(【5月23日号 Newsweek日本語版】)
【“板挟み状態”のスー・チー氏】
ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問が、ラカイン州のイスラム系少数民族ロヒンギャの問題で、国軍による“民族浄化”と評されるような強権的な弾圧行為に対する欧米な・人権団体などからの批判と、スー・チー氏が影響力を持たない国軍及びロヒンギャを嫌悪し国軍の弾圧を支持する国民感情の間で、板挟み状態にあることはこれまでもしばしば取り上げてきました。
スー・チー国家顧問は、ミャンマー北部の水力発電用巨大ダムの建設再開問題でも、建設に反対する国民世論と、建設再開を求める中国の間で“板挟み状態”にあります。
この問題では、中国が影響力を持つ少数民族武装勢力との和平の実現が“人質”に取られた状態にもありますので、スー・チー氏としても中国を重視せざるを得ないのでは・・・とも見られています。
****和平へ中国重視 「一帯一路」スーチー氏出席へ****
ミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問が14日から中国・北京で開かれるシルクロード経済圏構想(一帯一路)の首脳会議に出席する。
政権交代後2度目の訪中で、先月はティンチョー大統領が訪中し、習近平(シーチンピン)国家主席と会談した。スーチー氏の中国重視の姿勢が顕著になっている。
軍事政権を長年支えた中国にスーチー氏は複雑な感情を持つとされるが、スーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)政権発足後、中国は外交攻勢をかける。昨年4月、王毅(ワンイー)外相がミャンマーを訪れ、スーチー氏と会談。8月にはスーチー氏を中国に招き、習主席が協力関係を確認した。
中国がスーチー氏との関係強化を図るのは、2011年に軍政からの民政移管で就任したテインセイン前大統領の時代にミャンマーの「中国離れ」が進んだためだ。
その象徴とされるのが、テインセイン氏が任期中の事業凍結を決めたミッソンダム建設計画だ。中国企業が軍事政権と合意し、09年に着工。イラワジ川上流に総工費36億ドル(約3960億円)で水力発電ダムをつくり、電力の9割を中国へ輸出する計画だった。
テインセイン氏が事業を凍結した背景にあったのが、1万人超の住民の移住や環境破壊を理由に起きた反対運動だった。スーチー氏も野党時代は事業を批判していた。
中国側は「一帯一路」にもつながる事業の再開をミャンマー側に迫っており、今回のスーチー氏の訪中でも働きかけるとみられている。一方、スーチー氏は国家顧問就任後、ダム事業の是非について明言せず、計画は中ぶらりんのままになっている。
スーチー氏が中国に配慮するのは、少数民族武装勢力との和平の実現に中国の協力が欠かせないためだ。スーチー氏は全武装組織との停戦協定署名を目指しているが、難航。特に中国国境地帯を拠点にする勢力との交渉が進んでいないが、こうした勢力に中国は一定の影響力があるとされる。
現地でダム建設の反対運動をする市民団体のスティーブン・ノウアウン代表(43)は、「スーチー氏は中止を決断できないだろう。いつ計画が再開するか、住民は恐れている」と話す。【5月13日 朝日】
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契約破棄となれば、中国から8億ドルの賠償を求められかねないとも。
また、中国接近については、“国内のイスラム教徒少数民族ロヒンギャ弾圧で、現政権には欧米から批判が上がっている。かつて支援を受けた欧米諸国とは距離が生じ、中国との関係強化に傾いているとされる。”【5月14日 産経】とも。
現実の制約の中で苦しむ者にとっては、上から目線の批判は疎ましくも思われる・・・といったところでしょうか。
このような情勢のなかで、スー・チー氏と習近平主席、李克強首相との会談が行われています。
****スーチー氏「一帯一路、平和と繁栄に貢献」 習氏と会談****
中国が主導する「シルクロード経済圏構想」(一帯一路)の国際会議に参加したミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問は16日、北京で習近平(シーチンピン)国家主席と会談し、今後の協力を確認した。
少数民族との和平に中国の力を借りたいミャンマーと、安全保障上、重要な地域を取り込みたい中国の思惑が一致した形だ。
会談で、スーチー氏は「一帯一路の呼びかけはこの地域と世界に平和と繁栄をもたらす。中国の支持と支援に感謝する」と述べた。習氏も「インフラや経済協力などで、実務的な協力関係を深めたい。引き続きミャンマー国内の和平に必要な支援をしていく」と協力を約束した。
ミャンマーにとって中国は最大の貿易相手国で、その経済力も魅力的だ。中国も、ミャンマーとの経済的交流を進めてシルクロード経済圏構想を進め、安全保障上の優位も確保したい考えだ。
両氏の会談は、スーチー氏が訪中した昨年8月以来。【5月16日 朝日】
