ人に代わって流入した外国人労働者のひとり・・・なのでしょうか。


【移民排斥に向かうヨーロッパ社会】
イスラエルの場合、外国人労働者受け入れによってパレスチナ人を排除し、テロが減少するという特殊な側面がありますが、グローバリゼーションが進む現代社会で、最も重要な問題のひとつが、ひとの国際移動“移民”の問題です。

特に、ヨーロッパ社会において、北アフリカやEU拡大に伴う東欧諸国からの移民増加に伴い、文化的・経済的摩擦が激化し、移民排斥運動が広がりつつあることは周知のところです。

イタリアでは1月、南部カラブリア州ロザルノでアフリカ系移民と地元住民が衝突、治安当局は移民900人以上を強制的に同国のクロトーネやバリに移送しました。また、2月には、北部のミラノで19歳のエジプト人男性がペルー・エクアドル人に刺殺されたのを機に北アフリカ出身の住民が南米系住民への暴動に走り、警察当局が不法移民掃討作戦を始める事態となっています。

イギリス保守党のキャメロン党首は、次期総選挙で政権を獲得できれば、移民受け入れを現在の4分の1に減らすことを公約しています。(既定路線と思われていた保守党勝利は、このころ微妙な情勢になってきていますが)

フランスでは、サルコジ大統領が地方選挙を前に「フランス人とは何か」という「国家としてのアイデンティー」を問題にし、「こうした論議自体、移民やイスラム教徒の排斥につながる」との反発も強くなっています。
また、大統領の「ブルカは女性の従属の象徴だ」との発言もあって、国民議会(下院)調査委員会は1月、公の場でのイスラム女性のブルカなどの着用を禁止する法制度を整備するよう議長に提言しています。

スイスでは、イスラム礼拝所の尖塔「ミナレット」の新規建設禁止を憲法に盛り込む提案が国民投票で可決されました。

【門戸を閉ざす日本の行方】
3月17日号Newsweek日本版に掲載された記事「移民叩きが閉ざすヨーロッパの未来」は、こうした最近の情勢を批判したものですが、その内容は別として、日本がひとつの代表例とて挙げられいる一節が目にとまりました。
****移民叩きが閉ざすヨーロッパの未来*******
このままいけば、いずれヨーロッパは一つの厳しい選択を突きつけられる。社会の反移民感情に迎合して門戸を閉ざすのか。それとも、門戸を閉ざすことなく、むしろ高い専門技能を持つ移民をもっと呼び込むのか。
世論の逆を行く道を選択することは、政治的に難しい。しかし、ヨーロッパが経済立て直し、生き延びていくためにはそれが欠かせない。
カナダ、オーストラリア、アメリカのように、もっと開放的で、流動性の高い社会を築ければ、ヨーロッパは繁栄するだろう。だが、日本のように移民への門戸を閉ざし、移民を社会の一員として受け入れようとしなければ、経済が縮小し、排外主義的な空気が社会を覆い、衰退する運命を甘んじて受け入れるしかなくなるだろう・・・・【3月17日号Newsweek日本版】
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この記事は、“高い専門技能を持つ移民”の受け入れを主眼としており、その他大勢の移民をどうするのかにはあまり触れていません。
そういう“いいとこどり”が可能でしょうか?むしろ専門技能を持った人材は母国でこそ必要とされる側面もあるのでは。
専門職については、日本もインドネシア・フィリピンからの看護・介護職の人材受け入れを初めていますが、なかなかうまくいかない実態も報告されています。

それはともかく、文化的摩擦・雇用の競合・治安の悪化・・・といった困難な問題を忌避して門戸を閉ざすことの是非、その結果、少子高齢化が進む日本社会が今の活力・経済的水準を保てるのか・・・という問題は直視する必要があります。
移民に批判的な人々は、往々にして日本文化の独自性を強調し、国際社会での日本の毅然たる対応を主張する人々と重なる部分が大きいように思えますが、移民に門戸を閉ざし社会が縮小し活力が失われていけば、必然的に日本の世界における位置も、「かつては経済的・技術的に見るべきものがあったが、今は世界の片隅でひっそりと独自の社会をまもりながら生きている国」という、それなりのものになっていくことを同時に受け入れる必要もあるのではないでしょうか。

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「こうして民主主義は死ぬ」 タイの場合

2010-03-19 23:19:21 | 国際情勢

(06年9月 タクシン元首相を追放した軍事クーデターは、バンコク市民からは好意的に受け入れられ、戦車は市民からの花で飾られました。“flickr”より By Dan Caspersz
http://www.flickr.com/photos/caspersz/248201432/)

【広がる民主主義への幻滅】
3月24日号Newsweekに、「こうして民主主義は死ぬ」という刺激的なタイトルの、ジョシュア・カーランジック氏(米外交評議会研究員)による記事が掲載されています。
“民主化の担い手だった中流層の失望で後退する政治的自由”
“90年代に入って途上国で続々と実現した政治の自由。だが独裁体制打倒の原動力になった中流層は今、民主化後の混乱や権力欲をむき出しにする指導者に幻滅し、さらに国を混乱させる行動を取るようになった。世界各地で民主主義が失速する”
“かつて独裁政権の打倒に力を尽くした中流層の多くが、今や民主主義を確立する難しさを思い知り、かつての独裁政治時代を懐かしんでいる”

民主主義を象徴するイベントが民意を政治に反映する選挙ですが、ジンバブエやイランやアフガニスタンなど、権力者が民主主義の名のもとで、不正な手段で権力を維持するための方策になってしまっている事例が多く見受けられます。ミャンマー軍事政権による選挙・民政移管はその最たるものでしょう。
また、ケニア、ジンバブエ、イランなど、選挙後に敗者が選挙結果を受け入れず、政治的混乱が尾を引く事例も多くあります。

また、ウクライナやグルジアなど、かつての民主化の戦いの成果が政治的混乱から国民の支持を失っていく事例も見受けられます。
更に、今世界で最も存在感を強めている国は民主主義とは一線を画する中国であり、エリツィン時代の混乱を経験したロシアのプーチン首相は強権的手法ながら国民の大きな支持を今なお保っています。

こうした事例を見ていると、従来普遍的な価値を持つものとして広く受け入れられていた民主主義というものが、期待されるようには機能しておらず、その輝きが次第に色あせていっているようにも思えます。
冒頭Newsweek記事は、こうした世界の動きともリンクするものです。

記事で紹介されている人権擁護団体フリーダム・ハウスによれば、同団体が05年に民主主義の後退を指摘した国はわずかに9カ国でしたが、09年報告では、アフリカ・中南米・中東・旧ソ連圏の40カ国に急増しています。
また、民主主義的な政治形態を採用している国は116カ国に減少し、95年以来最も少ない数になっています。

こうした民主主義の衰退の一番大きな原因として、90年代に新興民主主義国を率いた指導者の政治姿勢が挙げられています。
“自由な社会をつくるには確固とした制度や健全な野党、妥協をいとわない精神が欠かせないことを彼らは理解しなかった。彼らにとって民主主義は選挙のときに使うだけの制度。選挙で勝利をおさめた後は、手にした権力を乱用して国家を支配し、支持者や出身民族に利益を誘導した。こうした狭量な民主主義はその言葉の真の意味をゆがめただけでなく、多くの国で民衆の民主主義離れを招いた。新しく政権を握った民主主義者は以前の独裁主義者と同様、公益を追求する気などさらさらない。そう考えた民衆は愛想を尽かした。”

ほかにも、9.11以降欧米諸国がテロとの戦いに焦点を移し、途上国の民主主義が瀕死の状態になってもほとんど何もしなかった、むしろ、テロ容疑者を無制限に拘束するような独裁政権が都合がいいと考えるようになったこと、アメリカの民主主義を掲げたイラク侵攻が、イスラム・中東世界で民主主義の負のイメージを広げたこと、市場経済の拡大と同義語だった民主主義が、世界的な同時不況による経済混乱のなかで、その魅力を失ったことなど・・・も、昨今の民主主義衰退の原因として挙げられています。

【タクシン元首相に反発した都市中流層の非民主主義的行動】
記事が民主主義の失敗事例として取り上げているのが、タイで続くタクシン派と反タクシン派・アピシット政権の政治対立です。

****タイ:タクシン派、大規模抗議行動を一時休止*****
今月14日からバンコク中心部で反政府抗議行動を続けているタクシン元首相派「反独裁民主戦線」(UDD)は18日、同日を「休日」として、大規模な抗議行動を行わなかった。当初約10万人に達した参加者は連日減り続けており、UDDは態勢を立て直すため抗議行動を一時休止したとみられる。
元首相の地盤の北部や東北部など遠隔地から動員された参加者は、連日集会会場の仮設テント内などで夜を明かしており、疲労の色が濃くなっている。海外逃亡中のタクシン元首相は17日夜のテレビ電話での演説で、参加者に「あと7日間、我慢してほしい」と訴えた。UDDは元首相の地盤で改めて参加者を募ってバンコクへ送り込む方針だが、当初の10万人規模に戻すことは困難とみられる。
UDDは新たな戦略として週末の20日、参加者をバンコク各地に分散させてデモや集会を行い、市民に支持を訴えるとしている。【3月18日 毎日】
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“あと7日間”続ければ、何か事態が動くのでしょうか?

