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心の力

2014-03-23 | 気になる本

姜尚中(2014)『心の力』集英社新書     2014.3.18
 グローバル資本主義で、「格差や貧困の拡大、金融優先の経済システムの脆弱さやモラル・ハザード、激化する優勝劣敗や雇用不安、ヘイト・スピーチなど」不幸や悲惨、憎悪がばらまかれ、問題解決の制度も安定した秩序も廃れているとしています。このような社会を背景に、トーマス・マンの『魔の山』と漱石の『心』をベースに書かれた本書は、「物語人生論です」。漱石の生きた明治の新時代では、近代化が進み尋常ならぬ変化で精神を病む人も増え始め、時代状況に注目して漱石はやわらかく「こころ」というタイトルをつけたとしています。陰湿ないじめや、無差別な凶行、ヘイト・スピーチ。「グローバル資本主義の敗者たちや没落の不安に怯える人々の中で、排外主義や社会の異物への攻撃に捌け口を乱す傾向が顕著になってきているように思える」。百年後のいま、「私たちはすでに心なき時代の心に向かいあっている」としています。大学を卒業しても職につけない人、リストラで再就職できない人、健康保険料を払えず病気の治療もできない人など増えています。見て見ぬふりをする、かかわりを持たない、隣人を失い無縁社会になっています。相互扶助の精神を忘れ、「働かない物になぜ金をやるのか」など自己責任論が横行しています。漱石もまた、人の心は時代と密接に関係している、それゆえこの文明の時代を生きるわれわれは生き苦しいのだという主張です。「息子を死なせてしまった」。偉大なる平凡は染まらない。「ただ真面目なんです。真面目に人生から教訓を受けたいんです」(こころ)。「死に対して健康で高尚で、死を生の一部分、その付属物、その神聖な条件と考えたり感じたりすることです」。死を生に対立させ、忌わしくも死と生を対立させることがあってはならないのです(トーマス・マン)。「私は死ぬ前にたった一人でいいから、人を信用して死にたいと思っている」(こころ)。『こころ』は「私」が先生という人の人生を語り継いでいく話で、もっとも感動した点です。私たちの周りを見渡したとき、どれほどこの自尊心を踏みつけられ、ないがしろにされている若者が多いことでしょうか。受験や就活、婚活だけではありません。いたるところで人間の尊厳が傷つけられることに事欠かない制度やシステムが幅を利かしているのです。最後に著者は、まじめであるから悩み、その中で悩む力が養われていくのです。そしてこの悩む力こそ、心の力の源泉です。
(写真は実家より移植した実のなる桜の木で、3月16日に一輪咲きました)
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