孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ  タクシン前首相派勝利を受けて

2007-12-25 17:22:34 | 国際情勢

(タイの総選挙、23日の投票を住民に呼びかける学校の生徒 “”より By Thai 2-Stepper)

23日に行われたタイの総選挙は、予想されていたように、と言うか若干予想を上回る程度に、解党されたタクシン前首相時代の旧与党「タイ愛国党」が事実上乗っ取った「国民の力党」が高い支持を集めました。

タイ選挙管理委員会が24日に発表した暫定集計結果(定数480)は以下のとおりです。
タクシン前首相派の「国民の力党」は、得票率48・33%で232議席を獲得し、第1党。
反タクシン前首相の旧最大野党「民主党」が34・37%で165議席。
旧野党でバンハーン元首相が率いる「国民党」が7・7%で37議席
前首相が率いた旧与党「タイ愛国党」から分かれた非主流派4党では、「国家貢献党」が5・2%で25議席、「タイ団結国家発展党」が1・87%で9議席、「中道主義党」が1・45%で7議席、「王国民党」が1・04%で5議席

元来が“ゆるやかな”お国柄なので、選挙違反も多少はあったようです。
また、現政権側の反タクシン的な肩入れ、“タクシンつぶし”の動きなども。
「買票が横行しているタイで、新たな買票の手法が次々に登場している。選挙違反の摘発を逃れるため、現金を直接渡さず現金自動預払機(ATM)で送金するなど手口が巧妙化。現金の代わりに性的不能治療薬「バイアグラ」を配る運動員も出ている。」【11月30日 時事】

ただ、文字どおりの“実弾”が飛ぶこともあった以前と比べれば、また、最近あちこちの国の選挙で耳にする状況と比較すれば、総じて“民主的な”選挙だったと言えるのでは。
(タイの選挙事情については、10月26日「タイ 総選挙に向けて 議員の移籍料はいくら?」でも取り上げています。http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20071026

しかし、今後に影響しそうなのが、「国民の力党」候補が同党への投票を呼びかけるタクシン前首相のCD・ビデオを配った件。
選挙管理委員会は公民権停止中の活動に抵触する疑いがあるとして調査を始めており、「国民の力党」及びその候補への処分が予想されています。
「裁判所が今後“国民の力党”の解党を命じる可能性もある」【12月23日 朝日】といった報道もありますが、そこまでのことはなくても、同じ朝日は24日には「当選者10人以上が選挙違反で失格になるとの情報もある」とも伝えています。

そうなると「国民の力党」側の反発もさることながら、現在行われている連立工作にも影響します。
報道で伝えられているように、第3党のバンハーン氏の「国民党」は第4党の「国家貢献党」と共同歩調をとることでキャスティングボードを握ろうとしています。
もし10名程度の失格者が出て、更にもしこの勢力が連立に加わらないと、「国民の力党」が過半数を制するためには、その他の小政党をすべて“かき集める”必要があります。

「国民の力党」は対立する軍部との軋轢を避けるためもあって、バンハーン氏への首相ポスト提供でその協力をとりつけようとしているとも言われています。【12月24日 朝日】
もちろん、「民主党」側も同種の話で動いているでしょう。
現在進行中ですから、今日・明日にはまた別の展開も出てきます。
今あまり立ち入っても仕方がないところです。
憲法では、投票日から30日以内に国会を開催し、さらに30日以内に首相を指名する規定ですので、2月半ばまでに新政権が誕生する見通しだそうです。

その政権成立後の2月14日に、クーデターで政権を追われ国外亡命状態のタクシン前首相が帰国すると公言しています。
タイの捜査当局は国家汚職防止法違反容疑などでタクシン前首相の逮捕状を取っており、同氏が帰国した場合逮捕する可能性が高いそうです。
もっとも、タクシン前首相はこれまで、「帰国する」と何度も宣言しながら、帰国を見合わせてきた経緯があります。

軍部はタクシン復権の動きに神経を尖らせていますが、今回の結果では大きな動きは難しいかもしれません。
ただ、タクシン復権で、タクシン追放を行った軍部への“報復”が行われると、政治的緊張が高まることも予想されます。

選挙結果が意味するものについては、各メディアが“都市中間層と地方の貧困層との意識のずれ”を指摘しています。

「国民の力党」は、「タクシン政治の復活」を掲げ、タクシン派の地盤である経済的に遅れた北部、東北部(平均所得は首都バンコクの約3分の1)で圧勝し、首都バンコクや中部でも貧困層を中心に票を集めました。
バンコクに10線の鉄道を建設するメガプロジェクト、地方に手厚く財政資金を配分する「農村基金」の復活など、タクシン政権時の「タイ愛国党」の政策を引き継いでいます。