タクシン元首相を支持する人々の抗議活動は、数を頼んで現政権を窮地に追い込もうとするものであり、本来そういう意見の対立は、街頭行動ではなく、議会における議論で解消を図るべきものではないか・・・とも考えられます。

しかし、一歩踏み込むと、タクシン元首相を支持する人々は北部・東北部の貧しい農民、あるいは都市貧困層であり、彼らが求めているのは総選挙での民意の確認である、一方、アピシット現政権は、軍のクーデターによるタクシン元首相の排除、その後選挙で勝利したタクシン派政権を同じような民衆行動で揺さぶりながら、司法権力によるサマック元首相の強引な解任、与党の解党という民主的とは言い難い経緯で誕生した政権であり、タクシン以前のタイ旧支配層の意向を受けたものあるという構図があります。
そしてそのアピシット政権は、もし選挙になると勝利がおぼつかないため、選挙を拒否しています。

こうしたアピシット政権を支持しているのが、都市中流層の人々です。
記事が問題にしているのは、ではなぜ中流層は民衆的ルールから逸脱するところもある現政権やかつてのタクシン排除クーデターを支持しているのか・・・というところです。

タクシンは自ら地方の村をまわり人々の不満に耳を傾け、国民医療保険制度の実現とか農村基金の設立など、大衆迎合的な公約のいくつかを実現しました。
しかし、その手法は、官庁・司法を骨抜きにし、縁故者を採用するようなこととか、支持者によるメディアグループの買収であり、「麻薬撲滅作戦」では裁判なしの処刑や治安部隊による連れ去りが横行しました。

都市中流層は、こうしたタクシン元首相の金権・強権的な体質に失望し、貧困者に権限を与えるために自分達が犠牲を強いられることを危惧しました。
そして、タクシン元首相に反発する中流層は、民主主義を支持すると言いながら、街頭行動で国会など政府機関を封鎖し軍事クーデターを求める、民主主義を破壊するような抗議行動を行いました。

記事では、タクシン元首相について、民主主義の政治家というよりは、アルゼンチンのファン・ペロン元大統領のような軍事独裁者によく似ているという意見を紹介しています。
大衆迎合的なバラマキ政策、その結果、地方貧困層の強い支持、強権的な政治手法・・・現在の政治家でみると、イランのアフマディネジャド大統領にも似ているように思われます。

いささか悲観的気分を増長するような記事です。
ただ、問題が起きると広く報じられますが、順調に行っている場合は取り上げられることはない・・・というのが世の常ですので、広い世界では順調に民主主義をはぐくんでいる国々も少なからず存在するのでしょう・・・そうあってもらいたいものです。

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アメリカ:中国に対する「為替操作」批判 中国:保有米国債売却の可能性

2010-03-18 22:49:33 | 国際情勢

(94年までは、中国では外国人が外貨を両替すると渡される外貨兌換券(FEC)と、一般の中国人が使用する人民幣(RMB)の2種類の通貨が流通していました。外貨兌換券は人民幣で買えない外国製品が買える等の理由で、中国人が外貨兌換券を入手しようと、闇両替が盛んに行われていました。一方、外貨兌換券で払おうとすると、「これは何だ!お金じゃない」と受け取りを拒否されたり・・・そんな時代もありました。その頃に比べれば為替制度も単純化されましたが、アメリカは不満を募らせています。
“flickr”より By IamTAS
http://www.flickr.com/photos/aikseng/3542714232/)

【米:超党派130議員が公開書簡】
アメリカにおいては、“中国が人民元を不当に低く抑えているため、アメリカの輸出品は中国製品と競争できず、アメリカ産業が被害を受けている”という「為替操作」に関する批判が以前から根強くありますが、オバマ政権になってからは、中国への配慮もあってか、ひところほどは強く言われなくなっていたようにも見えます。

しかし、ここにきてこの人民元問題が再び表面化しています。
アメリカ下院のミシュー議員とライアン議員ら超党派の130議員が15日、「中国政府による人民元相場の操作で、米産業が被害を受けている」として、ガイトナー財務長官とロック商務長官に、中国を「為替操作国」と認定して強い態度で直ちに行動するよう求める公開書簡を送りました。当然、中国は反発を強めています。

****「米国債売却」で報復も 「日本の二の舞い」避けたい中国*****
超党派の米議員130人がオバマ政権に人民元の「為替操作」に関する書簡を送ったことに対し、中国が「米国債の売却」を切り札に、対米報復措置に動く懸念が広がっている。中国は1月末段階で8890億ドル(約80兆円)の米国債を保有するなど世界最大の米財政スポンサー国で、政治的に発言力を高めているからだ。

14日の記者会見で温家宝首相は、米国の財政状況について「心配している」と述べ、財政赤字やドル安などによって米国債の安定性が損なわれることに懸念を表明した。輸出拡大に向けて人民元相場を維持したい中国として、米国が対中強硬手段に出ないよう牽制(けんせい)した発言と受け止められている。
このため関係者は、「為替操作国の認定などに米国が動けば中国は政治的対抗措置を取らざるを得ず、米国債の売却の有無が焦点になる」とみている。1997年に当時の橋本龍太郎首相が訪米時に「米国債売却の誘惑にかられたことがある」と発言、市場で米国債が下落(金利は上昇)した過去の“実績”もある。
温首相は会見で、「金融危機で中国が人民元相場の安定を保ったことが世界経済の回復を促進した」と相場固定を正当化し、政治的に元高圧力に屈しない姿勢を改めて強調した。

上海対外貿易学院の陳子雷副教授によると、中国当局は、日本が85年に欧米の圧力に屈して「プラザ合意」による円高を受け入れ、日本経済のその後の成長路線を狂わせた経緯を克明に分析しているという。このため「日本の二の舞いを避ける政策に全力を挙げる」(陳副教授)可能性が高い。
米議員130人の書簡について、中国政府は明確な対応を示していないが、人民元をめぐる米中摩擦は今後、米国債の扱いなどで政治問題に飛び火する危険性をはらんでいる。【3月17日 産経】
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中国にとっては、円高を容認して失速した日本経済が反面教師になっているようです。

【“特殊な相場形成メカニズム”】
6日には、中国人民銀行総裁が、今後の機動的な元相場の切り上げに含みをもたせた発言をしています。
****元の切り上げに含み 中国人民銀総裁*****
中国人民銀行(中央銀行)の周小川総裁は6日、北京市内で開催中の全国人民代表大会(全人代、国会)に合わせて記者会見し、一昨年から米ドルに事実上、固定されている人民元の為替相場について、「金融危機の発生で特殊な相場形成メカニズムを採用したが、遅かれ早かれこの政策には出口戦略がでてくる」と述べ、今後の機動的な元相場の切り上げに含みをもたせた。
温家宝首相は5日の政府活動報告で「元相場の基本的な安定を保つ」と、当面は固定相場を維持する方針を表明していた。ただ、輸出産業保護を目的に元安誘導しているとの欧米からの批判に加え、国内でも元売りドル買い介入がカネ余りを生み、不動産バブルの温床になったとの声が高まっている。【3月7日 産経】
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一方、14日の記者会見では、温家宝首相は、元相場の安定が金融危機で失速した世界経済の回復に貢献したと指摘。さらに「(他国の)為替相場を強制的に切り上げようとすることに反対する。元相場の改革に役立たない」と述べ、切り上げを求める米国などを批判しています。
今後、中国政府はどのような政策をとるのでしょうか?社会不安増大を恐れる中国政府が、国内世論に抗して、輸出産業に打撃を与える元切り上げができるのでしょうか?

アメリカ議会では、中国が人民元の切り上げに応じない場合、厳しい罰則を科す法案が予定されています。
****人民元、是正なければ報復措置=米上院議員、超党派法案提出へ*****
米上院のシューマー(民主)、グラム(共和)両議員が、中国政府が人民元の切り上げに応じない場合、厳しい罰則を科す法案を議会に提出することが16日分かった。両議員が同日午後に記者会見し正式発表する。人民元をめぐる米中間の対立に拍車を掛けそうだ。
ロイター通信によると、法案では米財務省に対し、中国の人民元など為替相場の是正が必要な通貨を持つ国を特定し、半年ごとに議会への報告を要求。是正されなければ、対象国製品に反ダンピング税を課すなどの報復措置を講じるとともに、世界貿易機関(WTO)への提訴を求める。
両議員は2月下旬、ロック米商務長官に対し、人民元相場が最大40%過小評価されているとして調査を求める書簡を送っており、法制化により高率の報復関税措置を求めるとみられる。
法案は、両議員を含む超党派の上院議員5人による共同提出となる見通し。【3月17日 時事】 
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【中国:米国債の売却の有無が焦点】
中国側は、前出産経記事に「為替操作国の認定などに米国が動けば中国は政治的対抗措置を取らざるを得ず、米国債の売却の有無が焦点になる」とあるように、こうしたアメリカ側の攻勢に対し、米国債売却も視野にいれているとの揺さぶりをかけています。

国際関係について、米中間にある様々な問題にも関わらず、「G2」とか「米中新時代」というような安定した関係が大枠としては維持されるのでは・・・という見方は、米中間の相互依存的な経済的関係がベースにあります。
財政赤字に苦しむアメリカは中国に債権を買ってもらう形で資金調達することが必要であり、中国は巨額の米国債資産を守るためにも、輸出市場を守るためにもアメリカ経済を支えざるを得ない、その関係を揺るがすような米国債売却を行うことはなかろう・・・という見方です。

ただ、もし中国が相当の犠牲覚悟で米国債売却に踏み込めば、その世界経済に及ぼす影響は大きく、中国と並ぶ米国債保有国である日本もその大波にのみ込まれます。

【公式統計を上回る中国の米国債保有】
米国債については、先月中旬、“米財務省が16日発表した国際資本収支統計によると、昨年12月末時点の各国別の米国債保有高は、日本が7688億ドル(11月末は7573億ドル)となり、2008年8月以来、1年4カ月ぶりに首位となった。中国は7554億ドル(同7896億ドル)で2位。”【2月17日 時事】という報道がありました。
中国がアメリカの財政赤字を懸念して「米国債離れ」の姿勢を強めているとの見方も出ていました。

その後、“米財務省が2月26日発表した国別の米国債保有高の改定値によると、昨年末の時点で中国を抜いて首位になったとされた日本は2位で、中国が首位のままだったことが分かった。”【2月27日 共同】と、中国が依然首位で、日中逆転していなかったことが報じられています。

