豊田の生活アメニティ

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津波と防災

2011-04-25 | 気になる本
 「津波と防災」(2008年、古今書院)のサブタイトルは「三陸津波始末」で、著書は山下文男です。彼は日本共産党の元中央委員会文化部長で、津波の調査研究をライフワークとしてきました。子どもの頃に昭和の津波を体験し、その恐ろしさを実証的、科学的に伝えようとする文献の1つです。今回の津波でも陸前高田の病院で、入院中に被災しました。彼ですら想像以上であったと、甘くみたほどです。だからといって、「想定外」で片づけて欲しくないものです。特に原発事故では、当然想定すべき範囲内であり人災です。明治三陸津波より高さがわずか高いということだけで、それを上回ったから想定以上とは言えません。防波堤を乗り越え、車での避難を襲い、建物を根こそぎ破壊する津波からの避難は、非情にもにも「津波てんでんこ」で兎に角高い所への避難が一番です。本の最後で「津波伝承館」の建設や防災教育に力を入れるように訴えていますが、忘れ去られていました。
 高い所へ集落ごと移転した地区もあります。しかし、平地が少なく、漁業での生活は海岸寄りにならざるを得ません。今回の津波で生活再建には、住宅と仕事とコミュニティなど難題が山積です。落ち着いたら、宮古市田老地区、釜石、越前高田など調査支援の旅行に行きたいです。
 <特記>
 豊田市議選は予想通り少数激戦で、事実上2名はみだしの選挙でした。当落の最終判明は翌日の午後1時15分でした。みんなの党は上位で当選しました。最下位争いは根本みはると鈴木のりやすの高橋地区2人で、共産党の根元が2,952票で滑り込みました。元市職労委員長の伊藤候補は街宣車も出さず組織戦でしたが、直前立候補の教師出身の中西候補よりも少ない1,457票でした。トヨタ系は民主色を隠し、職場だけでなく地域へも浸透を図り必死でした。地元紙は山間部が危ないと怪しい情報を流していました。地元締め付けができた保守系候補は票固めができたが、都心や高橋の新興住宅地は票が流動的でした。豊田市もトヨタの景気が先行き不透明で、空洞化の懸念もあり、核家族化と高齢化が進んでいます。バス路線の充実、国保税の引き下げ、駅などのバリアフリーなどを要望する声が聞かれました。(写真は豊田市公共交通ネットワークの将来イメージ図)
コメント
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