(06年9月 タクシン元首相を追放した軍事クーデターは、バンコク市民からは好意的に受け入れられ、戦車は市民からの花で飾られました。“flickr”より By Dan Caspersz
http://www.flickr.com/photos/caspersz/248201432/)
【広がる民主主義への幻滅】
3月24日号Newsweekに、「こうして民主主義は死ぬ」という刺激的なタイトルの、ジョシュア・カーランジック氏(米外交評議会研究員)による記事が掲載されています。
“民主化の担い手だった中流層の失望で後退する政治的自由”
“90年代に入って途上国で続々と実現した政治の自由。だが独裁体制打倒の原動力になった中流層は今、民主化後の混乱や権力欲をむき出しにする指導者に幻滅し、さらに国を混乱させる行動を取るようになった。世界各地で民主主義が失速する”
“かつて独裁政権の打倒に力を尽くした中流層の多くが、今や民主主義を確立する難しさを思い知り、かつての独裁政治時代を懐かしんでいる”
民主主義を象徴するイベントが民意を政治に反映する選挙ですが、ジンバブエやイランやアフガニスタンなど、権力者が民主主義の名のもとで、不正な手段で権力を維持するための方策になってしまっている事例が多く見受けられます。ミャンマー軍事政権による選挙・民政移管はその最たるものでしょう。
また、ケニア、ジンバブエ、イランなど、選挙後に敗者が選挙結果を受け入れず、政治的混乱が尾を引く事例も多くあります。
また、ウクライナやグルジアなど、かつての民主化の戦いの成果が政治的混乱から国民の支持を失っていく事例も見受けられます。
更に、今世界で最も存在感を強めている国は民主主義とは一線を画する中国であり、エリツィン時代の混乱を経験したロシアのプーチン首相は強権的手法ながら国民の大きな支持を今なお保っています。
こうした事例を見ていると、従来普遍的な価値を持つものとして広く受け入れられていた民主主義というものが、期待されるようには機能しておらず、その輝きが次第に色あせていっているようにも思えます。
冒頭Newsweek記事は、こうした世界の動きともリンクするものです。
記事で紹介されている人権擁護団体フリーダム・ハウスによれば、同団体が05年に民主主義の後退を指摘した国はわずかに9カ国でしたが、09年報告では、アフリカ・中南米・中東・旧ソ連圏の40カ国に急増しています。
また、民主主義的な政治形態を採用している国は116カ国に減少し、95年以来最も少ない数になっています。
こうした民主主義の衰退の一番大きな原因として、90年代に新興民主主義国を率いた指導者の政治姿勢が挙げられています。
“自由な社会をつくるには確固とした制度や健全な野党、妥協をいとわない精神が欠かせないことを彼らは理解しなかった。彼らにとって民主主義は選挙のときに使うだけの制度。選挙で勝利をおさめた後は、手にした権力を乱用して国家を支配し、支持者や出身民族に利益を誘導した。こうした狭量な民主主義はその言葉の真の意味をゆがめただけでなく、多くの国で民衆の民主主義離れを招いた。新しく政権を握った民主主義者は以前の独裁主義者と同様、公益を追求する気などさらさらない。そう考えた民衆は愛想を尽かした。”
ほかにも、9.11以降欧米諸国がテロとの戦いに焦点を移し、途上国の民主主義が瀕死の状態になってもほとんど何もしなかった、むしろ、テロ容疑者を無制限に拘束するような独裁政権が都合がいいと考えるようになったこと、アメリカの民主主義を掲げたイラク侵攻が、イスラム・中東世界で民主主義の負のイメージを広げたこと、市場経済の拡大と同義語だった民主主義が、世界的な同時不況による経済混乱のなかで、その魅力を失ったことなど・・・も、昨今の民主主義衰退の原因として挙げられています。
【タクシン元首相に反発した都市中流層の非民主主義的行動】
記事が民主主義の失敗事例として取り上げているのが、タイで続くタクシン派と反タクシン派・アピシット政権の政治対立です。
****タイ:タクシン派、大規模抗議行動を一時休止*****
今月14日からバンコク中心部で反政府抗議行動を続けているタクシン元首相派「反独裁民主戦線」(UDD)は18日、同日を「休日」として、大規模な抗議行動を行わなかった。当初約10万人に達した参加者は連日減り続けており、UDDは態勢を立て直すため抗議行動を一時休止したとみられる。
元首相の地盤の北部や東北部など遠隔地から動員された参加者は、連日集会会場の仮設テント内などで夜を明かしており、疲労の色が濃くなっている。海外逃亡中のタクシン元首相は17日夜のテレビ電話での演説で、参加者に「あと7日間、我慢してほしい」と訴えた。UDDは元首相の地盤で改めて参加者を募ってバンコクへ送り込む方針だが、当初の10万人規模に戻すことは困難とみられる。
UDDは新たな戦略として週末の20日、参加者をバンコク各地に分散させてデモや集会を行い、市民に支持を訴えるとしている。【3月18日 毎日】
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“あと7日間”続ければ、何か事態が動くのでしょうか?
タクシン元首相を支持する人々の抗議活動は、数を頼んで現政権を窮地に追い込もうとするものであり、本来そういう意見の対立は、街頭行動ではなく、議会における議論で解消を図るべきものではないか・・・とも考えられます。
しかし、一歩踏み込むと、タクシン元首相を支持する人々は北部・東北部の貧しい農民、あるいは都市貧困層であり、彼らが求めているのは総選挙での民意の確認である、一方、アピシット現政権は、軍のクーデターによるタクシン元首相の排除、その後選挙で勝利したタクシン派政権を同じような民衆行動で揺さぶりながら、司法権力によるサマック元首相の強引な解任、与党の解党という民主的とは言い難い経緯で誕生した政権であり、タクシン以前のタイ旧支配層の意向を受けたものあるという構図があります。
そしてそのアピシット政権は、もし選挙になると勝利がおぼつかないため、選挙を拒否しています。
こうしたアピシット政権を支持しているのが、都市中流層の人々です。
記事が問題にしているのは、ではなぜ中流層は民衆的ルールから逸脱するところもある現政権やかつてのタクシン排除クーデターを支持しているのか・・・というところです。
タクシンは自ら地方の村をまわり人々の不満に耳を傾け、国民医療保険制度の実現とか農村基金の設立など、大衆迎合的な公約のいくつかを実現しました。
しかし、その手法は、官庁・司法を骨抜きにし、縁故者を採用するようなこととか、支持者によるメディアグループの買収であり、「麻薬撲滅作戦」では裁判なしの処刑や治安部隊による連れ去りが横行しました。
都市中流層は、こうしたタクシン元首相の金権・強権的な体質に失望し、貧困者に権限を与えるために自分達が犠牲を強いられることを危惧しました。
そして、タクシン元首相に反発する中流層は、民主主義を支持すると言いながら、街頭行動で国会など政府機関を封鎖し軍事クーデターを求める、民主主義を破壊するような抗議行動を行いました。
記事では、タクシン元首相について、民主主義の政治家というよりは、アルゼンチンのファン・ペロン元大統領のような軍事独裁者によく似ているという意見を紹介しています。
大衆迎合的なバラマキ政策、その結果、地方貧困層の強い支持、強権的な政治手法・・・現在の政治家でみると、イランのアフマディネジャド大統領にも似ているように思われます。
いささか悲観的気分を増長するような記事です。
ただ、問題が起きると広く報じられますが、順調に行っている場合は取り上げられることはない・・・というのが世の常ですので、広い世界では順調に民主主義をはぐくんでいる国々も少なからず存在するのでしょう・・・そうあってもらいたいものです。