私事ですが、数年前タイ北部のチェンマイを旅行した際、道路がきれいに舗装されているので同行ガイドにそのことを話すと、「タクシン首相の地元ですからね。整備されたのはここ数年です。」との答え。
“有力者の地元で道路が良くなるのはタイでも日本でも同じだね・・・”と納得した記憶があります。

タクシン政権は01年の発足後、地域のインフラ整備や貧困対策に力を注ぎましたが、実業家・大富豪でもあるタクシン前首相には“金の噂”もつきまといます。
それでも貧困層の支持を受けるのは、通俗的な物言いとしての「人はパンのみにて生くるにあらず」と言うのはパンがあって始めて言えることで、パンに事欠く状態では先ずパンを・・・ということでしょう。

よくも悪くも政治家のひとつのタイプであり、日本で言えば田中角栄などもこのタイプかも。
金の噂は決して表に出さず、政治的には無難なことしかやらない政治家よりはましでしょうか?

タクシン前首相は政権担当時、元タイ共産党員も閣内にとりこみ、貧困層に焦点をあてた施策を行いました。
そのひとつに健康保険制度整備と“30バーツ医療”があります。
この制度で、国立病院と一部私立病院での診療・治療費がどのような難病でも1回30バーツ(約90円)になり、医療制度から取り残されていた地方住民、貧困層の支持を得ました。
一方、この制度は財政問題のほか、患者の急増で国立病院での医療の質の低下、医師の民間転出を招いたということも言われています。
お金のある人は保険外で“ちゃんとした医療”を受ける・・・ということも言われるようですが。

なお、この30バーツ医療制度は軍政になってから無料化されました。
理由は“30バーツを徴収・管理するための経費が無駄”とのことです。

タクシン前首相には強権的な面もあり、03年に「麻薬一掃作戦」として軍隊・警察を導入し、政府が作成したブラックリストを元に、リストアップされた人物を強制逮捕・処刑(民間人の死者2500人)しました。
今回選挙期間中の11月27日、暫定政府の麻薬撲滅調査委員会は、03年のタクシン政権時に行われた「麻薬磯王作戦」に伴い、薬物事件とは無関係だったにもかかわらず殺害された可能性がある人が約1400人に上るとの調査結果を公表しました。
以前から内外から非難されていることですが、この時期に発表されたのは軍部・暫定政府側の「タクシンつぶし」の一環でしょう。

深南部のイスラム教徒によるテロにも弾圧で臨みましたが、事態を悪化させる結果になりました。
もっとも、この問題はタクシン以外でも打開は困難で、軍政に変わってから暫定政府は当初融和策をとりましたがうまくいかず、その後は強行策に変更したようです。

その南部と大都市バンコクを地盤とするのが「民主党」
もともと,タイでは政党間の主義・主張に差はあまりないと言われており、お金で他の政党に鞍替えするようなことも珍しくないようです。
今回も、タイ経済が低迷(成長率が6~8%というベトナム・フィリピン・インドネシアに比べての話で、タイも4%ぐらいはあります。)するなかで、「民主党」も「国民の力党」と同様なメガプロジェクトや農村の所得向上を訴えています。

併せて民主党は「腐敗政治の復活阻止」を掲げて反タクシン色を明らかにすることで都市部中間層らの支持を得たものの、貧困層らの共感を得ることはできなかったようです。
また、東北部・北部で「国民の力党」の圧勝を許し、南部とバンコク以外に地盤を持たない政党の足腰の弱さも示しましたとも言われています。

ただ、「民主党」の議席も選挙前の予想の上限に近い結果で、“敗北した”という数字でもありません。
タクシン政権時のような巨大政党の出現による権力集中を防ぐため、小選挙区制を廃止して中選挙区制を復活して38党が乱立しましたが、民意は結局二大政党に集約されたようです。

また、「腐敗政治の復活阻止」の主張が国民に受け入れられなかった訳でもないようです。
バンコク周辺部は前回は愛国党の大勝でしたが、今回は民主党50%、国民の力党41%と逆転しました。
昨年のタクシン政権追放運動で「政治の腐敗」を批判した都市部の中間層が、政治意識を高めたことが反映されたとも言われています。【12月24日 毎日】

選挙結果は都市中間層と地方の貧困層との意識のずれを反映したものになりました。
2月のタクシン前首相の帰国に都市中間層がどのように反応するのか、また、軍部がどう対応するのか、まだしばらく流動的な状態が続きそうです。

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