日中逆転はなかったものの、対中ダンピング(不当廉売)調査など通商政策をめぐりアメリカ側の厳しい対応が目立ち始めた昨秋以降、米国債の保有高削減が一段と加速しています。
ただ、中国の実際の米国債保有残高は、公式統計よりかなり多いのではないかということも指摘されています。

****中国、第三国で米国債購入か 専門家*****
大量の米国債を保有する中国が第三国で米国債を購入している可能性が25日、米議会の討論会で指摘された。主要な米国債保有国としての重要性を隠すことが狙いだという。
討論会に参加した専門家らは、中国の米国債保有残高が公式統計より多いのはほぼ間違いないとして、ロンドン、香港などで中国関連団体が米国債を購入している可能性を指摘した。
中国が大量の米国債を保有することは米国の安全保障に影響を与え、米政府が中国と対立した状態では政策を実行しづらくなるとの声も上がった。

国際通貨基金(IMF)のチーフ・エコノミストを務めた経歴を持つマサチューセッツ工科大学のサイモン・ジョンソン教授は、英国の米国債保有高が08年の1309億ドル(約11兆7000億円)から09年には3000億ドル(約26兆7000億円)に急増した背景には中国の存在があると指摘する。英国が09年に大幅な財政赤字にあることから、同教授はこの数値には当惑したとし、中国が英国以外のルートからも米国債を購入している可能性を指摘した。【2月26日 AFP】
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“主要な米国債保有国としての重要性を隠すことが狙い”とはどういうことでしょうか?
いささか不気味な感じがします。
いずれにしても、“為替操作国の認定”、“反ダンピング税の課税”、“保有米国債売却”という“米中経済戦争”は日本にとって憂慮すべき事態です。

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“アフリカの陽が昇る” その著しい経済背長  ナイジェリアにみる混乱と経済活況

2010-03-17 22:40:04 | 国際情勢

(ナイジェリア ラゴス “flickr”より By satanoid
http://www.flickr.com/photos/satanoid/4185054256/)

【ポストBRICs】3月17日号Newsweekに、「アフリカ ポストBRICsの実力」「次の中国 アフリカの陽が昇る」と題する記事がありました。
中国・インドなど新興国の後を追いかける形で、アフリカの経済成長が今後も見込まれるという内容です。
見出しには“中流層の成長で内需が拡大”“中国とインドの背中が見えてきた”ともあります。

アフリカ関連のニュースというと、スーダンやソマリアのような内戦・貧困といったネガティブなものが殆どで、思わずため息をつきたくなるものが少なくありません。
ただ、広いアフリカ、多くの国々が存在するアフリカですので、着実な経済背長を実現している国もまた少なくないことは事実でしょう。今後さらに成長が加速して、貧困イメージを払拭できるのであれば何よりです。

上記記事からアフリカの経済背長に関して抜粋すると、
「一人当たりGDPで、07年と08年、中国とインドと並ぶ成長を実現した地域がアフリカには3つある。アフリカ南部、ビクトリア湖を囲むケニア・タンザニア・ウガンダの大湖畔地域、ソマリア半島だ。」
(干ばつや内戦で苦しむソマリア半島「アフリカの角」の成長率がなぜ高いのかはよくわかりません。ベースになる数字が低すぎるせいでしょうか・・・)
「世界が景気後退のどん底にあった09年、アフリカ大陸の成長率は2%近くあった。中東とほぼ肩を並べ、中国とインドを除くすべての地域を上回る数字だ」
「IMFの最新見通しによると、10年と11年は、アフリカは年率4.8%で成長する。アジア以外では最も高く、ブラジル・ロシア・メキシコ・東欧など他の新興国を上回る。一人当たりの所得で見ればアフリカはすでにインドより豊かだし、中国より豊かな国も10以上ある」(中国・インドに今なおいかに多くの貧困層が存在するかということの裏返しでもありますが)・・・とのことです。

注目すべきことは、こうしたアフリカの成長の原動力が、原油やダイヤモンドのような資源輸出ではなく、内需の急拡大によるものだということです。
アフリカでは中流層の台頭が著しく、人口10億人のうち、最大3億人にも上るそうです。
こうした内需拡大を受けて、サービス産業がGDPの40%に達し、インドの53%に迫っているとも。

各国政府による産業の規制緩和が進み、インフラも整備されてきており、ケニアやボツワナでは、政界水準の民間病院、私立学校、有料道路などを誇っているとか。
特に通信インフラ整備が、成長へ大きく寄与しているようです。
企業家精神も旺盛で、国外から帰国した起業家が変革を推し進めており、南アフリカ・ガーナ・ボツワナでは前例のない頭脳流入が始まっているそうです。

【すべてが成長分野】
アフリカ最大の人口1億4800万人を擁し、豊富な石油資源にも恵まれた地域大国ナイジェリアの最大都市ラゴスは、高級マンション・オフィスビル・道路など、どこを見ても工事だらけという活況だそうで、「足りないものばかり。つまりすべてが成長分野ということだ」「ナイジェリアほど儲かる国はない」といった声も紹介されています。
過去1年にナイジェリアに帰国した高学歴専門職は1万人に上るとか。

【宗教対立、イスラム過激派、石油収益配分】
ナイジェリアというと先ず連想するのは、中部地域での宗教対立。つい先日にも、イスラム教徒によるキリスト教徒襲撃があったばかりです。
****ナイジェリアでキリスト教徒の村襲われる、500人死亡の情報も*****
アフリカ中西部ナイジェリアのプラトー州の州都ジョス近郊で7日夜、キリスト教徒の村が対立するイスラム教徒の襲撃を受け、州政府発表によると500人を超える死者が出ている。一方、現地入りしている記者や地元の人権活動家らによると、死者数は200人超との情報もある。
地元当局や目撃情報によると、ジョス近郊のドゴナハワ村など3村が夜間に襲撃を受け、なたを手にした暴徒が村々を放火して回った。犠牲者の多くは女性や子どもたちだという。ドゴナハワにいる記者の1人は103遺体を確認した。また、襲撃にからみ、これまでに95人が逮捕された。
地元住民によると、襲撃した側はイスラム教徒の遊牧民たちで、標的とされたのはキリスト教徒が多数を占めるベロム族。2つの氏族はウシの盗難をめぐって対立を深めていたという。
ジョスでは1月にも対立する宗教、氏族間で衝突が発生した。この時も、警察は少なくとも326人が死亡と発表したが、宗教活動家や人権活動家らは550人以上が死亡したとし、発表された死者数に食い違いがあった。1月以降、市内周辺の一部では現在も夜間外出禁止令が敷かれている。【3月8日  AFP】
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北部地域では、昨年8月、貧困や失政を背景に、死者700人以上を出すイスラム過激派武装勢力と治安当局の衝突もありました。
南部ニジェール川デルタ地帯では、石油利権も絡んだ民族紛争が長年続いていることも周知のところです。
昨年10月には、主要武装勢力が政府との和平協議に応じる姿勢を示し、無期限の休戦を宣言したとも報じられていますが・・・。
“地元紙は約1万5000人が武装解除したと報じているが、石油収入の地元還元を巡って、南部の産油地帯で石油施設への攻撃を繰り返してきた主要武装勢力「ニジェールデルタ解放運動(MEND)」と政府の交渉は難航が予想される上、数千人の残存勢力が活動を続けると見られており、治安の先行きは不透明だ。ナイジェリアでは1950年代の油田発見後も解消されない貧困への不満を背景に、様々な勢力が武装蜂起を起こしてきた。”【09年10月26日 読売】

【混乱と成長】
こうした貧困・格差・失政を背景にした混乱ぶりと、先述したような経済的活況・・・どちらが実像なのか?
おそらく、どちらもナイジェリアの現在を示すものなのでしょう。
中国にしても社会問題化する大きな格差を抱え、チベット・ウイグルのような政治的不安定要素もあります。
インドの貧困層はいまだ膨大で、東部を中心にインド共産党毛沢東主義派(毛派)が跋扈する現状があります。
ナイジェリアに混乱と成長の2側面があっても不思議ではないでしょう。

不思議ではないのですが、若干の懸念もあります。
アフリカで繰り返されてきた、そして今なお続く内戦・紛争を眺めると、命の尊さとか社会正義・公正というような日本や欧米社会で受容されている価値観が通用しないようにも感じます。
そうした社会規範・モラルが希薄な状態で、欲望に牽引された経済活動が活発化するとき、弱肉強食的な、儲けるためには手段を選ばないような世界になってしまうのでは・・・という不安も感じます。

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タイ  バンコクで続くタクシン元首相派の抗議活動 血液散布も

2010-03-16 22:54:15 | 国際情勢

(抗議行動のための採血に応じるタクシン元首相支持派の人々 “flickr”より By newstatesman
http://www.flickr.com/photos/44845223@N02/4437122091/)

【アピシット首相 総選挙を拒否】
タイで昨年来続いているタクシン元首相支持派とアピシット政権の対立(反タクシン元首相派とタクシン派政権の対立からカウントすれば、一昨年来ですが)は、双方決め手を欠く形で相変わらずの様相ですが、タクシン元首相支持派が首都バンコクでの100万人規模の集会を呼びかけ(実際には10万人超が集まったと発表。警察当局発表では8万6000人)、アピシット政権への圧力をかけていることが連日報じられています。
政府は11日からバンコクなどに治安維持法を発令。軍と警察は約5万人を動員して厳戒態勢を敷いています。

タイの首都バンコク中心部に集まったタクシン元首相の支持団体「反独裁民主統一戦線(UDD)」は、14日正午、24時間以内のアピシット政権の退陣と下院解散・総選挙の実施を要求しましたが、当然ながらアピシット首相はこれを拒否しています。

