孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラク・クルド  キルクーク帰属とトルコ越境攻撃

2007-12-19 14:42:11 | 国際情勢

(07年4月2日、キルクークで警察署を狙った自動車爆弾による自爆テロがありました。この事件で少なくと13名が死亡しましたが、近くの学校の生徒たちの多くが巻き添えになりました。 “flickr”より By القعقاع)

クルド自治政府のネチルバン・バルザニ首相は17日、年内に予定されていたキルクークの帰属を問う住民投票を半年延長することを容認しました。
首相は「技術的な問題」を理由に挙げていますが、早期の住民投票実施がクルド人とアラブ人の民族対立を悪化させかねないとの懸念があるとみられています。

イラクの石油埋蔵量は世界第3位ともいわれますが、そのイラクの中心的油田であるキルクークの帰属問題については、10月11日の当ブログ「クルド自治区 進む「脱イラク」志向」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20071011)でも取り上げたように、05年に制定されたイラク憲法140条で「2007年12月31日までにキルクーク(及びその他の係争領土)を正常化し、国税調査及び住民投票を実施する」ことが規定されており、イラク情勢を一気に不安定化させかねない重要問題として注目されていました。

住民投票の結果クルド自治区編入となると、反発するアラブ対クルドという国内対立激化が想定されますが、クルド自治区の勢力強化は、同じクルド人反政府勢力に手を焼くトルコ、イランにも大きな利害が関係します。
トルコのグル外相(当時)は今年2月、「キルクークがクルドに帰属すれば、最悪のシナリオはイラクの分断だ」と述べ、住民投票中止を訴えていました。
最近の動きでは、イランのモッタキ外相が住民投票の2年延期を提案したことが報じられています。【11月2日 日経NET】
なお、このイランの提案にイラク政府報道官は「助言は受け入れるが、内政干渉は拒否する」と語ったそうです。
「余計なお世話だ」というところでしょうか。

キルクーク州は従来クルド人とトルクメン人が住民の多数を占めていましたが、クルド人を弾圧した旧フセイン政権はアラブ人を移住させる「アラブ化政策」を推進しました。
03年のイラク戦争後、クルド自治政府はキルクークヘの住民の帰還を奨励しています。
一方、イラク中央政府は今年に入り、アラブ人に対しキルクークから別の土地への再移住補助金を打ち出しましたが、アラブ人の間には反発が根強いようです。

住民投票実施を担当するイラク政府委員会ファハミ委員長は11月26日、住民投票は(1)現在のキルクーク州住民のうち、アラブ化政策で流入した人々の元の居住地への帰還を促進する「正常化」(2)選挙人名簿作成のための人口動態調査-のプロセスを経て実施するが、今年3月に完了しているはずだった「正常化」がまだ済んでいない状態だであることを明らかにしました。
そのうえで、「手続き、準備にあと数カ月が必要」と述べ、憲法が規定する年内実施は困難との見方を示していました。
これに対し、自治政府のマスード・バルザニ議長も「手続き的な理由」ならば「数カ月の延期」は受け入れるとしており、住民投票の延期はほぼ確実と報じられていました。【11月27日 共同】
なお、委員長は、選挙人名簿はアラブ化政策実施前の最後に実施された1957年の国勢調査を基に作成する方針であることも明らかにしています。

こうした流れからすれば、クルド側の“住民投票延期受け入れ”は予定どおりとも言えますが、あくまでも「数ヶ月の延期」ということであり、また、「数ヶ月」で現在の状況の根本が変わるとも思われませんので、問題は先送りされただけです。
このキルーク問題はイラクの国民融和を巡る試金石の一つとも、またはイラク情勢を吹き飛ばしかねない時限爆弾とも言えます。
 
ところで、トルコはクルド労働者党(PKK)がイラク領内のクルド自治区を拠点としてトルコ領内で反政府・テロ活動を行っているとして、PKK討伐のためのイラクへの越境攻撃を承認する議会議決を行っています。

PKKはトルコ議会の越境承認議決前の10月22日、トルコ軍の攻撃中止を条件に停戦を提案しましたが、トルコ側は「停戦というのは2国間および2つの軍隊の間の問題であり、テロ組織と論じる問題ではない。これはテロの問題だ」と停戦を拒否しました。
また、11月9日には、「完全な武装放棄につながる対話を始める用意がある」との声明を発表しましたが、12日にはイラク領内のPKK監視所とみられる地点をトルコ軍が空爆しており、事態は進展しなかったようです。

その後は比較的落ち着いた状態でしたが、今月12月に入りトルコ軍の行動が活発化しています。
トルコのエルドアン首相は11月30日、軍に対し、PKKが潜伏するイラク北部に越境攻撃する許可を与えたことを正式に明らかにしました。
トルコは12月1日、イラク北部のテロリスト50-60人に大きな損害を与えたと発表。
更に、トルコ軍は16日未明、PKKを掃討するため、潜伏拠点のあるイラク北部に戦闘機からの空爆と地上からの砲撃による「広範囲な越境攻撃」を行ったと発表しました。
イラク外相は「PKKの存在に対するトルコ側の懸念は理解できるが、今回の爆撃では一般市民が巻き添えになった。イラク政府と調整した上で行動を起こすべきだ」とトルコを批判しています。

また、トルコ陸軍参謀総長は16日、地元メディアに対し、米国は「情報」を提供し、イラク北部の領空を開放することで空爆作戦を暗黙に承認したことになると語っています。

18日未明には約300人規模のトルコ地上軍の越境攻撃が行われました。
トルコ軍の地上進攻は10月以来初めてとなります。
トルコ軍は同日夜には撤退した模様です。

18日にはキルクーク帰属問題に関し、ライス米国務長官がキルクークを予告なしに“電撃訪問”しました。
相互に対立するイラクの諸宗派・民族の指導者に対し国民和解を急ぐよう促すのが狙いと言われています。
しかし、クルド自治政府のマスード・バルザニ議長はライス米国務長官との会談を拒否したそうです。
トルコがPKK掃討のためクルド自治区内で越境攻撃を行うことをアメリカが事実上容認していることに対する抗議であるとの見方を、自治政府のネチルバン・バルザニ首相は示しています。

トルコの越境攻撃とキルクーク帰属の住民投票、この厄介な二つの問題が互いに絡み合う形で、改善の兆しが見えているとも伝えられるイラク情勢に影を落としそうです。

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