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「保守と大東亜戦争」

2020-07-01 | 気になる本

    中島岳志(2018)『保守と大東亜戦争』集英社新書
 中島の本は保守の論客の一人として正論であり、自称革新派の私としても概ね現状認識は同意できる。先に知ったもう1人の保守は、作家で政治哲学の適菜収である。適菜は言葉が乱暴だがわかり易い。今の自民党に保守はほとんどいない。新自由主義で歴史修正主義である。中島は大東亜戦争の歴史を文献から正確に読み取ろうとし、この本はその成果であろう。私自身も戦後生まれで、戦争体験はない。ただ、父親が中国とフィリッピンの激戦地から帰還し、今の私が存在することは事実である。なぜ、海外へ兵士と行かなければならなかったのか?断れなかったのか?徴兵制で、非国民と罵られるからであろう。戦争体験者も減り、教科書も変わり、若者には理解し難い面もある。南京虐殺はない、従軍慰安婦は軍の関与がない、などということは史実と異なることは明らかである。日本軍上層部は誤った戦争、作戦、命令を認めず、反省もない。これは今の安倍政権にも通じ、公正、自由、民主主義が危ない。香港の一国2制度を守らず、デモを弾圧する中国政府にも抗議したい。これは内政干渉でなく、人権問題である。香港、中国には行きづらくなった。以下、本書のメモ書きである。(  )内は私のコメント。
 保守=大東亜戦争肯定という等式は、疑ってみるというのが本書のテーマである。
 私と保守思想で、西武すすむの「リベラル マインド」に影響を受けた。「自由民主主義は保守にあらざるを得ない」。保守は人間に対する懐疑的な見方を共有し、理性の万能性や無謬性を疑う。(自由、民主主義は今の自民党にないのでは?「自民党」を読まれたい。新自由主義、対米追従)
 1995年歴史修正主義が顕著に。村山談話に対し、外務大臣渡辺美智雄は「(韓国併合は)国際法的には合法」とした発言を一部取り消した。江藤は「植民地時代に日本は悪いこともしたが、良いこともした」と発言し、辞任に追い込まれた。
 近代保守思想はフランス革命批判から始まった。フランス革命を支えた左翼思想は、理性によって進歩した社会は構築できるとした。人間の無謬性を前提にしている。保守は、伝統、慣習、良識などで、歴史の風雪に耐えてきた社会的経験値である。保守は時代の変化に対応した形で漸進的な改革を進める。急進的な革命を嫌う。(フランス革命についての本はほとんど読んでいない。漸進的な改革は同感である。改革には改善と改悪があり、今の政府は改悪が多い。人民的議会主義、国民連合政府、未来社会)
 竹山道夫は言う。日本は国家としての統制が取れていなかった。日中戦争で。政府の戦線不拡大の方針を現地は拡大した。「ビルマの竪琴」映画(この映画を少年時代に観て感動した)の中で、兵士が隊長に降参を進言する場面があったが、隊長は一喝し兵士を腰抜けと恫喝した。竹山は東ドイツに入り、様子を「ベルリンにて」と文藝春秋に投稿した。ベルリンは活気がなく、街は閑散としていたと。
 山本七平は、帝国陸軍の誇大広告を使いたがる事大主義に疑惑を抱いた。大和戦艦の出撃に、なぜ非合理的で無謀な出撃をしたのか?「空気」が支配したからだと感じた。山本たちはアメリカ軍によって武装解除され、捕虜になった。マニラを出港したのは敗戦後1年の1946年12月であった。横井さんは敗戦後もジャングルで暮らしていた。それは軍法会議が怖いだけではなかった。(映画「人間の条件」を若い頃、友人と名古屋で徹夜して半分寝ながら観た。数年前には空腹で人の肉を食べたという「野火」を東京で観た。)
 会田雄次はビルマ戦線で、雨季のため砲車は泥に沈み、衣類と食料は雨に濡れ、敵からの砲撃よりも「病気と飢えの恐怖」に苛まされた。僕は「全滅寸前の姿で敗戦」を迎えた。「戦争指導の直接責任者は、一億総懺悔とうまいことをいう」。
 林健太郎は、下の世代が大東亜戦争をアジア解放の戦いとして正当化することに憤っていた。いくら東京裁判が不当であっても、西欧諸国の植民地支配に問題があろうとも、日本の侵略行為を正当化する理由はない。朝日新聞のインタビューで、満州事変以降の日本軍の行動を自衛戦争とし、アジア解放の戦いで、諸民族の独立が続いているのは日本のおかげだ。それは、歴史の事実に反する。南京事件も人数の問題はあるとしても、虐殺が存在したことは事実である。それを全然なかったことにするのは、あまりにも不勉強だ。(加計学園の不正も、あったことをなかったことにできない、と前川さんは言っていた)。戦争にたいする正しい判断を覆すことは、世界とアジアの国から信用を失うことになる。
 近代史専門の猪木正道は、95年「軍国日本の興亡」で、大東亜戦争を「自爆戦争以外の何ものでもなかった」と指摘している。戦前の軍国主義と戦後の「空想的平和主義」(最近は軍拡による抑止力を「積極的平和主義」と自民党議員はいう)は「同根の存在」(?)であって、ともに克服されるべき対象であった。
 *戦中派保守の言論から、保守は大東亜戦争肯定ではない。「イデオロギー的な視点から大東亜戦争での戦死者を無下に扱う言論に出会うと、発作的に反論したくなる」。戦死者を「英霊」ということや靖国で祀ることも、違和感がある。韓国、台湾、中国、香港、マレーシア、シンガポール、ベトナム、ビルマ、フィリッピンなど侵略され国の被害者の言論も、著者には書いて欲しい。歴史の真実を学び、アジア人の平和を願うために、戦争の歴史を学ばなくてはならない。資源と利権を求めアジア侵略を拡張した方針決定と資本家の関係も学びたい。)

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