****タイ首相「総選挙応じぬ」 タクシン派、抗議活動拡大へ*****
タイのアピシット首相は15日、大規模な反政府集会を首都バンコクで展開しているタクシン元首相の支持者らが求めた解散・総選挙に応じない考えを表明した。元首相派は抗議活動の拡大を決めるなど反発を強めている。兵士2人が負傷する爆弾事件も起き、情勢は緊迫の度を増している。
アピシット首相は15日午前、対策本部がある首都郊外の陸軍施設内で連立与党の幹部らと共に記者会見し、「集会を終わらせるために下院を解散するという選択は、あり得ないというのが我々の総意だ」と述べ、元首相派の要求を拒否した。

一方、元首相の支持者らでつくる「反独裁民主同盟」は同日、大規模集会の拠点としている官庁街から、アピシット首相がいた陸軍施設に向けて数万人規模のデモ行進を実施。施設前の道路を占拠して抗議集会を開いた後、同日夕にいったん拠点へ戻った。
だが、首相の拒否に元首相派は反発を強めており、16日から抗議活動を拡大することを決定。数万人の支持者から集めた血液を首相府や首相の自宅、与党の本部などにまく計画だという。

15日午後には、元首相派が抗議集会を行った場所から約10キロ離れた別の陸軍施設に爆弾6発が撃ち込まれ、うち4発が爆発し、近くにいた兵士2人が爆弾の破片などで負傷した。
元首相派はこれまで平和的な抗議活動に徹することを強調し、政府側も平和的な集会である限りは強硬手段に出ないと約束している。今回の爆弾事件にどんな勢力が関与しているのかは明らかになっていないが、こうした事態が今後も続けば、情勢が一気に緊迫する恐れがある。
元首相派は今後も首相退陣と解散・総選挙を求めて抗議を続けるとしているが、政権打倒に向けた具体的な展望があるわけではない。一方の政府側も、強硬策に出て流血の事態になれば国内外から批判を浴びるのは必至で、事態打開への有効な手立ては今のところ見えていない。当面は双方のにらみあいが続きそうな情勢だ。【3月15日 朝日】
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【「タイに民主主義を取り戻すため、私の血をささげた」】
支持者から集めた血液をまくという奇抜な行動は、採血時に血液感染症の拡大やショック症状などの健康被害をもたらす恐れがあると懸念されていましたが、実際に行われたようです。

****タイ:反政府集会が3日目に 血液を首相府前にぶちまける*****
タイのタクシン元首相派「反独裁民主戦線」(UDD)によるバンコク中心部での大規模反政府抗議集会は16日、3日目を迎えた。UDDはこの日、集会参加者から1人10ミリリットルの血液を採り、集めた血液を同日夕、首相府前にぶちまけ、「議会解散」「総選挙実施」要求に応じないアピシット首相に抗議した。
タイの保健当局や赤十字社は、採血時に血液感染症の拡大やショック症状などの健康被害をもたらす恐れがあると中止を求めた。UDDはこれを無視して16日朝から集会会場のテント内で赤シャツ姿の支持者から採血を開始。元首相を支持する看護師など医療関係者が、使い捨て注射器で数万人から採血した。
バンコク国際空港占拠事件を起こした反タクシン派組織「民主市民連合」(PAD)がタクシン政権当時、血判状を作って政権に抗議したことがあり、UDDはこれをヒントに前代未聞の作戦を立案した可能性がある。

集会参加者には元首相の地盤の北部や東北部など遠隔地から動員された年配の農民などが多い。猛暑のバンコクでの集会に疲れも見え、会場に集まる人数も減り始めている。奇抜な作戦には、内外の注目を集めるとともに、参加者の士気を高め抗議行動を一日でも長く継続する狙いもあるとみられる。
採血を受けた女性(54)は「タイに民主主義を取り戻すため、私の血をささげた」と語ったが、会場近くの商店主の男性は「本当に国のことを思うのなら、輸血が必要な患者がいる医療機関に献血すべきだ」と批判し、嫌悪感をあらわにした。【3月16日 毎日】
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血液をまいてどうなるものでもないのは当然のことですが、そんなことでもしないと勢いを維持できないあたりに、決め手を欠いた闘争のあせりも感じます。
使い捨て注射器を使用したとのことですので、エイズなどの感染拡大にはならなかったと思いますが、記事にもあるように、いささかもったいない気もします。

【資産6割没収、ドバイ追放】
タクシン元首相派の抗議活動を支えているのは、タクシン元首相の巨額の資産ですが、それもあやうくなってきています。
*****不正蓄財1240億円没収 タクシン氏の職権乱用を認定 タイ最高裁判決*****
タイ最高裁は2月26日、タクシン元首相が在任中職権を乱用し、不正に蓄財したとして、同国政府が凍結しているタクシン氏と一族の資産約760億バーツ(約2050億円)のうち、約460億バーツ(約1240億円)の没収を命じる判決を言い渡した。タクシン氏は2006年のクーデターで失脚。その後、土地の不正取引をめぐって有罪判決を受け、海外逃亡生活を続けながら、国内の支持者を支援するなどして政界復帰を狙っていた。多額の資産の没収で、政界復帰への道のりは険しさを増しそうだ。(中略)

ただ、判決では「資産の一部は、タクシン氏が首相になる前から保有しており、全額没収は不公平」として、没収額を約460億バーツとした。凍結資産をめぐって検察側は全額没収が相当としていた。6割の没収にとどめたことは、タクシン氏側に一定の配慮を示すことで、反政府の姿勢を強めるタクシン支持派をなだめ、これ以上の混乱を抑える意図があるとみられる。(中略)
元首相派と反元首相派の政治対立が長びくなか、元首相派の活動を支えてきたのは元首相の資金力だ。だが、国外にある資産は減り続けているとみられる中で、国内資産の半分以上が没収されれば、打撃は大きい。【2月27日 産経】
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6割の没収にとどめたことは、あまり効果がなかったようですが、いずれにしても“金の切れ目が・・・”となる恐れがあります。

タクシン元首相は、資金のみならず、タイでは汚職罪で有罪判決を受け、収監を逃れるために海外に逃亡している身ですので、その落ち着き先も問題です。これまで拠点としていたドバイを追放されたとの報道もあります。
****タクシン元首相 モンテネグロで目撃情報 地元TV*****
モンテネグロの地元テレビは15日、タイのタクシン元首相がモンテネグロ国内のホテルで目撃されたと報じた。AFP通信が伝えた。タイ外務省は13日、アラブ首長国連邦(UAE)当局がドバイを活動拠点とするタクシン氏に出国を求めたことを確認しており、同氏はドバイを「追放」された可能性がある。
タイ政府はタクシン氏のパスポートを失効させたが、同氏はモンテネグロなど複数の国が発行するパスポートを所持しているとされる。
タクシン氏は汚職罪で有罪判決を受け、収監を逃れるために海外に逃亡。タイ政府はUAEに対し領内を同氏の政治活動に使わせないよう繰り返し求めてきた。【3月15日 毎日】
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【従来支配層・都市住民 対 農民・貧困層】
決め手を欠くのはアピシット政権側も同様で、衝突が起こり犠牲者が出るような事態となると世論の批判を受けかねないため、タクシン元首相支持派を刺激しないようにして収まるのを待つ・・・という姿勢です。
これだけ国論が二分されている状態が続いていますので、本来ならタクシン元首相支持派が求めているように、解散・総選挙もあってしかるべきなのですが、元首相派のタイ貢献党(プアタイ)は下院では第1党で、農村地帯の北部・東北部では今も元首相の人気は根強いという状況では、選挙に打って出ることもできない・・・というところです。

総選挙実施について、アピシット首相は“任期満了まであと2年残されているし、タイ経済は安定してきたが、国民の同意の下で立法作業を進める必要があるのは確かだ。それでも、抵抗勢力が不正を働こうと画策するなかで選挙を実施するのは考えものだ。彼らは脅迫や暴力に訴えようとしている。とても民主的とは思えない。”【2月10日号 Newsweek】と語っています。
タクシン元首相の資金が細り、抗議行動がジリ貧になっていくのを待つというところでしょうか。

タイは階級社会であり、タクシン元首相は、批判されるような金権・強権的な側面もあるものの、タイ社会の変革を行おうとした政治家でもあります。
アピシット現政権は、経済界・軍・司法・王室側近などの従来からの支配層の支持を受けています。両者の対立は、こうした従来からの支配層、及びバンコクを中心とした都市中産階級と、北部・東北部の農民や都市貧困層の争いでもあります。

総選挙を拒むアピシット現政権に対し、国外に身をおき、資産の相当部分が没収されるタクシン元首相の戦いは次第に厳しいものになっていくように思えます。


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イスラエルの東エルサレム新規入植発表に、アメリカも厳しい批判

2010-03-15 21:39:36 | 国際情勢

(東エルサレム モスク隣の建物に掲げられたイスラエル国旗 “flickr”より By Laika slips the lead http://www.flickr.com/photos/slipsthelead/3612167660/)

【クリントン長官の怒り】
イスラエルが9日、東エルサレムでのユダヤ人入植者用住宅1600戸の新規建設を承認したことについては、アメリカが仲介する形での間接交渉を開始しようとした矢先の出来事で、しかもバイデン米副大統領によるイスラエル訪問の最中だったこともあって、さすがにこれまでイスラエルを支えてきたアメリカも、面子をつぶされた形で機嫌をそこねたようです。
クリントン国務長官は、ネタニヤフ首相との電話で、“ほぼ一方的にまくしたてた”とのことです。

