孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ミャンマーの「忘れられた紛争」 国軍はロヒンギャに次いで北部のカチン族を標的に

2018-05-29 21:43:53 | ミャンマー

(ミャンマー北部カチン州で、軍とカチン独立軍との衝突を避けて避難する住民(2018年4月26日撮影)【4月29日 AFP】)

約10万人が避難生活を強いられているミャンマー北部で戦闘激化、避難民も更に増加
ミャンマーでは、西部ラカイン州のイスラム系少数民族ロヒンギャに対する国軍等による“民族浄化”(昨年8月以降、約70万人のロヒンギャが隣国バングラデシュに避難)が国際的にも大きな問題となっていますが、ミャンマーではイギリスの支配から独立した1948年から70年間、20以上の少数民族勢力との戦闘が続いてきました。

2015年10月に当時のテイン・セイン政権と少数民族武装勢力8組織との間で署名が交わされ、今年2月にはスー・チー政権のもとではじめて、新たに2組織と停戦合意が署名されています。

ということは、まだ半数が停戦に合意していないということで、そのうちの一つ、北部カチン州のカチン独立軍(KIA)との戦闘が、4月に国軍兵士26人が殺害された襲撃以来、激しさを増しています。

“KIAは(戦闘が続く少数民族の)主要勢力の一つで、キリスト教徒が多いカチン族の自治権拡大を求めている。
KIAと国軍は11年以降、断続的に戦闘を続け、村落を追われ約10万人が避難生活を強いられている。
ミャンマー政府は、早ければ5月中にも3回目となる和平交渉の場「21世紀のパンロン会議」を開き、和平実現に向けて道筋を示したい考えだ。【5月9日 日経】”

4月以降の戦闘激化でさらに数千人ほど、今年1月からでは2万人ほどの避難民が発生しています。

****ミャンマー北部で軍と武装勢力が衝突、数千人が避難 国連****
国連(UN)当局によると、軍と少数民族武装組織の間で緊張が続くミャンマー北部で新たな戦闘が発生し、数千人が避難した。
 
国連人道問題調整事務所(OCHA)のマーク・カッツ代表が27日、AFPに語ったところによると、過去3週の間に、中国国境に近いミャンマー北部カチン州で4000人以上の住民が避難したという。
 
この人数には、今年1月以降に避難していた約1万5000人と、2011年に発生した強力な少数民族の武装勢力「カチン独立軍(KIA)」とミャンマー軍の衝突以来、カチン州とシャン(Shan)州内の国内避難民用キャンプに住む約9万人は含まれていない。
 
カッツ氏は最近発生した衝突について、「われわれは地元当局から、紛争地帯に大勢の民間人が現在も閉じ込められているという報告を受け取っている」と述べた。
 
衝突で民間人が殺害されたという報告について、OCHAは真偽を確認できていない。また、ミャンマー政府の報道官のコメントは得られていない。【4月29日 AFP】
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“国軍は1月以降、KIAへの攻勢を強めている。KIAの報道担当者は「(国軍は)空軍機の爆撃や重火器による攻撃を強化している」と指摘。カチン州の州都ミッチーナの教会に約3千人が避難し、2千人がジャングルに逃れていると語った。地元出身のリン・リン・ウー議員は「避難民は飲料水不足などに直面している」と支援を訴えた。”【5月9日 日経】とも。

****ミャンマーの「忘れられた紛争」、家を追われるカチンの人々****
(中略)ミャンマー北東部での反政府活動は、過去60年にわたり続いているが、イスラム系少数民族ロヒンギャをめぐる問題とは対照的に、世界中で大きく取り上げられることはまれだ。

「忘れられた紛争」と呼ばれることもあるが、今年に入ってからは状況が劇的に悪化しており、すでに2万人が避難を余儀なくされている。
 
この紛争では、自治権や民族的アイデンティティー、麻薬、ヒスイやその他の天然資源など、さまざまな要素をめぐって武装勢力「カチン独立軍」とミャンマー政府が対立している。
 
4月11日、銃声と戦闘機の音が近づく中、ダナイの村の住民たちは農地へと逃げ込んだ。しかし、その3日後、村内への着弾をきっかけに、地域の指導者たちは住民2000人を避難させることを決めた。
 