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****<一帯一路>李首相、アウンサンスーチーミャンマー国家顧問と会談****
李克強首相は16日北京で、「一帯一路」国際協力サミットに出席するため訪中したミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問と会談しました。
李首相は、「ミャンマーと発展戦略をリンクさせ、ハイレベル交流を緊密化し、互恵協力を推し進め、人的往来と文化交流を強め、両国国民により大きな福祉をもたらしていく」とした上で、経済特区や石油・ガソリンパイプライン、港湾など重要なプロジェクトにおける協力を穏やかに推進するよう期待する一方、水力発電用ダム「ミッソンダム」問題の適切な解決を求めました。
李首相はまた、ミャンマー北部の停戦を一日も早く実現し、中国との国境地域の安全と安定を着実に確保するようミャンマー政府に促しました。
これに対して、アウンサンスーチー国家顧問は、中国との協力の見通しを楽観視し、中国と経済貿易や人的・文化面における交流をさらに強めていきたいと述べました。【5月17日 CRI(中国国際放送局)】
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李克強首相との会談で、「ミッソンダム」建設再開についてスー・チー氏がどのように発言したかは報じられていません。“両国関係の懸案を中国側から持ち出していることから何らかの妥協案が提示された可能性がある”【5月16日 毎日】とも。
【少数民族武装勢力とミャンマー政府の和平交渉を仲介する中国】
ミャンマー側が中国国境の少数民族対応で中国の協力を必要としているというのは先述のとおおりですが、李克強首相が“国境地域の安全と安定を着実に確保するようミャンマー政府に促しました”というように、中国側も少数民族とミャンマー政府の和平を望んでいます。(そのあたりの事情は、後出【Newsweek】)
そうした中国側事情もあって、習近平主席が「引き続きミャンマー国内の和平に必要な支援をしていく」と発言したように、中国は少数民族武装勢力とミャンマー政府の和平交渉を仲介する姿勢を見せています。
中国の和平仲介の背景には、国境付近での経済的利益と難民の中国流入があると指摘されています。
更に、「一帯一路」構想において、ミャンマーはインドと中国という2大経済圏を結ぶ陸路を確保する重要な位置にあります。
****中国が進める「属国」の和平****
民主化により自立した隣国で続く少数民族との内戦 経済的利益を狙い中国は仲介役に回り始めた
3月、ミャンマー(ビルマ)政府が少数民族武装勢力との和平交渉再開に向けた話し合いに乗り出した。
ミャンマー北部では、カチンなどの少数民族と政府軍との間に内戦が続いている。今回の話し合いは、ミャンマーの内戦地帯と国境を接する中国の仲介で実現した。
約100万の人口を持つカチンは、ミャンマー北部のカチン州を中心とする地域に先祖代々暮らしている。62年のーデターにより、多数派のビルマ民族主導の軍事政権が誕生して以降、カチンは独立を求めて政府軍と戦い続けてきた。この戦いは、「世界で最も長く続いている内戦」とも呼ばれる。
カチンの武装ゲリラであるカチン独立軍(KIA)は約1万人の戦闘員を擁し、ミャンマーと中国の国境地帯の多を支配している。KIAと政府軍の戦いは熾烈を極めてきた。政府車は司法手続きを経ない殺害、レイプ、拷問などの人権践蹟にも手を染めている。
内戦で住む場所を失った人は、この6年間で10万人以上。中国にも大量の難民が流人している。中国政府が和平を呼び掛ける理由の1つはここにある。
中国がずっと和平に熱心だったわけではない。軍事政権がミャンマーを統治していた50年間、中国はこの隣国を属国扱いしてきた。人権問題などで国際的に孤立していたミャンマーには、ほかに頼れる国がないと分かっていたからだ。
最近数十年は、カチン州から大量の木材、金、ヒスイなどの天然資源を獲得してきた。その多くは密貿易だ。
しかし、中国の思いどおりには運はなくなった。イラワジ川(エーヤワディー川)のミッソン水力発電ダム建設計画は、その明らかな例だ。
中国は、約35億ドルを投じて世界有数の水力発電ダムを造ることを計画。主に雲南省の都市に電力を供給することが目的だった(ミャンマー側に供給される電力は10%程度)。
この計画は両国政府が共同で推進してきた。ミャンマー政府は、地元住民のニーズより、中国の要求(と中国マネーの獲得)を優先させていたのだ。
異変が起きたのは、11年9月のことだった。民政移管後のミャンマー政府がミッソン水力発電ダムの建設凍結を決定し、建設作業は途中で止まっている。
しかも、ミャンマーの民主化はさらに前進し、15年11月の総選挙では民主活動家のアウンサンスーチー率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝。政権交代が実現した。
英米や国連を排除したい