****入植者住宅、米国務長官がイスラエルを猛批判*****
クリントン米国務長官は12日、CNNテレビのインタビューで、イスラエルが9日に東エルサレムでのユダヤ人入植者用住宅の新規建設承認を発表したことについて、バイデン米副大統領による訪問の最中だったことから、「無礼だ」と強烈に批判した。
長官は、建設承認は内務省の管轄で首相は決定を知らされていなかったと伝えられることについても、「首相が最終的な責任を負う」と述べ、言い訳にはならないと断じた。
クローリー国務次官補によると、クリントン長官は12日にネタニヤフ首相と電話で協議し、パレスチナが将来の首都とする東エルサレムでの建設承認に直接、抗議した。米メディアによると電話は異例の45分間に及び、長官は「なぜこのようなことが起きたか理解できない」など、ほぼ一方的にまくしたてたという。【3月14日 読売】
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【国際的に認められていない東エルサレム併合】
エルサレムの戦後の歴史は次のとおりです。
第二次世界大戦後の1947年、国連案によって都市は旧市街を含む東エルサレムと、西エルサレムに分断。
東エルサレム(旧市街)には、嘆きの壁、聖墳墓教会、岩のドームといった各宗教ゆかりの施設があって、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教それぞれの聖地とされています。
1949年、第一次中東戦争の休戦協定により西エルサレムはイスラエルが、東エルサレムをヨルダンが統治。
1967年の第三次中東戦争で、イスラエルはヨルダン領であった東エルサレムを占領。
1994年に締結したイスラエル・ヨルダン平和条約でヨルダンは東エルサレムの領有を放棄。

こうした経緯で東エルサレムは現在イスラエルの占領下にありますが、イスラエルは東エルサレムとの統合を主張、、1980年には、イスラエル議会により、エルサレムはイスラエルの永遠の首都であるとされています。
しかし、国連総会はイスラエルによる東エルサレムの占領を非難し、その決定の無効を143対1(反対はイスラエルのみ、棄権は米国など4)で決議しています。なお、パレスチナは東エルサレムを独立後の首都とみなしています。

イスラエルは昨年11月、占領地ヨルダン川西岸でのユダヤ人入植活動の一時凍結(入植者住宅の新規建設を10か月間凍結)を発表していますが、「自国領」である東エルサレムは凍結対象外と位置付けています。
しかし、イスラエルによる東エルサレム併合は国際的には認められておらず、国連の潘基文(バンギムン)事務総長は改めて、入植活動が国際法違反であると強調。「和平プロセスを阻害する」と指摘しています。

【「成果を期待しているわけではない」和平交渉】
久しく停滞していた中東和平については、アメリカがイスラエル・パレスチナの仲介に入る形で、間接交渉を始めることで合意したばかりでした。

****パレスチナ和平、米仲介の間接交渉で合意*****
米国のミッチェル中東特使は8日、声明を出し、中断状態が続くイスラエルとパレスチナの和平交渉について、米国が仲介する間接交渉の形で開始することで双方が合意したことを明らかにした。
双方の直接交渉は2008年末のガザ紛争で中断し、その後もヨルダン川西岸へのユダヤ人入植問題でパレスチナ側が反発して再開を拒んでいる。間接交渉方式は1月にミッチェル特使が提案したもので、同特使が6~8日に再び現地入りして合意を取り付けた。交渉期間は4か月間で、まずミッチェル氏が来週、双方の間を往復して交渉を開始する見通し。

ただ、双方の不信感は根強く、間接交渉が成果を生むかは不透明だ。
イスラエル、パレスチナ双方は、米国への配慮で間接交渉に合意したが、真意は「(交渉を)相手方こそが『和平の阻害者』だと非難するためで、成果を期待しているわけではない」(パレスチナ事情通)との見方が強い。
間接交渉が始まっても紛糾必至なのが、将来のパレスチナ国家の国境画定だ。パレスチナ側は、第3次中東戦争(1967年)以前の停戦ライン(東エルサレムを含む西岸、ガザ地区とイスラエルの境界)を、イスラエルとの国境とするよう迫る方針。しかし、ネタニヤフ首相は、「エルサレムは永久不可分のイスラエルの首都」との立場を崩していない。【3月10日 読売】
******************************

こうした動きを受けて、バイデン米副大統領がイスラエルを訪問、イスラエルの安全保障に対する米国の全面的な支援を表明するとともに、イスラエルが「間接交渉」に合意したことを称賛したのですが・・・。
****米副大統領、イスラエルの安全保障に全面支援を約束****
イスラエルを訪問中のジョゼフ・バイデン米副大統領は9日、エルサレムでイスラエル首相との会談後に会見し、イスラエルの安全保障に対する米国の全面的な支援を表明するとともに、中東和平交渉の再開にむけて自身のあらゆる影響力を行使すると述べた。
タカ派のベンヤミン・ネタニヤフ首相との会談後、バイデン副大統領は「イスラエルの安全保障に対する米国の絶対的、全面的、そして率直な支援が(米イスラエル)関係の土台にある」「米国とイスラエルの関係が一分の隙もないほど密接な時に、中東和平には進展が生まれる。ことイスラエルの安全保障に関しては、両国の間に隔たりはない」と述べた。(中略)
またバイデン副大統領はイスラエルとパレスチナが米国を仲介役とする「間接交渉」に合意したことを称賛した。しかし同副大統領の訪問と前後してイスラエル政府は、占領を続けているパレスチナ自治区ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地に新たな住宅112棟の建設を許可し、入植の完全凍結を要求しているパレスチナ人は強く反発しており、間接交渉の成功は難しいとの声もあがっている。(後略)【3月9日 AFP】
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イスラエル側は、今回の入植計画が3年前からあり、「バイデン副大統領の訪問とは関係ない」と釈明していますが、現地入りしているバイデン米副大統領は顔に泥を塗られた格好となり、「(建設計画の)発表内容もタイミングも間接交渉に必要な信頼を損なうものだ」と痛烈に批判しています。

当然ながら、パレスチナ自治政府は反発しており、アッバス議長はアラブ連盟に対し、イスラエルが占領地東エルサレムに計画中のユダヤ人入植者用住宅1600戸の建設を撤回しない限り、米政府の仲介によるイスラエルとの間接和平交渉には応じない意向を伝えています。

アメリカ仲介の間接交渉はスタートと同時に暗礁に乗り上げていますが、前出読売記事にあるように、「(交渉を)相手方こそが『和平の阻害者』だと非難するためで、成果を期待しているわけではない」というイスラエル・パレスチナ双方の交渉合意の真意が露呈した形にもなっています。

なお、今回入植発表については、イスラエル政府内にも異論はあったようです。
“入植地計画は、ベンヤミン・ネタニヤフ首相の右派政党が率いるイスラエルの連立政権内でも、主要な連立相手である中道左派の労働党が中止すべきだと主張し、あつれきが生じている。新たな入植地計画を承認したことが「誤りだった」と認める閣僚によると、ネタニヤフ首相は計画を発表したエリ・イシャイ内相と長時間の協議を行ったという。”【3月11日 AFP】

【頑ななイスラエルの姿勢】
イスラエルのネタニヤフ首相は先月21日にも、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸ヘブロンにあるイブラヒム・モスク(マクペラ洞穴)と、ベツレヘムに近い「ラヘル(レイチェル)の墓」の、イスラム教にとっても重要な聖地2カ所を「ユダヤ人ゆかりの文化遺産修復計画」の対象にすると発表、ユダヤ側に都合よく現状改変されることを警戒するパレスチナやアラブ側が強く反発しています。

****イスラエル、西岸モスクなど修復計画 「聖地」新たな火種****
イスラエル政府による文化遺産修復計画は約150カ所が対象となっているが、地元紙の報道では、ネタニヤフ首相は連立する極右政党の突き上げで、この2カ所を対象に含めた。
しかし、パレスチナ側は激しく反発。22日にはヘブロン市内でパレスチナ人とイスラエル軍の衝突が発生し、カタールの衛星放送アルジャジーラによると、24日もパレスチナの若者と軍の衝突が起きている。
パレスチナのイスラム原理主義組織ハマス指導者のハニヤ氏は23日、「イスラム教徒の歴史を守れ」とガザ地区からげきを飛ばし、パレスチナ自治政府のアッバス議長は「イスラエルのやり方は宗教戦争を引き起こす挑発だ」と非難した。また、イスラエルと外交関係を持つ穏健アラブのエジプト、ヨルダンも「和平交渉再開の障害となる」などとして計画の見直しを求めている。【2月25日 産経】
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アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで起きたパレスチナのイスラム原理主義組織ハマスの武装部門司令官暗殺事件といい、今回の東エルサレム新規入植といい、あるいは上記宗教施設修復といい、イスラエルの頑なな姿勢が目立ちます。バイデン米副大統領はイスラエルの安全保障に対する米国の全面的な支援を表明していますが、イスラエルのこうした姿勢が続く限り、敵意に囲まれたイスラエルの状況も続きます。

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中国を意識したインド・ロシアの関係強化に、パキスタンの対印姿勢硬化

2010-03-14 12:49:56 | 国際情勢

(昨年9月25日 妻の故ブット元首相の遺影を置いて、国連総会で演説するパキスタンのザルダリ大統領  
意外と明確な対インド和平案を持っているようですが、軍に抗して権力維持ができるのか・・・ “flickr”より By United Nations Photo http://www.flickr.com/photos/un_photo/3962422965/

【空母、戦闘機に原子炉も】
ロシアのインドへの武器売却が注目されています。
これまでもインドの兵器の約7割を担ってきたロシアですが、最近のイスラエルやアメリカのインド接近、中国の海軍力増強の動きなどをにらんだ戦略関係強化のようです。

****インド、中国にらみ軍拡 戦闘機などロシアから大量購入*****
インドのシン首相は12日、同国を訪問中のプーチン・ロシア首相と会談し、空母や艦載機の購入をはじめ軍事分野で幅広い合意に達した。インドは、空母建造で遠洋進出を本格化させようとしている中国に対抗。同様に対中警戒感を強めているロシアは、インドへの武器の売り込みを加速させている。