避難民の中に、前日に女の子を出産したばかりのセン・ムーンさんがいた。ムーンさんは、ダナイの避難所でAFPの取材に応じ、「(出産直後で)まだ出血していた。死ぬかと思った」「とても大変だったけれど、私たちは川を渡らなければならなかった」と語った。
 
幼い子どもや病人、高齢者が多いグループにとって、深い森の中を進むのは容易ではない。
 
だが幸運なことに、森の厳しい状況の中で地元の象使いたちから救いの手が差し伸べられた。目的地の避難所に向かうためには、胸の深さほどある川を渡る必要があるのだが、体の弱い避難民らを中心に、ゾウ使いが彼らを対岸まで運んだのだ。避難所は木造の小さな教会敷地内に設けられていた。
 
少数民族のカチン族は主にキリスト教徒だが、ミャンマーでは仏教徒が圧倒的多数を占める。(後略)【5月29日 AFP】
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カチン独立軍と共に、やはりまだ停戦合意していないタアン民族解放軍もシャン州で作戦を展開しているようです。

****軍と武装勢力の衝突で19人死亡 ミャンマー****
ミャンマーのシャン州で12日、ミャンマー軍と少数民族武装勢力との間で新たな武力衝突が発生し、少なくとも19人が死亡、数十人が負傷した。同軍および地元の情報筋がAFPに明らかにした。
 
武力衝突はミャンマー軍と、自治権の拡大を求める少数民族武装勢力の一つである「タアン民族解放軍」の間で発生したものとみられる。(後略)【5月13日 AFP】
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この衝突地域は中国国境地帯で、中国側にも被弾し中国人3名が死亡したということで、中国がミャンマーに抗議しています。

やはり中国と国境を接するカチン州の戦闘について、ミッソン水力発電ダムの問題や難民流入などもあって、中国が和平に向けた仲介を行っているという話は、1年前の2017年5月17日ブログ“ ミャンマーの少数民族和平交渉を仲介する中国の思惑”でも取り上げました。

(2017年5月23日号 Newsweek日本語版)

その後の中国の動きは把握していません。

対ロヒンギャの残虐行為で非難されている部隊を配備
カチン独立軍等による衝突の今後の“惨劇”を想像させる不吉な兆候は、カチン州にロヒンギャに対する残忍な行為が非難された第33軽歩兵師団がカチン州に配備されたことです。

****ミャンマー軍、ロヒンギャの次はカチン族を標的に****
ミャンマー軍が少数民族への弾圧を再び強めている。イスラム系少数民族ロヒンギャの大半を隣国バングラデシュへと追いやった軍は目下、武装ヘリコプターや戦闘機、重火器などを使い、中国との国境に近い北部山岳地帯でカチン族の武装勢力に攻撃を加えている。
 
カチン族はキリスト教徒の多い少数民族。ミャンマー政府と軍は、主に国境沿いに暮らす様々な少数民族との間で停戦協定の締結を目指しており、カチン族への攻撃は、協定締結を拒む武装勢力に対して、軍が弾圧を強めていることを映し出している。
 
攻撃のパターンからは見えるのは、カチン族などの少数民族の武装勢力が資金源としている翡翠(ひすい)や琥珀(こはく)鉱山へのアクセスを軍が断とうとしていることだ。米国と中国はともに、紛争の即時停止を求めている。

ミャンマー軍は過去およそ5年、反政府組織に対して全面対決よりも話し合いを優先した経緯がある。軍が攻撃を強めていることは、従来の方針から転換したことを意味する。

カチン州北部に配備されたミャンマー軍の一部部隊は、ロヒンギャに対して残虐行為を行ったとして人権団体から批判されている組織だ。

だがミャンマー軍に対抗できる戦闘部隊を持たないロヒンギャとは異なり、カチン族は百戦錬磨の戦闘員1万人程度を抱えており、過去数十年にわたりゲリラ戦術を展開してきた。ミャンマー軍にとって最も手ごわい勢力の1つだ。
 
ミャンマー軍はカチン州の戦闘地帯への報道陣や国際監視団の立ち入りを制限しており、紛争の正確な状況を把握することは困難だ。犠牲者の数も分かっていない。

だが退避を余儀なくされた住民、現地の支援団体や政治勢力への取材からは、戦闘が激化し、人道危機が深刻化している実態が浮き彫りとなっている。
 
戦火を逃れようと数千人の一般市民がジャングルへと逃避。ゾウの背中に乗って逃げる者もあれば、国境を越えて中国へと入るグループもあったという。市民に食料や物資を提供している赤十字国際委員会(ICRC)は、4月初旬以降、7500人のカチン族が住む家を追われたと推測している。
 
