(ルビャンカ駅で犠牲者に花を捧げるモスクワ市民 “flickr”より By enot_female
http://www.flickr.com/photos/ekaterina_photos/4477312798/)
【「黒い未亡人」】
“ロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領は29日、同日朝に通勤時の地下鉄で起きた連続自爆攻撃で38人が死亡した事件の現場の1つとなったモスクワのルビャンカ駅を訪れ、プラットフォームで犠牲者に花輪を捧げた。メドベージェフ大統領は、爆破攻撃の犯人らを「けだもの」と呼び、「必ず首謀者らを捜しだし、せん滅する」と言明した。(中略)
ロシア当局は2件の爆発は爆発ベルトを身に着けた女2人による自爆攻撃と断定した。モスクワでは10年ほど前にも、夫をロシア軍に殺害されたチェチェン共和国などの女性らによる報復の自爆攻撃が相次いだ時期がある。こうした自爆犯らは「黒い未亡人」と呼ばれた。
”【3月30日 AFP】
【国際的なテロネットワーク】
犯行組織については、北カフカスを拠点とする武装勢力が疑われており、3月初めにロシア連邦保安局(FSB)の特殊作戦で北カフカスの武装勢力の精神的支柱とされるチホミロフ指導者が殺害されたことへの報復ではないかと、地元メディアでは報じられています。
また、このテロ組織と国際テロ組織「アルカイダ」とのつながりも指摘されています。
****北カフカス武装勢力の関与浮上 モスクワ地下鉄テロ****
モスクワの地下鉄で起きた爆発テロ事件の背後に、ロシア南部の北カフカスを拠点とする武装勢力が浮上している。1990年代にチェチェン戦争で戦った後、チェチェンを逃れた人物が率いる組織で、2007年に反ロシアや反米英を掲げて「聖戦」を呼びかけている。国際的なテロネットワークとつながっている可能性も指摘され、主要国(G8)外相会合が29日に国際的な対テロ結束を確認する声明を出すなど、国際社会もテロの連鎖に懸念を強めている。
ロシアでの報道などによると、犯行動機で有力視されているのは、3月初めにロシア連邦保安局(FSB)の特殊作戦で北カフカスの武装勢力の精神的支柱とされるチホミロフ指導者が殺害されたことへの報復だ。同指導者はかつてエジプトなどでイスラム教を学んだ人物。(中略)
チホミロフ指導者が精神的支柱であったのに対し、実動の武装組織を率いるのがウマロフという指導者で、今回の地下鉄テロの背後にいるとの見方が出ている。チェチェンを安定化させた親ロシアのカドイロフ現政権とは敵対関係にあり、チェチェンを逃れて北カフカスの不安定化を狙っているとみられている。
この組織がかつてのチェチェン独立派と違うのは、国際テロ組織「アルカイダ」とのつながりを示唆する点だ。ウマロフ指導者は、07年に発表したビデオ声明で、「我々の兄弟がアフガニスタン、イラク、ソマリア、パレスチナで戦っている」と述べた。
組織の実態は不明な点が多いが、ロシア治安筋は「いずれにしても、今回のテロは始まりに過ぎない」と語る。
G8外相会合のためカナダを訪れたロシアのラブロフ外相は29日、今回のテロについて「アフガニスタンとパキスタン国境には地下テロ組織に占領された『誰のものでもない領域』がある。多くのテロが計画されているアフガン周辺とカフカスとのルートはつながっている」と述べた。
また、米国務省高官が「ワシントンは今回の犯行の解明に全力を尽くす」と述べたほか、サルコジ仏大統領がテロを非難してロシアと連帯を表明。バローゾ欧州委員長もロシアのテロとの戦いに支持を表明した。このように欧米諸国が即座に反応を見せたのも、ウマロフ指導者の組織が国際的なテロネットワークと関連している、との見方が広がっているからとみられる。
米ロ首脳がテロ後に電話会談した際、テロとの戦いは核軍縮問題と並ぶ最重要の協力分野と位置づけており、国際的なテロの連鎖を防ごうとの機運が高まっている。【3月31日 朝日】
******************************
【“プーチンの嘘”】
今回テロは、改めて北カフカス情勢の不安定さを明示することで、ロシア当局の「チェチェン紛争は制圧され、プーチン首相が指名したチェチェン人武装勢力出身のラムザン・カディロフ大統領の恐怖政治のおかげで、テロ攻撃は永久に過去のものとなった」という“嘘”をあらわにしたとの指摘があります。
*****モスクワのテロで露呈したプーチンの嘘******
・・・・だがこの1年間、ロシアメディアは手に負えない状態に陥っていた北カフカスでの暴力行為を軽視してきた。モスクワでテロが起きたのは確かに5年ぶりだが、南ロシアでは昨年来、15件の自爆テロが発生している。昨年8月にはダゲスタンの警察庁舎に爆弾を積んだトラックが突っ込み、20人が死亡した。イスラム過激派との長期戦を展開しているイングーシの警察当局は2月に、カバルディノ=バルカリア共和国の武装組織の指導者アンゾル・アステミロフなど20人の反体制派を殺害。今回の爆破テロはその報復ではないかという憶測も流れている。
プーチンがカフカスに平和をもたらしたというプロパガンダを信じていたモスクワ市民が、今回の地下鉄テロで受けた衝撃は計り知れない。テロ現場から逃げ去る人々は一様に、二度と地下鉄には乗らないと話していた。【3月30日 Newsweek】
*****************************
ロシア政府は、財政的な事情もあって、09年4月16日、カフカス地方のチェチェン共和国で第2次チェチェン紛争(99年~00年)以降に敷かれていた「対テロ作戦体制」の解除を決定、これにともない、チェチェン共和国側へ治安維持などの権限の委譲、チェチェン駐留軍の中心的な役割を担う2万人のテロ対策部隊が撤収しています