インドにとって、ロシアは兵器の60~70%を供給する最大の調達先。主力戦闘機の供給や巡航ミサイル、原子力潜水艦の開発などで幅広い関係を築いてきた。近年、イスラエルや米国がインドに急接近する中、総額100億ドルとされる巨額合意でロシアが巻き返しを図った。
会談の目玉は、旧ソ連時代の1987年に配備された空母アドミラル・ゴルシコフ(約4万5千トン)の引き渡しだ。2004年に9億7400万ドルで基本契約が結ばれたが、インド側が装備の刷新を求めて価格の調整が難航。今回、23億ドルで妥結し、ロシア側は12年末までの引き渡しを明言したと伝えられている。(中略)
両国間には、ゴルシコフの艦載機ミグ29K戦闘機を16機売買する契約があり、その一部が昨年末、インド側に引き渡された。インドは今回、さらに29機を追加購入することで合意し、国産空母にも配備する方針だ。

インドが海軍力整備を図る背景には、62年に国境紛争を経験した中国への対抗意識がある。中国は2隻の空母の建造を急ぐ一方、パキスタン、スリランカ、ミャンマー(ビルマ)で、インドを取り巻くように港湾を建設。「将来の軍港への布石ではないか」(海軍筋)とインド側は警戒感を募らせていた。
インドは、国防予算を09~10年度に前年度比23.7%増加させ、10~11年度予算案でも同8%増を計上。5年間で300億ドルをかけた軍事力近代化の真っ最中だ。
最近では軍備開発部門のトップが、中国全土を視野に入れた射程5千キロの長距離弾道ミサイルの発射実験を1年以内に実施する方針を表明。ベンガル湾の戦略上の要衝アンダマン諸島で、中国とパキスタンを除く東南アジアなどの13カ国の海軍を招き、合同軍事演習を実施。中国を意識した動きが際立っている。【3月13日 朝日】
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【ロシアの事情】
中国の進出に警戒感を強めるインドですが、ロシアはこれまで中国にも大量の兵器を供給してきました。
しかし、ロシアにとって国境を接して軍事力を急速に増強する中国よりは、国境を接していないインドの方が警戒感が薄いということもあって、中国よりインドを優先するロシアの姿勢がより鮮明になったと見られています。
中国はロシアから購入した兵器をもとに、ライセンスなしに独自生産しているという不信感もあって、ロシアは、中国へは防御用兵器に限り、最新技術を備えた兵器は供与せず、武器売却額は減少傾向にあると言われています。【3月13日 朝日より】

中国など関係国への対応のほか、ロシアには別の事情もあります。
ロシア製兵器は近年、納期の遅れや質の低劣ぶりが露呈しており、インドでは昨年だけでミグやスホイなどロシア製戦闘機8機が非戦闘時に墜落したとの情報もあります。
プーチン首相の今回訪問は、インドの信頼をつなぎ止め、有力な兵器売却先の一つであるインドでの市場確保を目指す狙いとか。「米国は技術的優位性や政治的圧力により、兵器市場からロシアを徐々に締め出している」との指摘もあって、ロシアはベネズエラやベトナムなどで新たな市場開拓に躍起になっているのが実情のようです。 【3月11日 産経より】

プーチン、シン両首相の会談では、軍事関係だけでなく、原子炉16基をインド3か所にロシアが建設することでも合意しています。ロシアは現在、インド南部で原子炉2基を建設中です。
首脳が合意した取引総額は、100億ドル以上に達する見通しと報じられています。

【「極悪な計画を持つ者に・・・」】
中国への警戒を強めるインドに対し、インドの軍事力増強に警戒を強めるのが隣国パキスタンです。
****パキスタン:ミサイル発射実験行い声明 印露協力を警戒*****
パキスタン海軍は12日、アラビア海で対艦ミサイルなどの発射実験を行い、「極悪な計画を持つ者に戦争を抑止させるためのメッセージだ」との声明を発表した。同日、インドとロシアが軍事協力強化などで合意したことに強い警戒感を示したものだ。アフガニスタン戦争の泥沼化でこの地域における米国の影響力が低下する中、印パ関係は98年の核実験以来、最も危険な状態になりつつある。

印パ両国とも定期的に海上でミサイル発射実験を行ってきたが、今回のような挑発的な声明は極めて異例。インドのチダムバラム内相は声明後、「(08年11月のインド・ムンバイ同時多発テロ事件と)同じテロを再びインドで起こせば、今度は容赦しない」と軍事行動を示唆し、パキスタンをけん制した。
インドとの過去3回の戦争でいずれも劣勢に立たされたパキスタンにとって、後背地のアフガンとインド洋へのインドの影響力拡大は最大の脅威だ。
米同時多発テロ(01年9月)後、パキスタンでは米国からの圧力で自国内のテロ対策に重点を移し、対印脅威論は下火になった。米国の下、パキスタンとインドは「対テロ同盟国」となり、和平対話にもつながった。
しかし、ムンバイテロ事件で対立が再燃。インドが治安部隊の訓練などでアフガンへの関与を強めていることから、パキスタンでは対印強硬派が勢いを増している。今回のパキスタン側の声明は、こうした地域の安全保障環境の変化を反映したもので、印パ関係の一層の悪化につながる恐れがある。【3月13日 毎日】
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インドとパキスタンの関係正常化に向けた「包括的対話」は08年11月のムンバイ同時テロで中断していましたが、2月25日、両国の外務次官級協議が「包括的対話」再開に向けて行われました。
しかし、両国の主張は平行線をたどり次回の日程さえ確定できずに終わっています。

****印パ ムンバイテロ後初の公式協議 次回日程決まらず****
今回の協議は、「包括的対話」の再開につながる場となるかが焦点だった。だが、両国の主張は平行線をたどり次回の日程さえ確定できず、冷却化した印パ関係の難しさを改めて露呈した。
今回の協議はインド側がパキスタン側にもちかけたもの。だが、協議前からテーマをめぐって温度差が露呈するなど、実質的な進展への期待感は低かった。

印パ両外務次官は、協議後、それぞれ記者会見を開き、今回の協議が「有用なものだった」と語った。だが、協議では、主要テーマはテロ問題だとするインド側に対し、パキスタン側は、両国が領有権を主張するカシミール問題だとして譲らず、いずれのテーマも突っ込んだ協議には至らなかったようだ。
インドのラオ次官は「ムンバイ同時テロは大きな問題の一つの兆候だ」として、パキスタンを拠点としてインドにテロ攻撃をしかけるイスラム過激派組織に対し、早急に厳格な措置を取ることなどを求めた。
これに対しパキスタンのバシール外務次官は協議後の記者会見で、「パキスタンはテロとの戦いではどの国よりもやるべきことをやっている」と反論、テロ問題に固執し、両国関係の全体の進展を妨げるべきではないとインドを批判した。【2月26日 産経】
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【ザルダリ大統領のインド和平案】
パキスタン内部でも、ザルダリ大統領と国軍の間では意見の違いがあるようです。
従来同様、インドの脅威を強調し、カシミール問題解決を声高に主張しているパキスタン軍上層部ですが、ザルダリ大統領は、一貫して“パキスタンを安定させるのはカシミール問題の解決ではなく、貿易自由化をはじめとするインドとの経済協力である”という主張をしています。

膨張する軍事費によって経済発展に予算が回らず、結果として生じる経済不安がイスラム過激派に付け入る隙を与えてきた。インドとの経済協力で、これまでよりはるかに安く輸入でき、輸出産業も市場を得ることができる。カシミール問題はしばらく保留しておけば、経済交流が盛んになるにつれ、政治的緊張は次第に和らいでいく・・・という考えです。

ザルダリ大統領はインドに関して、「カシミールのインド支配に抵抗するイスラム過激派はテロリストだ」「パキスタンから先にインドに核兵器を使用することはないと断言する」と発言しています。さらに、ムンバイ同時テロ後の関係冷却の中にあって、「パキスタンはインドの脅威を受けていない。インドは成熟した民主国家であり、民主国家は他国の民主国家を攻撃したりはしない」と明言しています。

ザルダリ大統領の主張は正論です。しかし、インドとの緊張が緩和すると国における軍の特権的地位が危うくなります。また、アメリカから支援を受ける莫大な軍事費を正当化する口実が失われます。ひいては、軍関連のさまざまな企業を経営する将軍たちの資産にも・・・という訳で、軍上層部の理解が得られないとか。
ムンバイ同時テロについても、大統領のインド和平案をつぶすためにパキスタン軍が仕組んだのでは・・・とも見方もあるとか。【3月17日号 Newsweek日本版】

かつて“ミスター10%”などと揶揄されてきたザルダリ大統領ですが(実際脛に傷がある身ですが)、なかなかしっかりっした主張を持たれているようです。ただ、いかんせん権力基盤が脆弱です。軍に対してはもちろん、党内においてさえ危うい状況です。
インドのロシアとの関係強化・軍事力増強は、パキスタン軍・保守派の強硬意見に有利に働きます。
ザルダリ大統領のインドとの和平案が実現するのか、あるいは軍事クーデターなどで失脚するのか・・・アメリカがどこまで大統領を支援できるかにもかかっているとか。
アフガニスタンの泥沼に足をとられ、パキスタン軍の協力を得たいアメリカがどこまで指導力を発揮できるか・・・。

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ミャンマーのロヒンギャ  存在を否定された民族

2010-03-13 13:27:57 | 世相

(タイ海岸にたどりついたロヒンギャ難民 Human Rights Watch 「生死をさまよう人々」より)

【「押し返し」政策】
昨年1月に、タイ海軍が同国南部のアンダマン海で、ボートに乗ってミャンマーから逃れてきたイスラム系少数民族のロヒンギャ族の難民を縛るなどして拘束し、殴るなどの暴行を加えたあと、エンジンのない木製の小舟に乗せて十分な水・食料も与えないまま海上に放置、インドやインドネシアで救出されるまでに数百人規模の死者が出したという難民虐待問題が公になったことがあります。