中国がミャンマーを属国扱いできる時代は終わった。新政権は、ほかの大国の力を利用して中国の影響力を弱めようとし始めている。
中国はミッソン水力発電ダムの建設を再開したい意向だが、KIAと政府軍の戦いがそれを邪魔している。
情勢の不安定化により、中国とミヤンマーの国境がしばしば閉鎖されている結果、木材やヒスイの密貿易による中国側のビジネス上の利害も脅かされている。
環境NGoのグローバル・ウィットネスの調べによれば、11年のヒスイの密貿易の規模は310億ドルに達した可能性がある。これは、ミヤンマーの正規経済のGDPの半分近くに匹敵する金額だ。密貿易されるヒスイの大半は、カチン州東部の鉱山で採掘されている。
中国が被っているダメージは、それだけではない。多くのカチンの難民が国境を越えて、中国の都市に流れ込んでいる。
強圧的なやり方を続けられなくなった中国は、これまでとは違う行動を取り始めた。カチンにダムの利点を理解させるための広報キャンペーンを開始し、カチンのりリダーたちを中国に招いて水力発電ダムを見学させたり、地元の学校や市民団体に寄付したりもしている。
突然、和平の仲介に力を入れるようにもなった。ただし、中国の行動原理そのものは変わっていないようだ。
「中国は内戦の激化を望んではいないが、欧米主導の和平によって自国の国境近くに国際監視団やNGOが入ってくることもまた避けたがっている」と、ミャンマーの高名な歴史学者タンミンウーは言う。「停戦合意とセットで新しい経済計画を導入して、ミャンマーと中国奥地の経済的な結び付きをさらに強化したいと考えている」
KIAの政治組織であるカチン独立組織(KIO)のダウカ報道官は、13年の和平交渉についてこう振り返る。「中国はかなり強硬に、交渉への参加を求めてきた……英米や国連を介入させないようにと、クギを刺された。全て自国の監督下で和平を進めようとしていた」
これに対し、中国の影響力を警戒するカチンは和平交渉に欧米諸国も加えるべきだと主張しており、思うように進展していない。(中略)
中国は、欧米からたびたび求められる「責任ある大国」の役割を履行していると主張する。昨年12月にも中国国内で4つの武装勢力とミャンマー政府高官を引き合わせたが、協議は早々に決裂した。さらに、KIAとの和平交渉の資金として300万ドルを提供したが、今のところKIAは停戦に応じていない。
国境付近の有力な武装勢力に対し、中国が圧力を強めていることは確かなようだ。3月に中国が仲介した話し合いで、ミャンマー政府、KIA、有力な武装組織であるワ州連合軍(UWSA)は、新たな和平交渉を目指す意向を表明した。
約3万人の戦闘員を擁するUWSAは、中国との国境沿いでベルギーほどの広さの地域を支配。中国の強い影響下にあり、人民解放軍から武器を供与されているとみられている。
ただし、米ステイムソン・センターの孫韻上級研究員は、中国は隣国の「内戦に引きずり込まれることを恐れている」と指摘する。
「(中国は)国境地域の平和と自由な貿易を望んでおり、ミャンマーに影響力を振るい続け、欧米諸国を遠ざけたいと思っているが、自分たちは和平協定に署名したくない。和平を維持できる保証はないし、ミヤンマーとの経済関係を損ないかねないからだ」
シルクロード構想の要
中国は、小さな隣国との貿易よりはるかに大きな青写真を描いている。中国政府が掲げる海と陸のシルクロード経済圏構想「一帯一路」は、ヒマラヤ山脈を越えるルートとして、カチン州を通る旧レド公路を想定している。第二次大戦中に英米が中国に軍需物資を供給するために建設されたレド公路は、中国南部とインドを結ぶ最短ルートでもある。
つまり、ミャンマーの和平は中国にとって、ミャンマー市場へのアクセス以上に、インドと中国という2大経済圏を結ぶ陸路を確保する重要な機会なのだ。
一方、KIAは中国の介入に反発しているが、白分たちの利益を考えれば停戦が最善だと理解する可能性も十分にある。(後略)【5月23日号 Newsweek日本語版】
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タイトルの「属国」云々は、やや中国に対する悪意が強すぎるようにも思えます。
英米や国連を介入させず、全て自国の監督下で和平を進めようとする中国の姿勢に問題は多々ありますが、そうした中国の影響力で武力紛争が停止するのであれば、それはそれで大いに評価できるところです。
同様に、中国の影響力拡大から日本を含めて懐疑的な見方も多い「一帯一路」構想ですが、構想推進のためにミャンマー、パキスタン、アフガニスタン、中央アジアの不安定な状況を平和の方向に向けて中国が調整するというなら、それはそれで。
“パックス・アメリカーナ”にしても、アメリカの利害を前提にしたものでしょうから、「中国による平和」も、それと基本的には変わりません。
中国の場合、内政不干渉を名目にして強権支配体制の国家とも関係を結ぶ・・・ということもありますが、まあ、アメリカにしても自国の都合で“民主主義”を輸出しようとしたり、強権支配国家と同盟関係になったりと・・・そのあたりはいろいろありますので、一概に中国だけを責めるのは不公平かも。