しかし、北カフカス地方の不安定な情勢は09年8月26日ブログ「ロシア南部・カフカス地方(チェチェン、イングーシ、ダゲスタン)で続く混乱」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20090826)でも取り上げたところです。今回モスクワのテロに呼応するように、31日、ダゲスタン共和国でも自爆攻撃を含む連続2回の爆発があり、警察官ら9人が死亡する爆弾テロが発生しています。
【政治的弾圧を正当化】
前出【3月30日 Newsweek】が指摘するもう一点は、今回テロが、反政府活動に対する政治的弾圧を強める口実に使われるのでは・・・との危惧です。
****テロを口実に政治的弾圧を強める?*****
反体制派の活動家たちが恐れるのは、今回のテロが、ドミトリー・メドベージェフ大統領の推進する政治的雪解けムードを抑えつける格好の口実に使われることだ。「ロシア当局は国内の自由化運動を封じ込めるためにあらゆる理由をこじつけるだろう」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのユリア・ラティニナは言う。「3月31日に予定されている反対派のデモが、警察や(政府寄りの若者集団)ナシに妨害される事態を懸念している」
実際、ロシア政府は過去にも、テロの脅威を利用して政治的弾圧を正当化してきた。テロが相次いだ04年には、プーチンは安全保障の強化を口実にして州知事選をキャンセルし、大統領による知事の指名制を導入した。(中略) プーチン自身は爆破テロ当日に怒りに燃えた様子でテレビに登場し、容疑者を裁きにかけ、テロを撲滅すると誓った。もっともプーチンは、99年にモスクワなどで起きた連続アパート爆破事件(300人以上が死亡)の際にも同じような約束をし、翌年大統領に就任している。【3月30日 Newsweek】
*****************************
【ほころび始めた「疑似民主主義」】
ロシアではこのところ、小規模ながら反政権のデモが頻発しており、プーチン支配体制の綻びも垣間見える事態となっていました。政権側はこうした動きに過剰とも思えるような反応を示しています。
****疑似民主主義に限界 露全土でデモ プーチン退陣、公然と要求*****
ロシア各地で今年に入り、反政権派のデモが頻発している。20日には全土の50都市以上で抗議行動があり、その規模も最大で2千人にのぼった。金融危機以降の経済低迷を受けてデモの波が地方に広がっている上、住民らがプーチン首相(前大統領)や地方政権の退陣を公然と要求し始めたのが特徴だ。政権はこれに対し、「過剰」ともいえる反応を見せて反政権派の排除に躍起となっている。
デモが頻発している直接の契機は、物価や失業率の上昇に加え、各地で今年から公共料金が大幅に値上げされたことだ。相次ぐ警察不祥事や官僚の汚職体質にも庶民の不満は鬱積(うっせき)。西部の飛び地、カリーニングラード州では1月のデモ参加者が1万人に達した。
こうした街頭行動が政権転覆や大きな社会運動につながる兆候は今のところない。20日に約70人の拘束者が出たモスクワでのデモ参加者は200~300人にとどまる。警察はデモ予定場所の広場を数十台の警察車両と何百人もの警官隊で事前に封鎖。デモ隊は広場にすら入れず、周辺の路上で「プーチンは退陣せよ」などと叫んで次々と連行されていったのが実情だ。
政権がデモに過敏に反応するのは、プーチン前政権が築いた「疑似民主主義」(反政権派)がほころびを見せている焦りからだ。
プーチン氏は2000年の大統領就任以降、主要テレビ局を政権の支配下に置くなど報道・言論を統制。政治制度の面でも、下院選を比例代表に一本化して議席獲得のための得票率制限を引き上げ、地方知事の選挙も廃止してリベラル政党を徹底的に排除した。
中央・地方の議会ではプーチン氏の与党「統一ロシア」以外に3つの親政権政党が議席を持つものの、クレムリンはそれらを「システム内反対派」と称する。この政治構造は「垂直の権力」と呼ばれ、反政権派や住民が意思を表明できる機会が極端に乏しい。
近隣国では03~04年、街頭行動から親欧米政権が誕生しており、この国の指導部にはデモへの恐怖心が非常に強い。昨年の国内総生産(GDP)が前年比8%も落ち込んだ経済不振がそれに拍車をかける。リベラル派のメドベージェフ大統領は硬直化した制度を改善、「システム外反対派」と対話する必要性は表明しているが、就任から約2年が経っても本格的な政治改革には乗り出せていない。【3月22日 産経】
*******************************
【求心力回復か?】
今回のモスクワでの地下鉄爆破がどのような意図で行われたのかはわかりませんが、結果的に一番得をするのは、陰りの見え始めた求心力を、“テロ撲滅”を掲げることでとりもどすことができる現支配体制ではないでしょうか。今回テロの最大の影響は、この点のように思われます。
プーチン首相が権力基盤を築いたのは、99年にモスクワなどで起きた連続アパート爆破事件を契機にした一連のチェチェン強硬策であり、この連続アパート爆破事件にはプーチン首相の出身母体である連邦保安局(FSB)がチェチェン進攻の口実を作るために事件を起こしたのでは・・・との憶測が根強くあります。
今回も・・・とまでは言いませんが、同様の効果を結果としてもたらすのでは?