この海上への「押し返し」政策について、当時発足したばかりのタイ・アピシット政権は当初その存在を否定していましたが、その後、調査を行うとの見解を示しました。
しかし、最終的にタイ政府は、話を歪めているとして報道機関を非難、そしてロヒンギャは経済目的の移住者であって難民ではなく、タイに流入してくるロヒンギャを受け入れることもできないとしています。
また、拘束するロヒンギャの大半に罰金を科し、ミャンマーに送還する準備をしているとも言われています。【Human Rights Watch 「生死をさまよう人々」より】
ロヒンギャを自国民と認めないミャンマーに送還された場合、これら不法出国者のロヒンギャ難民が虐待・投獄されることが予想されます。

【“難民に食糧が行き渡らないようにしている”】
貧困・人権侵害により生存を否定された状況にあるミャンマーやバングラデシュからのロヒンギャのボートによる脱出は、このときだけでなく毎年一定の時期に繰り返し見られる現象であり、ロヒンギャ難民の最も大きな部分を抱えるのが、ロヒンギャ居住地域と接する隣国バングラデシュです。
そのバングラデシュにおいても、“バングラデシュ政府はロヒンギャの難民に食糧が行き渡らないようにしている”“収容所の中で彼らは放置され、餓死者も出ている”と、ロヒンギャ難民の境遇は苛酷なものになっています。

*****バングラデシュ、ミャンマー少数民族の難民への弾圧を強化 報告書*****
隣国ミャンマーから流入してバングラデシュ国内にとどまっているミャンマーのイスラム教少数民族ロヒンギャの難民に対し、バングラデシュ政府が弾圧キャンペーンを展開しているとの報告書を、米団体「人権のための医師団」が9日に発表した。
これによると、バングラデシュ政府はロヒンギャの難民に食糧が行き渡らないようにしているほか、恣意(しい)的な逮捕、法律によらない国外追放、強制収容所への抑留などを行っている。
これまでに、難民登録をせずにバングラデシュに住んでいるロヒンギャ難民数万人が、仮設の収容所に強制収容された。中には数十年間、バングラデシュで暮らしてきた難民もいる。収容所の中で彼らは放置され、餓死者も出ているという。

「人道のための医師団」で調査ディレクターを務めるリチャード・ソロム氏は「この弱者の集団に住む国を与えぬまま放置し、飢えたままにしておくのは、とうてい受け入れられない」と憤っている。ソロム氏によると、最近のハイチ大地震後の子どもの栄養失調率は6%だったが、ロヒンギャの収容所にいる子どもではその3倍の18.2%にも上っているが、なんの援助もないという。
国連が世界で最も迫害されている少数民族のひとつとみなしているロヒンギャは、ミャンマー北部のラカイン州から毎年数千人単位で国境を越え、イスラム教徒が多数を占めるバングラデシュに流入している。
バングラデシュで難民として登録されたのは2万8000人で、クトゥパロンの難民キャンプに収容されているが、バングラデシュ政府はこれは氷山の一角で、未登録の難民は20~30万人いるものと推計している。同政府の弾圧強化について「人道のための医師団」の報告書は、今年予定されるミャンマー総選挙を前に、現在以上の難民流入を阻止する狙いがあることは明らかだと分析している。【3月9日 AFP】
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(タイ治安部隊に逮捕・拘引された後、南タイの海岸で仰向けにさせられているロヒンギャ。監視するタイ海軍 Human Rights Watch 「生死をさまよう人々」より)

【無国籍者】
ロヒンギャ族については、“ロヒンギャの総人口は約200万人。うちビルマ国内、主にアラカン(ヤカイン)州西部とラングーン(ヤンゴン)に留まっているのは約80万人だ。約20万人がバングラデシュで暮らし、そのうちの3万人が劣悪な状況にある難民キャンプで生活している。推計50万人が中東で、また5万人がマレーシアで移住労働者として生活しており、残りの人々は地域全体に分布している。日本に行ったり、はるばるオーストラリアまで船で渡ろうとしたりする人々もいる。ビルマ政府からビルマ国民として認められていないことが主な理由となり、ロヒンギャのほとんどは無国籍者となっている。” 【Human Rights Watch 「生死をさまよう人々」】という状況です。

ロヒンギャが難民化する経緯について、ウィキペディアを引用します。
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ロヒンギャの迫害が始まったのは1942年からである。ミャンマー軍とともにモッグ族[2]により、10万人が殺され、50万人が家を失った。 その後も迫害が続き、1978年ネ・ウイン政権のもとで「ナーガミン作戦」が行われた。これにより30万人のロヒンギャが難民としてバングラデシュにのがれた。このときは国際的な救援活動が受けられず、1万人ものロヒンギャが亡くなった。その8割は子供であった。のちに3年間ほどかかり20万人がビルマに帰国した。
しかし、1982年の市民権法が成立し、ビルマのロヒンギャは無国籍としてあつかわれるようになった。ミャンマー政府は「バングラデシュからの違法移民だ。違法だから取り締まる」という見解を示している。市民権が与えられなくなったことで、教育の機会や医療を受ける権利も剥奪された。職業も限られ、その多くは農民である。ミャンマーは税金と称し作物・米をとりたて、それを払えなければ、強制労働に従事させ、拒めば投獄されるという。さらにビルマ民族の入植もしだいにすすめられ、ロヒンギャはもとから住んでいた土地をおい出されていった。
1988年アウンサンスーチー氏らの民主化運動をロヒンギャは支持したため、ビルマ軍事政権はアラカン地方に7~8万人の軍隊を集結し、モッグ族とともに再び迫害・襲撃を開始した。また軍事施設や道路・橋を建設し始め、ロヒンギャを労働力としてこき使った。彼らは、強制労働させられるだけでなく、家の財産や家財道具・食料・家畜まで略奪され、反抗すれば暴行や強姦もうけ、場合によっては殺されるなど、残虐に扱われた[3]。その結果、1991年12月末から1992年3月にかけてロヒンギャは1~2kmの川幅のナフ川を小船で渡ったり、山々を歩いたりして、国境を超えバングラデシュにのがれた。その数は、28万人であった[4]。当時としてはカンボジア難民(約35万人)にせまる数であり、このような急激な大量難民の発生は、最近10年間のアジアの中で最多となる。
国連はこの状況を危惧し、コックスバザールから南に向かう道路沿いに13ヶ所の難民キャンプを設けた。一つのキャンプに約1万人~4万人の難民が生活していたが、結局キャンプに入れなかった人など、キャンプ以外にも避難生活している人たちも多くみられた。避難施設に住むことができたのは難民の約6割で、4割は粗末な小枝を集めた小屋で避難生活を送らねばならなかった。
食料の供給は、赤新月社により供給されていたが、それは十分でなかった。水は、川や沼の水を使用し、給水車で水を供給し水の確保に努めていた。便所も不十分で、あとは外へのたれながし状態であった。
その後、最近では、避難しているタイなどにも迫害され、逃げ場を失っている。
********************************
難民キャンプの外で暮らすことの意味合い、その状況などについてはよくわかりません。

【“鬼のように醜い”】
問題の根底には、ミャンマー軍事政権がロヒンギャを自国民として認めず、市民権を付与せず、強制労働・財産没収・投獄などの人権侵害を続けていることがあります。
ただ、こうしたロヒンギャ否定はひとりミャンマー軍事政権のみの問題ではなく、ヤカインに暮らす多数派民族の間にも強い差別・蔑視が存在するようです。

“ロヒンギャに対する差別は、ビルマ国民全体に受け入れられているとはいわないものの、ビルマに深く根ざしている。ロヒンギャの法的地位を認めないビルマ軍政の姿勢は、アラカン民族やそれ以外の民族の間から、また反政府勢力や国外の亡命組織の一部から根強く公然と支持されている。多民族間の亡命団体の運動や会合から多くのロヒンギャ団体が排除されている。アラカン人仏教徒は何世紀にもわたってロヒンギャの隣人だったが、彼らの中にはロヒンギャの存在自体を認めず、ビルマに居住するベンガル人だと主張する人々もいる。
ロヒンギャが長期にわたって置かれている法的な無権利状態と、ロヒンギャには社会の完全な成員としての資格を与えるべきではないとする見方は、あからさまな人種主義と結合することもある。ビルマでは、南アジア系の人々を指す「カラー」(外国人の意)という侮蔑的な表現があるが、ロヒンギャはこれよりもさらに見下された扱いを受けることが多い。
この事実がはっきりと見て取れる最近の事例は、2009年2月に、イエミンアウン在香港ビルマ総領事が他国の領事たちに宛てた書簡の内容だ。
〔……〕実際、ロヒンギャは「ミャンマー国民」でもなく、ミャンマーに住む民族集団でもないのです。写真をご覧になれば、彼らの皮膚の色が「薄黒い」のがお分かりかと存じます。ミャンマー人の皮膚の色は白く透き通っていて、見た目にも美しいのです。〔……〕彼らは鬼のように醜いのです。” 【Human Rights Watch 「生死をさまよう人々」】

【“見せしめ”】
その他、ASEANの対応など、ロヒンギャ難民問題に関する詳細は、これまで引用したHuman Rights Watch の報告書「生死をさまよう人々」(http://www.hrw.org/ja/news/2009/10/29から日本語版がダウンロードできます。)に詳しく書かれています。
また、日本では群馬県館林市に200人ほどのロヒンギャが生活しているそうですが、“彼らにはミャンマーで国民登録がない。日本政府が強制送還させたくても、軍事政権は入国させない。強制送還ができないので日本の入管は、自傷行為や自殺未遂を繰りかえすまで入管センターに収容し、今後のロヒンギャ難民にたいする見せしめにする。”【08年1月8日 日刊ベリタ http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200801081309122】とも。
いささか刺激的な表現ですが、タイ・バングラデシュ政府同様、もてあましているのは事実でしょう。

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ポーランド、ウクライナ、グルジア  ロシアとの関係改善へ向けた動き

2010-03-12 22:20:31 | 国際情勢

(ポーランド南部にある古都クラクワ 「カチンの森」の惨状を伝える写真に涙する女性
“flickr”より By themactep
http://www.flickr.com/photos/themactep/2598777949/)

