
(5月12日に予定される連邦議会選挙を前に、街頭に張り出された候補者のポスター(4月24日、ファルージャ)【5月2日 WSJ】)
【「多様性は国の恩恵」とは言うもの・・・】
中東イラクと言えば、シーア派とスンニ派の宗派対立が最大の問題・・・ということが思い浮かびます。
フセイン政権時代は少数派のスンニ派が支配的立場にあった反動で、フセイン政権崩壊後は多数派シーア派とスンニ派の間で激しい宗派対立による戦闘が続き、シーア派偏重のマリキ政権へのスンニ派の不満が、イスラム国(IS)の拡大の温床となった・・・と言われています。
IS掃討作戦にあっても、スンニ派住民が多い地域でシーア派民兵が軍事行動を行うことでの“報復”といったトラブルが懸念され、そうした事態を避けるべくシーア派民兵を前面に出さない等の対応もとられました。
シーア派偏重によるIS拡大ということの責任を批判されたマリキ首相のあとに首相に就いたアバディ首相は、一定にスンニ派勢力をも取り込んだ「挙国一致内閣」を組閣しています。
なお、イラクにはシーア派とスンニ派の対立に加え、分離独立を志向するクルド人勢力の存在もあります。
クルド独立国家の是非を問う住民投票を強行したクルド自治政府に対し、昨年10月、クルド側の内部対立を利用する形で、クルド側が支配する要衝キルクークに政府軍が侵攻、その後はクルドの独立機運は小康状態となっています。
*****「多様性は国の恩恵」イラク首相、宗教や民族の融和強調*****
イラクのアバディ首相は朝日新聞と会見し、2003年のイラク戦争後、宗派対立が激化して過激派組織「イスラム国」(IS)の台頭につながったことを踏まえ、「多様性は国の恩恵」と述べて、宗派や民族の対立を解消し、国の統合を目指すと強調した。
昨年12月には対IS戦の勝利を宣言しており、ISが支配した地域の復興と避難民の帰還に尽力すると述べた。
会見は5日、東京都内で行われた。
イラクにはイスラム教シーア派とスンニ派のアラブ人、少数民族のクルド人らが暮らす。イラク戦争でフセイン政権が崩壊すると、独裁政党バース党の党員は公職から追放されたが、追放された人々はスンニ派が多かった。スンニ派はその後のシーア派主導の政権下で冷遇され、スンニ派のISの台頭を招いた。
アバディ氏は「分派や分離を求める主張が蔓延(まんえん)しているが、国民は受け入れない。多様性の維持が成功につながる」と訴えた。
イラクでは今もISの残党によるテロが続く。アバディ氏は「全土掌握は困難だが、(ISの最大拠点だった)モスルの市民生活は正常に戻った」と述べた。
一方、クルド人を中心とするイラク北部の自治政府が将来の独立を目指していることについては、「分離主義は流血をもたらす。クルド人も連邦国家の一部だ」と述べ、融和を図る姿勢を強調した。【4月9日 朝日】
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シーア派、スンニ派、クルド人の対立をいかに収めて、国民和解を進めることができるかが、今後のイラク復興のカギとなることは言うまでもありませんが、その実現は難しく、IS掃討作戦での宗派対立の激化が懸念され、また、クルド人の独立気運が高かった頃には、イラクは三つに分裂せざるを得ないのでは・・・との見方も多くありました。
IS掃討も“無事”に終了し、クルド問題も小康状態の今は、そうした懸念はやや収まったかのようにも見えますが、さすがに「多様性は国の恩恵」というのは建前の話で、今後も宗派・民族の分断がイラクに重くのしかかり続けるのだろう・・・との感があります。
【「国民は、過去の経験からイラク人は結束すべきだと学んだ」】
ただ、そうした“思い込み”に反して、現実には、苛酷なIS支配を経験したスンニ派住民の間にはシーア派中央政府との協調を求める動きが出ているとの指摘が。
イラクでは、今月12日に連邦議会選挙が行われます。
****イラク議会選、歩み寄るシーア派とスンニ派****
イラクのイスラム教シーア派主導の政権に対する少数派スンニ派の長年にわたる抵抗の代名詞となってきたのが、イラク西部の都市ファルージャだ。ここに至る幹線道路は現在、同国を荒廃させてきた宗派対立が退潮していることを示すショーケースになっている。