軍幹部は先週メディアに対し、戦闘は反政府勢力によって引き起こされたものだとし、政府軍が現地集落に火を放ったとの報道を否定した。(中略)

非営利の国際人権組織、ヒューマン・ライツ・ウォッチのリチャード・ウィアー氏は、「ミャンマー軍は攻撃性を増している」と指摘する。

国連は軍によるロヒンギャ弾圧を民族浄化として批判しているが、これまで制裁発動には至っていない。ウィアー氏は、国際社会がミャンマー軍を罰しなかったことで、他の民族への攻撃を強める事態を招いてしまったと述べる。

(中略)ノーベル平和賞を受賞したアウン・サン・スー・チー氏は歴史的な選挙勝利で政権交代を成し遂げた後、2016年に実質的な同国指導者に就任すると、少数民族との和平実現が最優先課題だと表明した。

だがスー・チー氏が政権を掌握して以降も、政府と軍は和平合意の締結で反政府勢力を説得できずにいる。
 
一部の専門家は今回のカチン族への攻撃について、和平プロセスを阻害し、スー・チー氏と同氏が率いる国民民主連盟(NLD)の邪魔をする軍幹部の策略ではないかと指摘している。NLDはこれを否定、軍はコメントを差し控えた。
 
安全保障関連のアナリスト、 アンソニー・デービス氏は「戦闘を激化させることで、NLDの看板政策は完全な失敗だったと結論づけることになる」と指摘。「選挙は2年後に迫っているが、NLDは何を有権者に訴えることができるだろうか」と述べた。

スー・チー氏のオフィスの報道官は、兵士26人が殺害された 4月初旬のカチン族の襲撃が引き金となって、最近の戦闘激化を招いたとした上で、「軍は状況に適切に対処している」とコメントした。一方、カチン族は政府軍による侵攻が紛争を招いたと主張している。
 
今年開催を予定されていた国家和平会議はすでに2度延期となっており、関係者の多くは再び先送りされると予想する。
 
ミャンマー平和センターのシニアプログラムオフィサー、アマラ・ティハ氏は「和平プロセスは完全に暗礁に乗り上げた」と話す。同センターは、軍と反政府勢力との交渉を支援する組織だ。
 
北部山岳地帯の戦闘は通常、6月半ばには下火になる。激しい雨で道路が通行不可能になるためだ。だがミャンマーは近年、空軍の戦闘能力を著しく高めている。前出のデービス氏らアナリストは、天候にかかわらず、軍によるカチン族への攻撃が続くとみている。【5月29日 WSJ】
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国軍が実権を握る安全保障面で影が薄いスー・チー氏
国軍が、少数民族側の襲撃をもって掃討作戦の正当性を主張し、集落への放火などの行為は否定しているというのは、ロヒンギャのケースと同じです。

上記【WSJ】記事では、国軍側には、戦闘を激化させることでスー・チー氏と同氏が率いる国民民主連盟(NLD)が進める和平プロセスを阻害する狙いがあるのでは・・・との指摘があります。

ただ、“ロヒンギャへの注目を政府軍は利用しながら、「平和交渉のテーブルに」つかせるためにKIAを攻撃した”との指摘もあるようです。【5月29日 AFPより】

“ロヒンギャへの注目を政府軍は利用しながら”というのは、「抵抗を続けると、ロヒンギャのように殺し・焼き尽くしてしまうぞ!」とのメッセージでしょうか?

また、カチン独立軍側の思惑として“現地の政治情勢に詳しい専門家は「KIAは政府との全土停戦協定の締結を模索している。戦線が固定化される前に互いに少しでも優位な情勢を獲得しようとしている」と分析する。”【5月9日 日経】】との指摘もあります。

もしそういうことであれば、衝突は戦略的なものであり、全面的に拡大することはない・・・・とも推測されます。

いずれにしても、“民主化運動の指導者であるアウン・サン・スー・チー氏は、2年前に同氏が党首を務める政党が政権を握って以後、国全体の平和構築が最優先課題だと述べていた。だが安全保障問題をめぐっては、軍が今も主導権を握っている。”【5月29日 AFP】というのが実態で、スー・チー氏の影が薄いのは否めません。
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