【カチンの森】
以前も取り上げたことがありますが、ポーランドとロシアの間には「カチンの森事件」と呼ばれる歴史問題があります。
旧ソ連西部カチンの森などで、第二次大戦中の1940年春、ポーランドを占領していたソ連(当時)がポーランド人の戦争捕虜らを大量処刑(約4400人)したとされる事件です。処刑されたのは、共産主義の政治教育受け入れを拒んだ将校、官僚、教師らです。43年にドイツ軍がカチンの森(正確には、スモレンスク近郊のグニェズドヴォ村)で大量の死体を発見し発覚しました。
その後明らかにされた資料では、ポーランド人犠牲者の数は約1万4500人にのぼり、他にソ連人多数も殺害されていたとのことです。(犠牲者の数については、“ポーランド人将校ら2万人以上”とする見方もあるようです。)

旧ソ連はほぼ半世紀にわたり、この虐殺について「ナチスの仕業」と主張。
両国がともに共産陣営にあった冷戦時代、ポーランドでカチンの森事件を語ることさえ「タブー」でした。
89年にポーランドに民主政権が誕生し、本格的な真相解明が始まり、90年にゴルバチョフがカチンと同じような埋葬のあとが見つかったメドノエとピャチハキを含めて、ソ連の内務人民委員部がポーランド人を殺害したことを認めました。ただ、旧ソ連を引き継ぐロシアは今も戦争犯罪とは認めていません。
「カチンの森事件」をめぐる見解の相違は、冷戦構造崩壊後、ポーランドとロシア両国の緊張が生じた要因の一つとされてきています。

【未解決の過去と決別】
この事件から70年の追悼式典に、ポーランドのトゥスク首相が招かれ、ロシアのプーチン首相と共に出席することが、2月3日、ロシア政府によって発表されました。プーチン首相とトゥスク首相の電話協議で、ロシア側がトゥスク首相を招待したとのことで、トゥスク首相は「犠牲者の追悼にも、両国関係の友好促進にとっても重要な一歩になる」と語り、招待に応じることを表明しています。【3月6日 毎日より】
ポーランド側は、その後、カチンスキ大統領も式典に出席することとし、両国間の関係改善・雪解けが期待されています。

****カチンの森:露とポーランド首脳が現地訪問へ 和解に期待*****
第二次世界大戦中にポーランド人2万人以上が犠牲となった「カチンの森事件」の犠牲者家族を支援するポーランド政府系組織「戦争殉教者追憶保護協会」のプシェボズニック事務局長は毎日新聞の取材に応じ、ロシアとポーランド両国首脳が初めてそろって現地訪問することについて、「ロシア側から招待されたことに意義がある。大きな変化が起こる」と両国の和解に強い期待を示した。
事務局長は、事件から70年の節目を迎える来月、プーチン露首相がポーランドのトゥスク首相を現地の追悼式典に招待した点を「ロシア側の英断だ」と前向きに評価した。

事務局長によると、事件でポーランド人を大量処刑したのはソ連内務人民委員部(秘密警察)だったが、スターリンら当時の最高指導部が直接、処刑を指示した。こうした背景から、事務局長は「『カチンの森』は共産主義体制が生んだ戦争犯罪」と指摘した。
その上で事務局長は「事件をめぐる歴史論争に終止符を打てれば、未解決の過去と決別できる。ポーランドとロシアの2国関係はきっと正常化に向かうだろう」と、関係改善に期待を示した。

ポーランドでは、旧ソ連とその後継国家ロシアに対して複雑な感情が根強く残る。独ソ不可侵条約(1939年)とその秘密議定書によりポーランドは第二次大戦でナチス・ドイツとソ連に分割占領された。冷戦時代にはソ連軍主体のワルシャワ条約機構軍が駐留し、ソ連に抑圧された苦い経験もあるからだ。
しかもカチンの森事件について、90年にソ連のゴルバチョフ大統領が犠牲者名簿を公表し、ソ連の関与と責任を認めた。ソ連側はそれまでほぼ半世紀にわたり「ナチス・ドイツの犯行」と主張していた。その後エリツィン大統領が「国家ぐるみの指示があった」と認め、当時の記録も公開したが現在は記録は再び秘密文書扱いで非公開となっている。【3月12日 毎日】
******************************

両国間には「カチンの森」だけでなく、ポーランド分割の歴史や旧ソ連が対ナチスのワルシャワ蜂起を見殺しにした歴史などもあります。
そうした歴史は直視する必要がありますが、徒に敵意を煽るのではなく、悲劇を繰り返さないために関係国間の関係を良好なものにしていく努力を、その歴史から汲み取ることが重要に思われます。

ポーランドとアメリカは1月20日、見直し後の新しい東欧ミサイル防衛(MD)計画に基づく地対空迎撃ミサイル「パトリオット」の配備先をロシアの飛び地・カリーニングラード州との国境から約60キロしか離れていないポーランド北部モロングに決定したと発表しました。
ロシアのセルジュコフ国防相は2月19日、ロシアへの脅威が欧州で発生した場合、ロシアの飛び地・カリーニングラード州に新型ミサイルシステム「イスカンデル」を配備すると述べ、欧州でミサイル防衛(MD)配備を検討するアメリカの動きを牽制しています。
「カチンの森事件」追悼式典への出席で、こうしたポーランドとロシアとの関係が一気に変わるものでもないでしょうが、ロシアとの距離をどのように保つか・・・今後も模索が続くと思われます。

【「正しい方向へ」】
一方、親欧米路線をとり、ロシアとの関係が悪化していたウクライナでは、周知のように親ロシア派のヤヌコビッチ大統領が誕生しました。
ヤヌコビッチ大統領は5日、ブリュッセルの欧州連合(EU)本部訪問に続いて、就任後初めてロシアを訪れ、メドベージェフ大統領、プーチン首相と会談しました。
ウクライナ大統領の訪露は08年6月以来で、両大統領は、ウクライナのユーシェンコ前政権下で悪化した関係の修復を進めることで合意しました。

****ウクライナ:大統領がロシア首脳と会談 関係修復で合意*****
両国首脳は、今年前半にメドベージェフ大統領がウクライナを公式訪問し、閣僚らを交えた「国家間委員会」を開いて諸問題を協議することで合意。会談後の共同会見でヤヌコビッチ大統領は「我々は力を合わせて(関係改善へ)急転換する」と述べ、メドベージェフ大統領も「正しい方向へ(の転換を)」と応じた。

ヤヌコビッチ大統領は会見で、2017年に駐留協定が期限切れを迎える、ウクライナ南部でのロシア黒海艦隊に対する基地貸与問題を巡り「近く回答できると思う」と述べるにとどめた。ロシア産天然ガスについてウクライナ側が価格引き下げを期待していた問題は協議されなかった。
ヤヌコビッチ大統領は1日に最初の外遊としてブリュッセルの欧州連合(EU)本部を訪れており、ロシアは2番目。「日程上やむを得なかった。(ロシアは)理解してくれると思う」と語った。【3月6日 毎日】
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また、ウクライナ最高会議(国会)は11日、ヤヌコビッチ大統領の側近で与党・地域党党首代行のミコラ・アザロフ元第1副首相(62)を新たな首相に選出しました。アザロフ新首相は、ロシア生まれで84年にウクライナに移住した経歴を持っています。
これにより、ヤヌコビッチ大統領の政権基盤も固まり、今後、親欧米路線からの転換が進むものと見られています。

【「正常な対露関係は重要だ」】
08年夏にロシアと軍事衝突を起こしたグルジアでは、野党指導者が今月に入り、相次いでロシアを訪れていることが報じられています。ロシアとの関係改善を模索して、「親米反露」の立場を取るサーカシビリ大統領をけん制する狙いとか。

****グルジア:野党が親露路線 「親米反露」の大統領けん制****
グルジアの有力野党指導者のブルジャナゼ前国会議長は今月5日にモスクワを訪れ、プーチン首相と会談した。ブルジャナゼ氏は席上「ロシアは大国の一つであり、正常な対露関係は重要だ」と発言。プーチン氏も「関係改善を望む人たちとの間ならば、紛争以前の関係に戻せるかもしれない」と訪問を歓迎した。別の野党指導者であるノガイデリ元グルジア首相も9日からロシアを訪問した。
ブルジャナゼ、ノガイデリ両氏は04年に誕生したサーカビシリ政権で要職を務めたが、後に野党指導者に転じた。特に「民主運動・統一グルジア」の党首を務めるブルジャナゼ氏は、13年に予定される次期大統領選の有力候補の一人。同氏がロシアを訪れた背景には「まずは今年5月の地方選挙をにらんで、(現政権の弱点である)対露問題に焦点を当てる狙いがある」(外交筋)とみられる。

このような動きに対して、サーカシビリ大統領は「反政府感情にとらわれ、反愛国的な行動を取る勢力がいる」と批判している。
ロシア政府はサーカシビリ政権との間で、関係改善に応じない立場を崩していない。だが一方で、両国政府はロシア国内で数十万人といわれるグルジア国民が働いている事情などを考慮して、今月1日に双方の国境を挟む検問所1カ所で業務を再開した。さらに緊張緩和に向けた環境整備にも踏み出している模様だ。【3月11日 毎日】
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【ロシアとの距離をいかに保つか】
旧ソ連の諸国や東欧諸国にとって、ロシアとの関係、どのような距離を保つかは最大の問題です。
過去の歴史もあって、ロシアへの警戒感も根強く存在しますが、ロシアとの関係悪化は“グルジアのような結果”にもなりかねず、また、経済的にもロシアとの強い結び付きもあります。
EUの東方拡大にさらされるロシアにとっては、かつてのソ連の裏庭のこうした地域での影響力の再構築が重要課題となっています。

ポーランド、ウクライナ、グルジアの最近の動きを見ると、アメリカの影響下でこれまでロシアへの対決姿勢を強めていた各国において、ロシアとの関係改善を模索する動きが始まっているように見えます。

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