この道路には、12日に予定されている連邦議会選挙を前に、シーア派中心の政党連合に加わるスンニ派候補の宣伝ポスターがずらり並んでいる。
かつてシーア派に対する敵意をあおっていたスンニ派政治家の多くが、今では国民に対し結束を呼び掛けている。彼らは何年にも及ぶ宗派政治に飽き飽きした有権者を取り込もうとしているのだ。
「われわれは宗派対立に疲れ果てている。普通の生活を送れるなら、統治者が誰になろうと気にしない」と、ファルージャの小売り店主、ムハメド・サウドさん(23)は語る。
議会選の候補者らは、こうした民意を理解している。スンニ派政治家のモハメド・ヤシーン氏が属していたイラク・イスラム党は、2013年のスンニ派による反政府抗議運動の推進役だったが、結局は過激派「イスラム国(IS)」に抗議運動を乗っ取られてしまった。
今回の議会選で彼は、シーア派のハイダル・アバディ首相が率いる「勝利連合」の候補としてファルージャ選挙区から出馬する。「国民は、過去の経験からイラク人は結束すべきだと学んだ」とヤシーン氏は話す。
2003年に米軍が侵攻し独裁者だったサダム・フセインが追放されて以降、イラク政治は事実上多数派のシーア派が権力を握り、スンニ派は敗北感を味わってきた。
両派による政治対立が長年にわたる暴力と統治機能の不全を引き起こし、ISの急拡大をもたらした。当初ISの占領をシーア派主導政権に対する革命と称賛したスンニ派政治家は、ISの支配下で過激な暴力と耐乏生活に苦しんだ人々の間で信頼を失った。
来週行われる議会選を前に、スンニ派、シーア派双方から出てくるメッセージは「連帯」だ。予想では、シーア派中心の政党連合が、スンニ派地域でかつてないほど躍進するとみられている。
宗派対立の深刻化を受けて亡命を余儀なくされていた一部スンニ派候補は、主流派であるシーア派中心の連合に参加している。
この傾向が続くかどうかは、次期イラク政権の対応だけでなく、これまで宗派対立をあおってきた地域指導者の動向にもかかっている。
かつてはスンニ派の反政府運動を支持していた湾岸諸国は、今では違ったアプローチを追求し始めている。サウジアラビアなどはイラクをイランの影響下から引き離そうと、アバディ首相などシーア派内の穏健派を取り込もうとしている。
そうしたシフトは、イラクの大半のスンニ派政治家をバグダッドの中央政府に同調させた。スンニ派政治家のマハムド・マシュハダニ氏は「われわれは大きな問題に直面している。政治的プロセスに吸収されて、(スンニ派による)権力獲得などは忘れるということだ」と述べた。
一方、シーア派政治家たちは、自らの支持者を動員するためにスンニ派の脅威をもっともらしく利用することはできなくなっている。
シンガポール国立大学の研究フェローで、イラクにおける宗派主義に関する著書があるハナル・ハダド氏は、「過去15年間の特定の時期には、スンニ派とシーア派は相手方のなかに『腐ったリンゴ』をみつけ出し、それを生存上の脅威としてみていた」と述べ、「それは、もはや当てはまらなくなっている」と語った。
ファルージャ市では、市民たちは3年間にわたる戦争と避難から生活を再建しようと努めているが、彼ら市民は、自分たちを破滅に導いたのは政府とともに、自分たちの(スンニ派)政治家だと非難している。(中略)
宗派的な緊張を緩和しているのは、シーア派の重要性をスンニ派住民が自覚したためだ。つまり、イラクの治安部隊の大半を構成しているのがシーア派であること、そして彼らシーア派部隊がIS支配から自分たちスンニ派を解放したことを感謝すべき存在だということを、ここ(ファルージャ)にいるスンニ派教徒たちが自覚したのだ。
イラクのシーア派中心の部隊がISによって占領されていたスンニ派地域に進攻した際、スンニ派の政治家たちは宗派的な流血の事態が起きると警告していた。だが、そうした事件は一度も発生しなかった。
スンニ派の政治家たちは今やプラグマティズム(現実主義)を強いられている。一部にはシーア派民兵たちを代表して立候補し、選挙リストに掲載されている政治家すらいる。シーア派民兵組織はかつて、ISとの戦闘の過程で発生した権力乱用の大半を非難されていた。
ファルージャ近くの難民キャンプに住むハメード・ムハンマド・ミフリフ氏(51)は「彼ら(スンニ派政治家)は、影響力を持つ人物なら誰にでも手にキスをして(服従して)いる」と述べ、「今や問題は、誰が強くて誰が弱いかだ」と語った。
バグダッドの中央政府との良好な関係も、再建資金を求めるスンニ派にとって不可欠だ。イラクの同盟諸国はイラク政府に約300億ドルの融資や信用保証を約束した。だがそれも、イラク政府がISによる損害の修復に必要だと述べている800億ドル以上からみればほんの一部だ。
アバディ首相はこうした変化に乗じ、融和的トーンを打ち出して国民の一体感を推進することによって、自らが所属するシーア派アラブ人の支持基盤を超えて、自身への支持を広めようとしている。ア
バディ氏の選挙リスト(いわゆる勝利連合)は、イラクの行政区域(全18県)のあらゆる県で候補者を擁立している唯一の連合だ。世論調査では同氏の政党連合は、スンニ派からかなり多くの議席を確保すると予想されており、同氏は有権者基盤がもっと狭い他のどの政党連合よりも優位を保っている。
アバディ首相は先週、ファルージャに立ち寄って歴史的な選挙遊説を行い、「イラクは分裂し、分割されたようにみえた。そのため民族的、宗派的な区分けに向かわざるをえないかにみえていたが、われわれはそうした古いページをめくったのだ」と語った。そして「勝利のなかで団結を達成した」と述べた。【5月2日 WSJ】
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IS支配を経験したことで、宗派に偏重することの愚かさに住民が覚醒した・・・・というだけでなく、中央政府の権力・資金にすり寄るスンニ派政治家、イランを牽制してシーア派中央政府に接近するスンニ派のサウジアラビアなど周辺国の動き・・・といったものも加わっての、新たな流れのようです。
まあ、内情はいろいろあるにせよ、宗派間の垣根が低くなることは非常に歓迎すべきことです。
【シーア派の守護者としての復活を目指すマリキ前首相の動きも】
もっとも、4月8日ブログ「イラク 求められる多様性を認めた復興 多数派シーア派の中に“報われていない”との不満も」でも取り上げたように、IS掃討で犠牲を出したシーア派の中には不満もあるようです。
そうしたシーア派の不満を背景に、シーア派主導の政治を再び再現しようとするマリキ前首相の選挙戦での動きもあるようです。
****イラク総選挙(マリキーの復活の試み)****
イラクの総選挙は12日に予定されている模様ですが、(中略)al jazeera net は前首相のマリキーが、この選挙で「シーア派の英雄」として復活をかけているとの記事を載せています。
それによると、マリキーの選挙運動では、サッダムフセインが死刑にしたシーア派指導者muhammad baker al sadrのが画像が掲げられ、全体の色はシーア派のシンボルである緑で等いされ、マリキーは現在の主要宗派でポストを分ける制度を改めて、議会の多数派が責任を持つ制度に改めると呼号している由
(ということは、人口の過半数を占めるシーア派が全てのポストを独占することになる?)
(中略)首相を退任した後は、マリキーはお飾りの副大統領のひとりに祭り上げられ、イランに長期滞在していたが、今回の選挙ではシーア派の守護者としての復活を目指している由。
しかし、シーア派の中でも、彼に対する対抗馬としてはアバーディ現首相の他に、もう一人の親イラン派のhadi al amrynがいる由(後略)【5月3日 「中東の窓」】
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【イラク国民は「古いページをめくった」か? 注目される総選挙結果】
今更、シーア派偏重のマリキ前首相の復活なんて・・・という感がありますが、それは部外者の思いであって、現地住民がどのように考えているかはわかりません。
12日の総選挙結果がどうなるのか・・・・アバディ首相がファルージャで行った選挙遊説で「イラクは分裂し、分割されたようにみえた。そのため民族的、宗派的な区分けに向かわざるをえないかにみえていたが、われわれはそうした古いページをめくったのだ」「勝利のなかで団結を達成した」と語ったような結果となることを期待します。